東方幻影人   作:藍薔薇

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第131話

「お、おはようさん。夜だけどな」

「…あぁ、おはよう、萃香」

 

三度目の夜に目が覚めた。何か胸騒ぎがする。何か嫌な予感がする。なかなか慣れないものだ。この感覚は、妹紅と幻香が終わるまでずっと感じ続けるだろう。今日も何事もなく見回りを終えることを願う。そして寝ている間に終わってしまうことを願い、次に目覚めたときにまだ終わっていないと知り、再び胸騒ぎと嫌な予感を覚えるだろう。その繰り返し。

まだ僅かに残る眠気を飛ばすように、頬を両手で数回叩く。未だに血生臭い臭いが漂う家の目覚めは、正直あまりよくない。だが、永遠亭の目の前で野宿というのは肉体的にも精神的にも辛く、永遠亭に泊めてもらうのは相手に懐疑心を与えてしまいかねない。妹紅がここから離れたと分かった今、雨風を凌げるここで休むことに異論は出なかった。

 

「珍しいな、お前がこんな時間に起きるなんて」

「そうだな。…もしかしたら、何か起こるかもしれんな」

「おいおい、そんなこと言うなって。言霊ってのがあるだろ?」

「ふふ、確かにそうだ」

 

あまり眠っていないだろうが、二度寝するほどではない。夜だが見回りに出るとしよう。

そう言えば、私が寝る前の夕方ごろにもかかわらず外に出ていたフランドールがいない。もしかすると、徹夜しているのか?

 

「フランドールは?」

「フランドールか?まだ帰ってきてないな。道覚えてからずっとだ」

「そうか…」

 

そのような無茶はしない方がいいのだが…。しかし、そうしたくなる気持ちも分かる。だからこそ止め辛い。

 

「お前は?」

「私を除いて三人かな?勝手に分かれてなければ」

 

萃香も、最初は十人二十人とかなり多くの人数に分けていたが途中で止め、今では五人程度に収まっている。『数が増えるのはいいけれど、追い返すための力を考えるとこのくらいの数が最適かな』と言っていた。何でも、分身は自らの体を何個かに分けて行っているらしく、二人になったら半分、といった単純なものではないらしいが、それなりに弱体化してしまうらしい。それに加え、単純に数が多いと疲れやすいからだそうだ。何事も利点しかないものは存在しない。

 

「そうか。それでは、行ってくる」

「おう、行ってこい」

 

本当に、何事も無ければいいのだが…。

 

 

 

 

 

 

「よぉ、フラン。久し振りって感じか?」

「…魔理沙。それと、アリス…かな?」

「ええ、そうよ」

 

私の目の前に、魔理沙とアリスがいる。実は夢、なんて馬鹿らしい可能性を一瞬考えてしまったけれど、それはないだろう。人差し指の爪に親指の爪を軽くねじ込んでも、激痛が走るだけ。一向に夢から覚める気配はない。むしろ、意識が覚醒していく。

 

「なあ、こんなとこで何してるんだ?」

「…魔理沙みたいな人を、近付けないこと」

「へえ、奥に何かあるんだな?」

 

確かにある。だけど、行かせるわけにはいかない。力尽くで追い返したいところだけど、そういうわけにはいかない。魔理沙を、アリスを、怪我させてしまう。下手すれば、殺してしまう。

それは、もう嫌だ。絶対に。

 

「…あるよ。けど、絶対に近付けないって決めたから」

「ビンゴ」

 

そう呟いた魔理沙がニヤリと笑った。そして、後ろに乗っているアリスの肩をバシバシと叩く。

 

「…痛い」

「な!言った通りだろ?これは私の勝ちだな。なんか用意しとけよ?」

「貴女が勝手に決めた賭けなんて私はやってないわよ」

「ケッ、つまんねーの」

 

賭け?…どうでもいいや。

 

「ま、いいや。言われた通り、この先に幻香はいるみたいだぜ」

「ッ…!」

 

前言撤回。どうでもいいなんてことなかった。絶対に追い返さないと。

 

「なあ、フラン。私達はこの先に用があるんだ。私との仲だろ?通してくれよ」

「絶ッ対に駄目。決めた。私、貴女を絶対に追い返す」

「…何が大丈夫よ。全然じゃない」

「問題ない。こうなりゃ力押しだ!」

 

こういうとき、目的と条件を明確にする方がいい、っておねーさんが言ってた。目的は、追い返すこと。条件は、怪我を負わせない。それ以外は、手段を問わない。…こんな感じなのかな?こういうときにおねーさんが近くにいないことが凄く辛い。

 

「さあ、スペルカード戦だ!お互い五枚で五回被弾でいいか?」

「ちょっと魔理沙、勝手に決めないでよ。少しくらい相談しても…」

「時間が惜しい!」

「いいよ、それで」

 

さあ、始めよう。絶対に負けられない勝負を!

 

 

 

 

 

 

「あら、貴女は?」

「これはこれは、吸血鬼のお嬢さんじゃないか」

「こんばんは。久方振りですね」

 

グルリといつもの道を回っていると、一周前にはなかった足跡が見つかった。すぐに向かうと、幸いにもかなり近くにいた。吸血鬼、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜。どのつもりでわざわざ迷いの竹林まで来たかは知らないが、ここに近付いたというだけで追い払いの対象だ。

 

「悪いが、この先は通行止めだ。さっさと帰れ」

「悪いけれど、貴女の言うことなんか聞く理由がないわ」

「そうかい」

 

決定。力尽くだ。しかし、おそらく私は四人に分かれているはずだ。それに、もう一人も同時に相手にしなければならない。おそらく勝てるだろう。しかし、絶対とは言えない。

 

「お嬢様、用件くらい言ってからにしましょう。相手に悪いですよ」

「そうかしら?泥臭い奴に言ってやることじゃないでしょう?」

「…前に泥被ったのはどっちだい?」

「うるさい」

 

レミリアに余裕があまり見えない。かなり焦っているように見える。今のコイツに何言っても無駄そうだな。代わりに話してくれることを僅かに期待し、咲夜のほうに目を遣った。すると、私の視線に気づいた咲夜は一瞬レミリアのほうを見て、軽く息を吐いた。

 

「…妹様をお探しになっています」

「咲夜」

「失礼。話が進みませんので」

「そうかい、フランドールをねぇ」

 

そういや、レミリアはフランドールの姉だったな。すっかり忘れてた。名字が同じじゃなかったら思い出さなかったかもしれない。

 

「…本当にいるのね。もう分かったでしょう?貴女に用はないの」

「悪いね。そっちに用が無くてもこっちにはあるんだよ」

「知らないわよ。諦めなさい」

「そっちが諦めろ。どうせフランドールに会っても連れ戻せやしないさ」

 

フランドールからは強い意志を感じた。事が終わるまでこの場を離れることはない。そう断言させるほどの決意。

しかし、そんなことがあちらに伝わるはずもなく、顔が一気に赤くなるのが見て取れた。どうやら、神経を逆撫でしてしまったみたいだな。

 

「…言ってくれるじゃない」

「言うさ、何度でもな」

「お嬢様、落ち着いてください。顔が林檎のようです」

「なぁんですってぇ!?」

 

その激情に流されるように、真紅の槍を取り出して私に向けて投げつけようとする。その姿に呆れつつ、右手を真っ直ぐと突き出す。

 

「まあ待てよ。私だって前とは違う。スペルカード戦だっけ?それで決めよう」

「ふぅーっ、ふぅーっ…。ええ、いいわよ」

「あれは野蛮だ何だって言われたからなぁ。今回は、えーと…美しく、だっけ?」

 

幻香はスペルカード戦のことを何と言ってただろうか?確か美しいとか言ってたはずだけど。

 

「そうだな…。そっちは二人いるし、五枚ずつと被弾五回でいいだろ」

「…行くわよ、咲夜。神槍『スピア・ザ・グングニル』ッ!」

「ええ、お嬢様」

 

早速飛んできた神速の槍を紙一重で躱し、冷や汗を掻く。ちょっとまずいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「…幽々子様、どうしてわざわざ?」

「楽しそうだからに決まってるでしょう?それに、迷惑かけたのは確かだからね」

 

楽しそうに歩いている幽霊一人、肩をガクリと落としながらも前を歩く半人半霊が一人。それを確認してすぐに二人の前に姿を現した。

 

「悪いけど、楽しいお散歩はここで終わりにしてくれないか?」

「うわっ!?…な、何だ鬼か…。え、鬼!?」

「あら、早速出たわね」

「…騒がしいな」

 

そうやって驚きながらも、刀に手をかけて今すぐに抜刀出来る姿勢を取っているのはなかなか素晴らしい。しかし、そんなことをされても私はこの先を通してはならない理由がある。

 

「もう一度言う。大人しく帰ってくれないか?」

「嫌よ。せっかく来たのに」

 

話すだけではやっぱり駄目か。なら仕方ない。力尽くだ。

この先には、妹紅とフランドールの破壊衝動を宿す幻香がいる。そこで妹紅は何百何千と殺され続けているだろう。それでも誰も巻き込みたくないと考えていた。被害が自分だけで済むように。

 

「この先は生き地獄。それに巻き込むわけにはいかなくてね」

「あら、冥界は私の庭。地獄はそんな安くないわよ」

「あっそ。それじゃあスペルカード戦だ。五枚と被弾五回でいいだろ?私が勝ったら大人しく帰れ。当分ここに来るな」

「妖夢、いいでしょう?」

「ハァ…。もういいですよ」

 

そう溜め息をついた妖夢と呼ばれた者の目付きが刀のように鋭くなった。

 

「それに、貴女を斬れれば私は一歩先へ進める気がします」

「斬れるもんなら斬ってみな」

 

 

 

 

 

 

「あら、また会ったわね」

「博麗、霊夢…?」

 

やはり、言霊はあるのかもしれない。そう思えてくる。今こうして、目の前に博麗霊夢が現れたことを考えると。

 

「ここが騒がしいから見てこいって言われてきてみれば、何か急に騒がしくなってきたわね」

 

そう言われると、遠くのほうで誰かが交戦しているような激しい音が聞こえているような気がする。それも、一つではない。おそらく、三つある。

周りを見渡し終え、再度霊夢に視線を戻すと、私にお祓い棒の先を向けていた。

 

「まあ、こんなところに理由なくいるわけないでしょう?さっさと吐きなさい」

 

そして、ここが新たな一つとなるのだろう。だが、いくら博麗の巫女であろうと、この先を通すわけにはいかない。通してしまえば妹紅の努力が無駄と化す。さらに、幻香は危険因子として排除されてしまいかねない。もしかすれば、返り討ちとなってしまうかもしれない。どう転んでもこの先へ行かせてはならない。

 

「断る。この先へは一歩たりとも進ませはしない」

「へえ、いい度胸じゃない」

 

確かにそうだ。前回は紫と共に活動していたとはいえ、その紫はスキマを通して余所見ばかりしていた。つまり、ほぼ霊夢相手に敗北したわけだ。

せめて今日が満月ならば、多少は変わったかもしれないが…。その満月はあと一週間と少し先だ。無い物ねだりにしかならない。

 

「お前が相手だからとて引きはしない。その程度で止めるほどの弱い決意でここにいるわけではない!」

「…へえ、そう。アンタの決意は分かったわ。けれど、それでも通させてもらう。三枚に被弾三回。構わないでしょう?」

「ああ、構わん」

 

私の為に。フランドールの為に。萃香の為に。妹紅の為に。そして幻香の為に。ここを通すわけにはいかない。負けるわけには、いかない。

 


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