東方幻影人   作:藍薔薇

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第125話

「そういえば偽物とはいえ、一応フランさんなんでしょう?」

『ソうだヨ?』

「そんなに壊したいなら爆破させればいいじゃないですか」

『爆破?…あァ、悔シイけドさァ、マだ『目』を動かセないンだよネ』

「『目』…?」

『ソ。私ニはあラゆるモノの『目』ガ見えルの』

「ああ、鬱陶しい光の粒がその『目』ですか」

『『目』ハものノ壊レやすイ点。それヲ自由ニ動かせル』

「じゃあ、今この壁は非常に壊れにくいと?」

『そウなルネ。あーア、つマんなーイ…』

「ま、わたしとしてはそんな物騒な能力使えなくて嬉しい限りですよ」

『…あノさ、分カッてて訊イてたデしョ?』

 

 

 

 

 

 

血塗れの地に立ち、少し幻香の痕跡の有無を調べてみることにした。圧し折れた刀、地面に突き刺さった脇差、転がっている物干し竿…。あちらが一段落すれば、これらの回収も行われるだろうか?…行われないかもしれんな。よっぽどの事がない限り、里から出る者はいなくなりそうだ。

 

「…これは、複製か?」

 

落ちている得物の数々を見ていると、ふと気付いた。見た目が全く同じ棍棒が何組もあったのだ。しかし、それからは幻香が複製をしたことは分かっても、行方は分からないだろう。…他をあたろう。

 

「義眼、か」

 

踏み潰された義眼がまた目に入った。さっき見つけたときは特に気にも留めなかったが、妙に引っ掛かる。何か違和感を覚える。義眼は確かに珍しいものだが、そういったものではない。何か、別の…。

そういえば、里へ運んだ八十五人の怪我人の中に眼がない者はいただろうか?…いや、そんな者はいなかったはずだ。それでは、この義眼は誰のものだ?

 

「過激派は八十五人じゃなかった、ということか…?」

 

何も八十五人だと決まっていたわけではない。八十六人以上いた可能性が有り得ないわけではない。ならば、この義眼の持ち主を含む余った者は何処へ行ったのだろうか?…普通に考えれば、幻香を追ったのだろう。何故戦場を移したのかは分からないが。

 

「一体何処へ…、む?」

 

改めて周りを見渡してみると、気になるものが目に入った。この場から離れるように、血が断続的に零れ落ちている。誰のかは分からないが、この場から誰かがあちらへ移動したということだ。愉快犯の可能性もあるが…。

 

「…行ってみるか」

 

何か痕跡らしきものは、これ以外見つからなかった。ならば、この血を辿ってみる他ないだろう。

 

 

 

 

 

 

「迷いの竹林、か…」

 

血痕は徐々に間隔が広くなっていたが、ほぼ真っ直ぐあった為迷うことはなかった。ここに到達するまでに怪我が少しずつ治りつつあったのだろうか?

しかし、迷いの竹林に入って少し進んだ頃には血痕が一切残されていなかった。せめて足跡が残ってさえいればよかったのだが…。風か何かで掻き消されてしまったようだ。

 

「さて、どうするか…」

 

ここで諦めて紅魔館へ行くか。それとも、迷いの竹林の探索を続けるか。迷わず後者だ。迷う要素などない。誰かがここに入ったのは確かなのだから。幻香ならよし。人間なら未だに迷っているかもしれない。どちらにせよ、探さないわけにはいかない。

とは言うものの、迷いの竹林はある程度道らしきものがあるのだが、真っ直ぐというわけではない。枝分かれも当然している。それに、竹が生えているところを無理矢理抜けることも出来る。日光がほとんど射さないところもある。

 

「願わくは、ここに入った者が人間ではない事を祈るが…」

 

迷いの竹林は一度迷えば、出ることは困難を極める。竹は地面に垂直ではなく、僅かに傾いて生える。単調な竹のみが視界に収まり、目印などはほとんどない。朝方は霧が立ち、視界がさらに悪くなる。他にも様々な要因で、方向感覚を失うからだ。

幻香ならおそらく問題ない。やたらと記憶力がよく、目印がほとんどないはずの迷いの竹林で迷ったのを私は見たことがない。そういえば、永夜異変のときの迷いの竹林でも問題なく永遠亭へ到着出来ていたな…。それを考えると、記憶だけでは済まされないものがあるように感じる。

何処に進むべきか迷うより、動いた方がいい。止まっていても、何も得られるものはない。とりあえず、道なりに進んで行けばいいだろう。行き詰ったら、引き返してまた別の道を進めばいい。もしかしたら、妹紅が何か気付いているかもしれない。妹紅の家によるのも一つの手だ。

 

「む、また血痕が…」

 

歩いて数分。竹に飛び散ったような血痕が見つかった。さらに、竹林の奥にまた別の血痕があった。どうやら、ここを通ったようだ。だが、ここで争ったという様子はない。どういうことだ?

さっき途絶えたのが嘘のように、血痕が次々と見つかる。道なりに進んだと思ったら、竹林を突っ切り、また道なりに進む。何か法則があるとは思えない、不可解な移動。普通の人間ならば、道なりに進むはずだ。そっちの方がいちいち竹を避ける必要がなく、楽だから。しかし、この血痕の主はそうではないようだ。

 

「…竹が、折れている?」

 

血痕を追って歩き続けることさらに数分。奥のほうに竹が一本折れているのが見えた。駆け寄って観察することにする。

 

「力任せに薙ぎ倒された感じか?」

 

まず、鋭利な刃物で斬ったわけではないようだ。そして、竹の破断面からは僅かに水が浮かび上がっている。なので、圧し折られてからあまり時間は経っていないと思われる。

そして、最も重要だと思われたのが、二人分の足跡が少しだが残されていたところだ。一回り小さいものはそのまま駆け出して立ち去ったようで、もう一つの一回り大きい方は、私と同じようにこの周辺を探すように歩き回った跡がある。さらに、小さいほうの足跡の一つが、圧し折れた竹の下に残されていた。そして、大きな足跡はこの竹を避けるように残されている。竹が人為的に動かされたようには見えない。これらから、小さな足跡が来て、竹が倒れて、大きな足跡が来た、ということでいいだろう。運よくこの辺りには風が来なかったのだろうか?偶然だとしても、これは大きな成果だ。

 

「…どういうことだ?」

 

しかし、大きな疑問が残る。小さいほうの足跡では、被害者の男達では明らかに足りない大きさなので、幻香だと思ってもいいだろう。しかし、もう片方のほうは、小柄な男と同じくらいだ。幻香を追う者ならば、真っ直ぐ幻香の足跡のほうへ走っていくだろう。しかし、この大きな足跡は一度立ち止まってここら一帯を調べている。何のために?

改めて足跡が残っていないか、注意深く探る。すると、殆ど掻き消えてしまっているが、幻香のものと思われる足跡と、大きな足跡では、ここに来た方向が全く違うことが分かった。

もしかすると、幻香は一人でここに来たのかもしれない。何故紅魔館へ行かなかったのか、何故血痕が一度途切れまた現れたのか、何故竹を圧し折れるようなことがあったのか、この大きな足跡の主は誰なのか、大きな足跡の主は何処から来たのか、といった疑問が残るが、この場では私には分からなかった。

 

「…行こう」

 

ここで分からないのならば、先に進んだ方がいい。情報は多ければ多いほどいい。幸い、ここを離れていく足跡は二人とも同じ方向だ。

途中で足跡は風か何かで掻き消されてしまったようだが、血痕は変わらず残っている。その血痕を頼りに、さらに奥へと進む。永遠亭からも、妹紅の家からも離れていく。

 

「なん、だ、これは…」

 

そこには、ちょっとした血溜まりと小さな肉片が残されていた。明らかに異質。今までの血痕とは違うもの。見た目から、そこまで時間は経っていないように思える。どうしたらこんなものがここに残る?

そして、その先の道なりには血痕がなく、その場から竹林に突っ込む方向に血痕が残されていた。さっきまでの飛び散った感じの血痕ではなく、最初のように零れ落ちるような血痕。

 

「この方向は、妹紅の…?」

 

そんな疑念は、徐々に確かなものに変わっていく気がした。これは偶然だろうか?さっきまで離れて行っていたのに、急に妹紅の家の方向へ迷いなく進んでいく。道も竹林も気にせずに、真っ直ぐとだ。

程なくして、妹紅の家へと辿り着いた。血痕は家の前まで残されていた。そして、そこから離れて行くような血痕は見当たらない。この中へ入っていったと見て間違いないだろう。

扉を軽く二回叩く。

 

「…妹紅、いるか?」

「慧音か?」

「ああ。入っても構わないか?」

「…ちょっと待ってくれ」

 

そう言うと、誰かと話し始めたようだ。しかし、その声はとても小さく、誰と話しているかは分からない。

 

「いいぞ」

「そうか」

「先に言っとくけど、中には萃香とフランドールがいる」

「珍しいな」

「うるせぇ。入るならさっさと入れよ」

 

萃香は分かるが、フランドールがねぇ。幻香が永遠亭で眠っている間に何かあったのだろう。何か通じ合えるようなところが。まあ、妹紅の友好関係が増えることは、私にとっても喜ばしいことだ。

妹紅が普段使っている部屋に行く途中、普段ほとんど使われていない部屋の扉に、血で謎の模様が描かれているのが気にかかった。

 

「よ、慧音。急にどうした?」

「久し振りじゃん」

「また、会ったね」

 

部屋の扉を閉め、周りを見渡す。部屋のあちらこちらに飛び散った血と、箪笥に空いた二つの穴が目に入った。…やはり、何かあったか。

だが、そんな謎の模様も、飛び散った血も、箪笥に空いた穴も、後回しだ。妹紅達に真っ先に訊かなければならないことが一つある。

 

「ここに、幻香が来なかったか?」

 

その言葉を突き出した瞬間、三人の表情が一瞬にして険しくなった。…どうやら、血痕の主は幻香だったようだ。

 


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