東方幻影人   作:藍薔薇

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第134話

「ハァッ!」

「…っと、危ね」

 

妖夢は近接。刀身がやけに長い刀を扱っているのだが、正直驚いた。ここまでの技術を持った存在がこの時代にいるとはねぇ…。

幽々子は遠隔。蝶のように舞う弾幕は軌道が読み辛い。妖夢を盾にしようとか考えたが、フワリと避けていく。

二人の役割分担がしっかりしている。刀で一気に攻め立て、その斬撃の隙を埋める的確な妖力弾。分かりやすいが、隙がない。飛翔する蝶を撃ち抜きながら、紙一重の回避が続く。髪の毛の先端が刀の犠牲になっていく。こちらの弾幕は片や全て斬り飛ばされ、片や優雅に避けられる。

 

「かっ!酔符『鬼縛りの術』!」

 

いい加減こんなチマチマとしたことはここで打ち切りだ。横薙ぎの斬撃を退いて避けつつ鎖の端を掴み、妖夢の胴体に投げ付ける。

 

「この程度ッ!」

「甘ぇよ」

 

その手に持つ刀で斬り伏せようとしたのだろうが、舐めてもらっちゃ困る。その程度で切断されるほど柔いものじゃない。軌道は逸らされたが、自分でどうにでも出来る範囲だ。ちょいと鎖を動かすと蛇のように撓り、再び妖夢へ向かっていく。

斬り返しで再び軌道を逸らされ、その隙にこちらへ突撃してきた。その刀身を生かした刺突の構え。やるねえ、前にもそんなことしたのがいたな。退かず、前に出て回避しようとしたのが。

 

「後方注意、な?」

 

切っ先を手の甲で逸らした。その際に、わざと強く揺らす。その強烈な振動で取りこぼす、なんて間抜けな失態はしなかったようだが、刀を握る手から腕、肩にかけて軽い痺れが走っただろう。追撃が出来るような状態ではない。一瞬だが、確かに止まった。その隙に拳を強く握る。

その一方で、もう片方の手で鎖を操る。そして、竹を束にして巻き付けて思い切り引っ張る。一瞬の抵抗を感じたが、それもメキメキと千切れるような音と共になくなり、一気にこちら側へ戻ってくる。

前門の拳、後門の竹。お手軽な挟み撃ちだ。

 

「オラァアッ!」

「ひ…ッ」

 

完全に委縮した顔を見て、漏れ出そうになった溜め息を飲み込む。正直、ちょっと落胆した。ちょっと刀が使えなくなったくらいで止まるなよ、と。

 

「…お?」

「ぶッ…!」

 

直前で妖夢の鼻を潰さない程度に勢いを殺した拳を打ち付ける一瞬前、鎖が急に軽くなった。理由はすぐに分かった。束になった竹が全て粉砕されていたからだ。誰の所為かもすぐに分かった。奥にいた幽々子。あれの弾幕によって一瞬でブッ壊されたのだ。

だからといって、変わったことと言えば吹っ飛ぶ妖夢が竹にブチ当たらないくらいで、大した違いはない。これで被弾一だ。

 

「…けほっ、ごほっ!」

「あら、妖夢ったら大丈夫?」

「…大丈夫です、幽々子様」

「無理すんなよ。それじゃあ斬れるもんも斬れねぇぞ?」

 

そう言ってやると、刀を握る手に力が籠ったのが見て取れた。そうだよな、そうであるべきだ。

そのとき、幽々子が妖しく笑ったように見えた。…いや、気のせいではない。確かに笑っている。

 

「あと妖夢」

「…何でしょう」

「そちらの子鬼も聞いてくれるかしら?」

「こ…何だよ」

 

子鬼扱いに少し頭が熱くなったが、すぐに冷やす。幽々子が何を言うかのほうが重要だ。私が小さいのは自分でも分かってる。

その幽々子が言った言葉は、意外なものだった。

 

「私はここまで。ちょっと抜けるわね」

「は?」

「だって、妖夢の成長に私が付いてちゃあ駄目でしょう?私からの後方支援がないと出来ないなんて、ね?」

「…ああ、そうしたきゃそうしろよ」

「あら、優しいのね」

「んな訳ねぇだろ」

 

妖夢より幽々子のほうが圧倒的に強い。そのくらい分かる。本当にこの先に行きたいなら、二人がかりでやった方がいいに決まってる。最悪幽々子一人のほうがいい。

それを分かっていて幽々子が抜けることを了承するのだから、私が優しい訳がないだろ?

 

「と言うわけで妖夢。あとは一人で頑張ってね?」

「…幽々子様」

「それとも、私がいないと駄目?」

「いいえ!」

「そう?なら行ってらっしゃい」

 

幽々子が妖夢の背中を押しつつ、下がっていく。ある程度離れたところで優雅に座った。

 

「私はここで見てることにするから、よろしくね。さ、続けて?」

「あー、はいはい。好きなだけ座ってろ」

 

さて、仕切り直しだ。相手が一人減った分やりやすくなった。それにしても、妖夢の成長の為に、ねえ。こうなってたらよっぽどの事がなければ勝てる。なら、ちょっとそれに付き合ってやるのも悪くない。

間合いを測る。居合いの構えを取った妖夢との距離は大体八歩分。大抵のことに対応出来る距離にかなりを余裕を持たせているくらい。

 

「来いよ」

「…人符『現世斬』」

 

一瞬でその距離を詰め、姿が霞むほどの速度の居合い。それを全身地面に付けるようにして避ける。私のほぼ真上を通り過ぎ、そのかなり奥で足を止めた。確かに速い。けど、それだけ。

 

「やっぱり私には修行が足りないようですね…」

「違うだろ」

「え?」

「あんたに足りないのはもっと別のものだ。疎符『六里霧中』」

 

限界まで息を吸い、一気に吐き出す。私の口から噴き出る真っ白な霧。目の前に広がる竹林さえも見失うほど濃密な霧。

 

「な…」

 

無意味に周囲を見回すのを呆れながら隣を歩き、そのまま真後ろで止まる。そして、警戒しているようで無防備な耳元で囁く。

 

「あ――」

「ッ!」

「――っと。安心しろ。毒なんかない、ただの霧だ」

 

全身を使った大振り。それでいて無理のない体運びをしている。そこは素晴らしいが、その程度避けれないはずもない。ちょっと後ろに下がり、追撃が見当違いなところに振られるのを見てから、がら空きになった額に親指に引っ掛けた人差し指を弾く。これで被弾二、と。

その瞬間、私に正確な斬撃が飛んできたが難なく避ける。そのまま歩いて真横に立ち、普通に話しかける。

 

「どうした?」

「ッ…この!」

「ほ、っと。視界が潰されてこれか?」

 

返事はないが、その代わりか一息に斬撃が三つ飛んできた。それを少し横に逸れることで避ける。

 

「ま、んな訳ないよな。気配くらい感じれるだろ」

「その気配が紛れてるんですよ!」

「そりゃそうだろ。全部私だ」

 

私の意思で動いてるんだ。そりゃこの霧は気配だらけだろうよ。この霧で攻撃するつもりはないけどな。

そのまま避け続けること三十秒。一気に息を吸い込み、霧を全て吸い込む。妖夢の背中ががら空きだが放っておき、そのまま離れる。

 

「いいことと悪いことがある。どっちから訊きたいか?」

「…いいことで」

「私は一度しか攻撃しなかった」

「じゃあ、悪いことは…」

「あと十七回は出来た。つまり、あんたは負けてたわけだ」

 

そう言ってやると、諦めたような曖昧な微笑みをした。そして刀を納刀し、肩の力を抜いた。闘志が一気に抜けていく。

 

「…降参です。私の、負けです」

「あっそ」

 

これで終わりか。…拍子抜けだな。まだ続けてもいいだろうに。潔いのはそれでいいのだろうが、少しくらい足掻いてもいいだろうに。無駄な足掻きだとしても。

 

「最後に一ついいですか?」

「何だよ」

「私に足りないのは、一体何なのでしょう?」

「馬ッ鹿じゃねぇの?そのくらい自分で見つけろ」

 

 

 

 

 

 

「先に帰す、ってことは何かあるんだろ?幽々子さんよ」

「ええ。わざわざ付き合ってくれてありがとね」

「…あいつは、今の幻想郷じゃ正しいだろうよ」

 

型に嵌った無駄のない動き。洗練された美しい太刀筋。その磨き尽くされた技術は、美しさを要求されている今の幻想郷で光り輝くだろう。

私のような古臭い、泥だか煤だかで汚れたようなものは求められてないのだ。

 

「そうねぇ…。けど、それじゃ勝てない」

「…やっぱあんたは分かってるんだな」

「経験」

「そ。あいつは場数が足りない」

 

修行、と言っていたが生きた人を相手にやるものではないだろう。意思があり、自分の思い通りに動くことのなく、予想の外側を地で行くような人を相手にするようなものではないだろう。

だから、型通りの事から外れると何も出来なくなる。ちょっと腕が動かないから、それだけで全部止まる。視界と気配が一度に紛れると、一気に崩れる。

 

「あれだけの技術があれば、ちょっとやそっとの経験差は埋めれるだろうけどな」

「だから貴女を使った」

「あっそ」

 

素っ気ない返事をしたからか、もう話すことがないからか、そっと立ち上がるとその場を離れて行く。そのまま見送ってから、見回りに戻ろうかと思った。だが、ふと気になることが思い浮かび、その背中を私は呼び止めた。

 

「あ、そうだ」

「何かしら?」

「気紛れとはいえ、付き合ってやったんだ。一つくらい訊いてもいいだろ?」

「ええ、いいわよ」

「何のためにここに来た?」

 

そう尋ねると、透き通るような微笑みを浮かべた。

 

「あの子が、鏡宮幻香がこの先にいると思ったから」

 

それだけ言うと、フワリと闇に紛れて消えた。

 


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