東方幻影人   作:藍薔薇

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第136話

竹林の中を真っ直ぐと進んでいく。しかし、それは飽くまで私の感覚で真っ直ぐ進んでいるつもりなのであって、本当は何時の間に曲がっているかもしれないが…。もしそうだとしても、私はこのまま進めばいいと思っている。大して理由はない。勘だ。

私の規則的な足音だけが響く。それ以外の音は全く聞こえない。どうやら、周りで行われた戦闘は既に終わったようだ。戦闘していたのは、上白沢慧音のように先へ進ませないつもりの者と、私と同じように蓬莱山輝夜に頼まれた者だろう。

数日前に落とされた文々。新聞。いつもと同じように捨てるか、掃除に利用しようかと考えたのだが、一面に掛かれた見出しを見て、その考えは吹き飛んだ。『八十五人重軽傷!紅眼の『禍』の仕業か!?』。その時しようとしていたことを全て放り投げ、見落としのないように一字一字読み込んだ。内容をまとめると、人間の里で八十六人の人間が禍退治に出ていき、里の外で返り討ち。八十五人重軽傷、一人行方不明。

その事をどう対処しようかと考えていたのだが、その考えがまとまる前に忽然と輝夜は現れた。そして『私の竹林が騒がしい所為でイナバ達が閉じ籠ったから何とかしてほしい』『新聞で話題の『禍』ならそこにいるはず』と私の反応を待たずに言い、その二つだけ言い残して部屋を出て行った。すぐに後を追ったが、その姿は既に消えていた。

はず、という曖昧な単語が引っ掛かったが、こうして私はここに来ている。

 

「…本当にいるのかしら」

 

いたとして、私はどうしたいのだろう。異変として処理、がもっともらしい答え。しかし今回は、禍退治を考え里の外に出て見事に返り討ち。里の外へ出た時点で、それは人間側の過失だ。一人行方不明、と書かれていたのが僅かに気になりはしたが、私が出るほどの事ではないと思った。そのはずなのだが…。

それでもこうして飛び出したのは、多分アイツが当事者だからだろう。…何故、と問われても、ハッキリとした答えが出て来ないのだが。

 

「痛っ」

 

ボーッと歩いていたら、何かにぶつかった。しかし、目の前には何もない。…いや、ある。目に見えない壁。これは結界だ。

結界に手を当て、少しばかり壁に沿って歩く。触れたからと言って、弾かれるというわけではなく、ただこの先へ進めないだけ。この中に入らせないための防御壁。

 

「…何よ、これ」

 

暗くてよく見えないが、見える範囲の足跡から察するに、私は真っ直ぐと歩いている。かなりの距離を歩いたつもりだが、未だに角に辿り着かない。一体どれほどの規模なのだろうか?

ふと、首筋が何かに引っ張られるような感覚がした。何かが、来る。そう考えた瞬間、極僅かな空気の流れを感じ、そこへ札を投げ付ける。尋常じゃない量の札が焼き尽くされたのが痛手だ。

 

「あらあら、何をピリピリしてるのかしら?」

「…紫」

 

投げ付けた札はスキマに吸い込まれ、そのまま私の元へ返ってきた。

この結界はコイツの仕業か。…私は、この中に用があるってのに。

 

「アンタも邪魔するのね?」

「邪魔?違うわよぉ。保護よ、保護」

 

保護?コイツは何を言っているんだ。この中に用があるのに、結界を張っているのだから、邪魔以外の何物でもない。

対する紫はというと、額に手を当てながら深い溜め息を吐いていた。

 

「はぁ…。それにしても、まさか貴女がここに来るなんてねぇ…」

「どうでもいいわ」

「予想外…、いえ、予想内なのかしら?けど、今貴女に用はないし、貴女が来る幕じゃないのよ」

「アンタの都合なんか知るか。私はこの騒ぎを解決する」

「無理よ」

 

即答。その言葉の意味を理解したと同時に、私の中の何かが僅かに削れたような気がした。

思わず口を閉ざし、続きがあるだろう言葉を待った。その予想は裏切られることなく、すぐに紫の口は開いた。

 

「貴女に解決は出来ない。…出来て解消ね」

 

より強い拒絶の言葉を聞き、さらに何かが削れる。しかし、解消?それの何が違うんだか…。

 

「…どういう事よ」

「どういう事もそういう事もないわ。貴女には何も出来ない、と言ってるのよ」

「このまま放っておくつもり?こうしてアンタが出張ってくるようなのが、この中にいるんでしょう?」

 

そう言うと、紫は結界の中に目を遣った。私には竹林とどこまでも続く闇しか見えないが…。

 

「何の問題もないわ。中で、私の思いもしなかった最適解を持ち出したのがいるのよ」

「…最適、解」

「まさか、あの子にそんな関係があったなんてね…。それに、あんな人が他にもいるなんて」

 

ここ最近、紫の口から出てくる『あの子』。それは、大抵の場合鏡宮幻香のことだ。よく分からないが、相当入れ込んでいる様子である。

しばらく眺めていると、紫はハッとし、僅かに緩んだ表情を引き締め、私を見詰め直した。

 

「…話過ぎたわね。とにかく、貴女は帰っていいのよ」

「そういうわけにはいかないわ」

「強情ねぇ…」

 

呆れたような口調の紫を無視し、結界に手を伸ばす。少し時間は掛かるが、この結界も破ろうと思えば破れる。紫に邪魔されなければ、だが。

あと半分、といったところで肩を掴まれた。

 

「待ちなさい」

「…何よ」

「もういいわ。どうしても行きたいって言うなら、私は止めない」

 

そこまで言うと、私の目の前に空いている手で人差し指と中指を突き付けた。

 

「だけど、せめて何か訊いてからにしなさい。二つまで答えてあげる」

「必要ないわ」

 

素っ気なく言い返し、結界に向き直す。あと少し…。

 

「そう。じゃあ、さようなら。とても惜しいけれど、貴女のことは忘れないわ」

 

余りにも不吉な言葉に、思わず手を止める。もう少しで破れそうになった結界の作業も同時に止まり、また一からやり直しとなってしまった。しかし、そんなことを意識することはなかった。

錆びついた螺子のように首を動かし、紫の顔を見る。人を馬鹿にしたような、憐れんでいるような、そんな表情。その表情を崩すことなく、衝撃的な言葉を吐き出した。

 

「十万の贄の一人になって来なさい」

「十、万…?」

「そうよ?それとも、貴女も代わりに誰か連れてくる?」

 

何を言っているんだ、コイツは?十万の贄?その一人?

 

「止まってくれて、私は嬉しいわ。…さて、何か訊く?」

 

そう言われ、中に誰がいるのか知らないことが浮かんだ。幻香は確定だろうが、それと騒ぎがどうも結びつかない。そう考えた瞬間、カチリと嵌ったような感覚がした。…ああ、これだ。やっぱり、私はこれが引っ掛かっていたんだ。

私は『何故』を知りたかったんだ。

 

「…騒ぎの中身」

「はい?」

「この結界の中で何が起きているのか、言いなさい」

 

そう訊くと、紫はまるで自ら仕掛けた罠にかかった瞬間を見たような満足気な顔をした。

 

「そうね。これを訊いて、貴女が諦めてくれればいいのだけど」

「御託はいいわ。さっさと話しなさい」

「死なない少女が死に続けているわ」

 

意味が分からない。しかし、困惑する私が目に入っていないのか、その口は活動を止めることなく動き続けた。

 

「一人で十万の代わりを果たそうとしてる。あの子の為に、健気よねぇ…。だけど、それが一番正しい。好きなだけ壊させるのが最適。押し込めるなんて出来るはずないもの。あれの中に入ったら最後、消化させる以外に道はない。それにしても、まさかあの能力が喪失してなかったなんて、驚いたわぁ…。二兎追う者は、って言うけれど、あれは嘘ね。それを知ったときはどれだけ歓喜したものか…」

 

やけに饒舌になった紫の口から矢継ぎ早に流れ出る言葉はほとんど耳に入ることはなく、聞き流していく。

 

「…っと、いけないわねぇ。あの子のことになると口が軽くなっちゃう」

「そのようね」

 

頭の中に残っている内容は最初のほうだけ。けれど、それで十分だと思った。

私はその十万の一人になるつもりもない。十万の贄を取り出すなんてことも出来ない。

紫の言っていた解消の意味も、分かった。分かってしまった。それは『幻香を殺すこと』だ。確かに、それは解決ではなく解消だ。

 

「はぁ…」

 

思わず溜め息が漏れる。…やっぱり、私は甘い。

 

「…帰る」

「そう?」

 

紫と結界に背を向け、その場から離れる。

結局、私はどんな奴だろうと、悪意に満ちた人間だろうと、異変の黒幕だろうと、何かあるんじゃないかと考えてしまう。そうせざるを得ない理由があるのではないかと邪推してしまう。それが分かった途端、同情してしまう。非情になり切れない。

自分でも分かってる。私は、甘い。歴代最強?…これの何処が最強だ。

 

「ああ、そうそう」

「…何よ」

 

飛び立とうとしたところで、紫に呼び止められた。

 

「もしあの子が消えてたなら、その時は貴女に任せるわ。だって、あの子のいないドッペルゲンガーに、興味はないもの」

「…あっそう」

 

一部言葉の意味が分からなかったが、それも、もうどうでもいいような気がしてきた。

少し前に慧音に言われた言葉を果たせた。今回ここまで来てよかったことなど、そのくらいではないだろうか。

 


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