東方幻影人   作:藍薔薇

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第138話

周りに生えている竹林は赤黒く染まり、ボンヤリと光を放つ竹は、その血を通しているからか、赤く光っているようにも見える。足元の地面には大量の細切れの肉片。そして尋常ではない量の血を吸った地面は、不思議と硬い。これらが全て、私から出たものだと思うと改めてゾッとした。

横にいる幻香は、落ち着いたのか枯れただけなのか分からないが、その眼から涙は出ていない。だが、酷く落ち込んでいる。

 

「…さ、戻りましょうか」

「あ、ああ。そうだな」

 

にへら、と幻香が笑いかけながら言った。しかし、その表情は上っ面だけだと分かった。分かってしまった。

幻香は、演技が得意だ。普段は表情が目まぐるしく変わり、考えていることが分かりやすい。だが、それを押し隠しそうとすると、途端に分からなくなる。実際、私は幻香を見つけた時『ドス黒い意識』が既に目覚めていると感じなかった。話している途中で、もしかしたら、程度しか感じなかった。確信がなかったのだ。

しかし、どれだけ隠そうとしても、今の幻香がこんなにすぐ平気になるわけがない。それに、血に濡れた手を見て小さな溜め息を吐いたのを、私は聞き逃さなかった。だから、あの笑顔は私の為の演技だ。そして、それを私が指摘するつもりはない。

幻香は脚を踏み出そうとした時、ザッ、と後ろに誰かが脚を付いた音が響いた。瞬間、ほぼ無意識に体を反転させた。

 

「…よっ、終わったみたいだな」

「萃香…?」

「え、萃香さん…?」

 

ホッとした顔を浮かべた萃香がそこに立っていた。しかし、ここで素朴な疑問が浮かぶ。何故萃香は幻香が戻った直後にここに来れたんだ?

 

「とりあえず先に言っとく」

「…何だよ」

 

それを口に出すより早く、萃香は言葉を発した。

 

「外に出るのはちょっと時間かかると思うぞ」

「距離的な問題ですか?」

「いや、距離はそこまでない」

 

私の家まで、そこまで時間はかからないはずだ。…家で思い出した。私の家、壁の一部がぶっ壊れてる。他にも、フランドールが描いた魔法陣とか、穴の開いた箪笥とか。後で建て直さないといけない。…いや、今はどうでもいいか。

 

「何があるんだ?もう昼でも問題ないと思うんだが…」

「いや、昼とか夜とかじゃない。今、ここは相当でかい結界に覆われてる」

「け、結界…?」

 

そう言われ、上を見上げた。しかし、日の射さない鬱蒼とした葉が見えるだけ。それらしき歪みは見えない。同じように周りを見渡している幻香も同じようだ。

 

「どんなやつかは見たほうが早いだろ。行くぞ」

「…むぅ」

「分かった。…行くぞ、幻香」

 

既に走り出した萃香に付いて行く。チラリと後ろを確認すると、幻香は問題なく付いて来ていた。そして、萃香は立ち止まった。

 

「ここだ。あと少し先に壁がある」

「…は?」

「え?」

 

いや、何も見えないんだが…。

そう考えていると、それを証明するように萃香は右腕を前に伸ばし、歩き出した。二歩歩く途中で、真っ直ぐ伸ばしていたはずの肘が曲がった。そして、見えない何かを叩くように、手を動かす。音はしないが、確かに何かあるようだ。

続いて、萃香は一歩下がると、そのまま右手を握り締め、その結界に叩き込んだ。しかし、その拳は先程叩いていた場所でピタリと止まった。

 

「…演技じゃないぞ」

「分かってる」

 

私に目を遣りながら、萃香はそう言った。確かに、萃香はこんな時にそんなふざけたことをするような奴ではない。

とは思うが、一応私も試してみる。ちょっとした火球を指先に出し、真っ直ぐ撃ち出す。しかし、火球は見えない壁に触れた途端に薄く広がり、そのまま消えた。火球が当たったところに手を伸ばすと、ほんのり温かい壁に触れた。

 

「どうするか…」

「紫の結界はかなり強固だからなぁ…。壊そうと思えば壊せるんだけど」

「壊せるんですか」

「まあな。けどなぁ、こう密閉された空間だと上手くいっても被害がな」

「一応聞かせろ。それはどうやって壊すつもりなんだ?」

 

萃香に尋ねると、腕を組み首を傾げた。…どうやら、方法は頭にあるようだが、すぐに説明できるわけではなかったらしい。

少し待つと、ようやく萃香は語り始めた。

 

「そこら中のものを一点に萃めるとな、物凄い引力が生まれる」

「引力…?」

「確か、二つの物質がお互いに引き合う力、だったはず。それで、重いほうがその力が強い…だったかなぁ?」

「それを結界にブチ込んで無理矢理破る」

 

頭の中で、それが行われた場合のことを考えてみようとするが、そんな状況は見たことも体験したこともなく、想像もつかない。

 

「それで、それをするとどうなるんですか?」

「えぇっとな…。これをやると結界だけじゃなくて、周りの色々なものも引っ張られるだろ?でもって、萃めたものに巻き込まれると一瞬で潰れる」

「…うわぁ」

「それに、集める際に空気も一緒に萃めるから、多分窒息する」

「真空、ですか…。うぅむ…」

 

…やらない方がいいな。提案した萃香本人は、何か対策があるのだろう。私は死なないから、事が終わったあとで蘇ればいい。しかし、幻香にそれを回避する術はないだろう。

 

「萃香。分かってるとは思うが、それはするなよ?」

「分かってるよ」

「…八雲紫の結界、ねぇ。彼女が消すのをここで待ちぼうけかぁ」

 

幻香がそう呟いた。確かに、人為的にやったことならばその紫とか言う妖怪が解除すれば済む話だろう。しかし、それがいつになるか分からない。それに、解くつもりがない可能性だってある。

 

「ま、そんなことするつもりないですけどね」

「そうだな。待つのはなしだ」

「んじゃ、どうやってブチ抜く?」

 

そう言われても、すぐには思い付かない。本当に成す術がなかったときは、最終手段として萃香の超引力を使うとして、それ以外の方法を考えなくては。

幻香がいきなり『幻』を大量に展開し、そこから弾幕を放った。その妖力弾の形は、針のように細く、鋭く旋回している。明らかに貫くつもりの弾幕だ。しかし、その弾幕は結界に阻まれ、傷一つ付けることなく消えてしまった。

 

「…ま、駄目ですよね。萃香さんが殴って壊れなかったのに」

「並大抵の攻撃じゃ壊せないだろ」

 

しかし、この場で一番力が強いのは、どう考えても萃香だ。その萃香の拳で壊れないなら、手段は相当限られてくる。

 

「なあ萃香。地面を掘って行ったらどうだ?」

「ちょっと待ってろ」

 

そう言うと、地面に手を当て、目を瞑った。そして数秒後、溜め息を吐いた。

 

「…無理。しっかりとあった」

「…そう簡単なわけないか」

 

その程度で抜けられる結界じゃないよなぁ…。実力がなってなかったり、面倒臭がったり、手を抜いたりすると、地面を掘れば抜けれる場合もあるんだが…。これほど大規模な結界を張るような奴に、そんな失態はないか。

何とかして他の方法を考えていると、突然幻香が立ち上がった。そして、そのまま結界のところへと歩いて行く。

 

「妹紅さん、萃香さん」

「ん、何だ?」

「何だよ?」

 

幻香が結界に手を当て、見えない壁の奥を睨みながら私達を呼んだ。

 

「これから起こること、わたしを恐れないでくれると嬉しいです」

「は?何言ってんだ?」

「恐れるぅ?するわけないだろ」

「それと、わたしに何か変化があって、それが危険だと判断すれば、殺してくれて構いません」

「おい、何物騒なこと言ってんだ」

 

返事はなく、幻香は結界を繰り返し指先で叩いている。そして、叩くのを止めたと思ったら右脚を後ろに出し、腰を限界まで捻りつつ右腕を引き絞り出す。そして、捻りを戻しながら掌底を打ち出した。…さっき、萃香が壊せなかった打撃。それは幻香自身も分かっているはずだ。それなのに、何をしてるんだ?

ガシャアァン、と分厚いガラスが割れるような音が響いた。そして、幻香は結界があるはずの場所を歩いて通り過ぎた。自分の目と耳を疑った。隣にいた萃香が眼を見開いていた。きっと、私も同じような顔をしているだろう。

 

「…さ、壊れましたよ。行きましょう?」

 

振り向きながらそう言う幻香の瞳は、血を流し込んだような紅色をしていた。

 


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