「……………」
『ナァに考えテるノ?』
「…貴女は何者ですか?」
『もウ言ッたジャん。私はフランドール・スカーレット』
「いえ、貴女は違う」
『…言ウじゃン』
「致命的ですよ。それさえなければ、こうは考えなかった」
『……………』
「まあ、それ以外でも、際どいのはいくつもありましたが」
『……………』
「だから、何度でも問いましょう。貴女は、何者ですか?」
『私ハフランドール・スカーレット』
「いいえ、貴女は違います。貴女は何者ですか?」
『私ハ、フランドール・スカーレット』
「貴女は手を誤った。貴女は何者ですか?」
『私は、フランドール・スカーレット…』
「罪悪感がいらない?ふざけるなよ。貴女は何者ですか?」
『…私は、フランドール・スカーレット…』
「人一倍破壊を遠ざけようとした貴女が言っていい言葉じゃない。貴女は何者ですか?」
『……私、ハ…』
「貴女は、破壊を好み過ぎた。貴女は何者ですか?」
『フランドール・スカーレットのドッペルゲンガーだヨ』
◆
目を瞑って数時間は経っただろう。薄目を開くと、闇に慣れつつある目が僅かな月明かりを感じた。さて、二人はもう寝ただろうか?フランドールの微かな寝息を百まで数え、既に寝たと判断する。
静かに音を立てないように扉を開き、部屋から出る。そしてそのまま廊下を歩き、血で魔法陣を描かれた扉を横切り、外へと出た。軽く周りを見渡すと、萃香は既に出入口の横の壁を背に立っていた。
「後で用がある、なんて言われていきなりどうしたんだって思ったじゃねぇか」
「しぃ…、静かにしろ」
口元の人差し指を立て、小声で話すよう促す。萃香の顔が急に歪んだ。何とも言えない、微妙な表情をしながら言った。
「…なぁんかきな臭いな」
「悪い」
「それと、そのあと誤魔化したのはいただけないなぁ?」
それは、慧音に知られるわけにはいかないからだ。バレれば、必ず止められるだろうから。
「何とか言えよ、オイ」
「…悪い」
しかし、そんなことを口にしたくなかった。
「あっそ。まあ、いいや。で?何の用だ」
「萃香。頼みたいことがある。お前にしか、頼めないことだ」
両肩に手を乗せ、強く握りしめる。
「幻香の意識、萃められないか?その紫の結界みたいに、さ」
「…はぁ?『ドス黒い意識』じゃなく?」
「ああ。幻香のほうだ」
「…出来るちゃあ出来るだろうよ。けどさ、正直どっちを萃めるにしてもちょっと混じりそうなんだよなぁ…」
「大体、どのくらい?」
「幻香の意識と『ドス黒い意識』、お互い百ずつあるとする。上手くいっても…百と十くらいだと思う」
「…十分だな」
つまり、十分の一まで削れる。それだけ削れれば、何とかなるのではないか?
しかし、萃香の表情はあまり良好とは言えないものだった。
「あのな、やってくれって言われてはいそうですか、なんて言えるかよ。そんなことしたらどうなるか、分かってるんだろ?」
「分かってるさ。頼む」
「…分かっててやろうとするお前の気が知れんよ」
そう言うと呆れながら酒を呑み、そのまま部屋へと戻ろうとした。その肩を掴み、こちらへ引き戻そうとする。鬱陶しそうに振り返り、あからさまな溜息を吐いた。
「…何だよ。この話は終わりだ。諦めろ」
「言い忘れてたことがあった」
「それで変わるとは思えないけどねぇ」
「いや、変わるさ」
そう断言すると、少し驚いたようで、一瞬動きが止まった。
これを誰かに言うのは、久し振りだ。慧音に言ったことは覚えてるんだが、最後に言ったのはいつだったか…。
「実はな、私は不老不死なんだよ」
「は?」
「だからな、幻想郷半壊分の破壊を、全部私が引き受ける」
フランドールの破壊衝動はいつか潰える。だからこそ、半壊で留まる。そう言ったのは慧音だ。その言葉がなければ、私はこうしようと考えなかったかもしれない。
突然、胸倉を掴まれ、そのまま額と額がぶつかる。頭がチカチカする。それ以上に、怒声が耳を貫く。
「お前、馬ッ鹿じゃねぇのかッ!?不老不死だか何だか知らねえけどな!何回死ぬか分かってるのか!?百や千じゃ効かねぇんだぞ!?」
「…分かってる」
蓬莱の薬を飲んだときは、どうとも思わなかった。問題は、その後だ。一点に留まれない生活。やることも無く、ただなんとなく無差別に妖怪を退治することだけ考え、それすら虚しくなった。幻想郷に流れ着き、蓬莱の薬を与えたらしい蓬莱山輝夜に八つ当たりじみたことをしながら、その罪と後悔を誤魔化し続けた。
「それでも、私にやれることはこのくらいだから」
すると、突然後ろから壁を強く叩く音が聞こえた。
「やっぱりか、妹紅。お前のことだ。そう考えるだろうとは考えてた」
「…慧音」
驚いて振り返ると、右拳を壁に叩き付けた慧音がいた。その眼からは、一筋の涙が伝っている。
「驚いた。不老不死なんて人がいるなんて」
「…フランドール」
素直に驚いたように、目を見開いたフランドールが慧音の後ろにいた。…何で、二人が起きてるんだ?萃香が大声出したから…?いや、違う。二人を起こさないようにある程度離れていたつもりだった。
「悪いが、お前が寝た振りしてたように、私もしていた」
「なっ!?」
「ごめんね。私も二人が寝てなかったみたいだから、気になって…。それに、萃香が寝ないで出て行っちゃったのもちょっと気になってたし」
「こりゃあ一本取られたなぁ、妹紅ちゃん?」
「…ちゃん付け止めろ」
だが、確かに萃香の言う通りだ。慧音にだけはバレないように、と思っていたのに。こうして私の目の前には慧音がいる。
「…慧音、頼む。分かってくれよ。私には、これしか思い付かないんだ」
「ふざけるなよ妹紅」
「巻き込みたくないことに巻き込ませたんだ。だから、私にもさせてくれよ」
「ッ…」
うなだれる慧音の肩に手を置き、耳元で囁く。
「必ず、帰ってくる」
不老不死だから、なんて言うのは関係ない。ただ、これだけは伝えたかった。伝えるつもりのなかった言葉。
慧音の肩から手を放し、萃香のほうを見る。
「…なあ、頼むよ」
「はあぁ…。はいはい、分かったよ。後悔するなよ?」
「しないさ」
今この瞬間、私は『蓬莱の薬を飲んでよかった』と思っている。この不老不死の体がこうして使えることに。私の友人を、幻香を救えることに。
そのためにする行動に、後悔なんてない。あるわけない。
「じゃあ、行ってくる」
「…妹紅」
「慧音?」
「…死ぬなよ」
「当たり前だろ?不老不死舐めんな」
◆
魔法陣の描かれた扉に手をかける。あちら側からは開かなくても、こちら側からは容易く開く。少し軋んだ音を鳴らしながら、扉を開いた。血の臭いが鼻を突き刺す。
「…どうして、開けたんですか…?」
そこには、右腕と左脚にそれぞれ脇差を二本床に突き刺して横になっている、幻香らしきものがいた。その姿は、既に私とはかけ離れている。この中で、唯一フランドールは違和感なく見ることが出来るかもしれない。
「…妹紅さん、萃香さん。フランさん、それに慧音まで…」
髪の毛が半分ほど黄色く染まり、斑模様に血を被っている。右腕と左脚は不自然に短く病的なまでに白い。背中の右側には異形の翼が中途半端に生えていた。その両目は私のものとは違う、吸い込まれるような、底が無いような、血を流し込んだような真紅の瞳。
フランドールになりかけている幻香が、そこにいた。
「ああ、そうだ。『破壊魔』はどうにかするのは無理そうです」
「そんなことはない」
四人を代表するように、私は部屋の中に足を踏み入れた。さっきから漂っていた血生臭い異臭がより強くなる。
「だから、私を殺してくれませんか?」
「悪いな。それは嫌だ」
「何でですか…?私は、自殺したいほど愚者でも賢者でもないんですよ。死ぬなら、せめて貴方達の誰かに――」
「幻香」
今までの幻香では、信じられないほどやつれた顔を見下ろす。きっと『ドス黒い意識』をどうにかしようと考えたんだろうな。お前が『破壊魔』と名付けるような奴を。
「大丈夫だから。あとは、私達に任せろ」
「…え」
「だから、少し寝てろ。頼む萃香」
「…ああ」
すると、幻香の容姿が急変した。自由に動かせるのだろう左腕で頭を強く抑え始めた。
「あ…っ、がッ!ば、何して…ッ!やめ――」
それもすぐに収まり、幻香の動きが停止した。変化が始まる。左腕と右足が縮み始める。背中から残りの翼が生え始める。髪の毛が黄色く染まり始める。肌色が病的に色が抜けていく。
「アハァ」
もう、誰が見てもフランドールにしか見えなくなったそれは、妖しく笑った。