今、わたしは笑顔でいるだろうか…?ちゃんと微笑んでいるだろうか…?違和感のない顔でいるだろうか…?そうであってほしい。そうでなければならない。
わたしの身に起こった、身に余る出来事。それは、いつの間にか終わっていた。一人の友達を好き放題傷付け続けて、のはずだ。あの状況からはそうだとしか思えない。しかし、わたしはそのことを何も知らない。何も覚えていない。全く意識がない。寝ていたらそうなっていた、そんな感じ。
痛かっただろう。辛かっただろう。苦しかっただろう。そう考えることは容易い。予想や想像なら出来る。だが、それだけ。それには全く実感がない。へーそうなんだ、で済ませてしまいそうなほど薄っぺらい。
「…さて、フランさん。皆にちょっと話したいことがあるんです。聞いてくれますか?」
「え?うん」
しがみ付いていたフランさんがようやく離れ、隣に腰かけた。
わたしは、ここに来るべきかどうか少し迷った。何も言わずに立ち去ってしまうのも手だな、と考えた。だけど、わたしの口から言っておく方がいいと考えたから、わたしはここに来た。
「さて、既に知っている人もいるでしょうが、わたしは過激派一派を返り討ちにしました」
「え!?そんなことしたの!?」
「ああ、そうだな。八十五人重軽傷。予想よりも多くて驚いた」
「…八十五、ですか」
つまり、あの爺さんの遺体は見つからなかったのだろうか?粉微塵に吹き飛ばしたから、見つからなくても仕方ないとは思うが。
「慧音は何か不思議に思いませんでしたか?」
「ん?…そういえば、あの爺さんがいなかったな。意外だ」
「いましたよ。わたしがやったのは八十六人。そして…」
ああ、言いたくない…。けれど、言わなければならない。錆びついたように動かない喉を無理矢理動かす。その度に引き裂かれるような痛みが走るが、それども構わず動かし続ける。
「その爺さんを、わたしは、殺しました」
言った。言ってしまった。だが、これでいい。
空気が一気に重くなったように感じる。不思議と黒ずんでいるようにも見えてきた。妹紅さんは既に知っていたからか、特に気にしていないように見える。萃香さんは、眉間に指を当て何か考え始めた。慧音は難しい顔をし、口を固く閉じた。フランさんは、不思議そうな顔を浮かべた。そのまま重苦しい沈黙が続き、ようやく慧音が目を閉じたまま口を開いた。
「…何故だ?」
「いたちごっこを止めるため、ですかね…。いや、これは綺麗事かな」
「ねえ、おねーさん」
「…何でしょう、フランさん?」
「どうして、そうしたの?壊すなって、殺すなって、言ってたのに…」
「…どうしてでしょうね」
もっと深く考えれば、そんなことせずにすむ方法だって思い付いたかもしれない。だけど、わたしはこれが最善だと考えた。正直、今でもそう思っている。覆すつもりのない、事実だ。
「わたしは、あの時爺さんを切り捨てたんですよ。あれがいなくなれば事態は収束すると、あれを残しておけば事態は繰り返すと、そう考えた。『爺さんの抹消』を軸にして立てた計画。後悔してないか、と言われると…どうでしょうね」
最後のほうは、わたし自身への問いかけだ。そして、その答えは出て来ない。
「お、もしかしてこの流れは暴露会か?次は私の番かい?」
「…はい?」
わたしの話したことから、どうしてそんな言葉が出てくるのだろう?そんな誰でも思い付くような疑問を口にする前に、萃香さんは続けた。
「じゃあ、言わせてもらおうか。私はな、地底から来たんだよ。そこはなかなか居心地もよかった。このままでもいいと思ってた。けどな、それでも私は何百年もいた地底を切り捨てた。居場所も、地位も、知り合いも、友人も、何もかも切り捨てて上がってきた。結局、私はこの地上に未練があったんだろうよ。だから、私はこうしてここにいるってわけだな」
「って、ことは次は私か。私はな、これでも血筋だけはいいとこだったんだ。意外だろ?ま、全然望まれていなかったみたいだけどな。それでもまあ、何とか生きてた。私の転機はあれだな。恩人だと思ってた奴を殺して蓬莱の薬を奪ったことだ。私は、アイツを切り捨てて不老不死を得たんだよ。後悔はしてるが、そのときに戻ったとしても同じことを繰り返すって確信があるよ」
「ん?もしかして私もか?ふむ…。私は、実は元人間だったんだ。普通の人間の間に産まれ、それなりの人生を送り、それなりに幸せだった。だが、このままでいいのかと考えた。このまま特に何事もないまま死んでいいのか、とな。実に愚かしい考えだよ。だが、その時の私はそうは考えなかった。だから今、こうして人間であることを切り捨ててワーハクタクとなったんだ」
「それじゃあ、私も!私ね、お姉様って呼べ、って言われたから呼んでるだけで、姉だって思ってないんだ。だって、私を四百九十五年も閉じ込めたんだよ?何か仕返しするつもりはないけど、許すつもりもない。けど、おねーさんは違う。破壊衝動を通り抜けた私を見てくれた。こんな私を好きでいてくれた。だから、私はレミリア・スカーレットを切り捨てて、おねーさんを求めた。おねーさんは私のお姉さんだもん。血も齢も関係ないよ」
…ああ、そういうことか。今、私は慰められてるんだ。
「だから、たとえ人殺しのおねーさんでも、私は大好きです」
「その程度の罪、私だってあるさ。特に理由なく人攫いやったからな」
「そうだなぁ…。理由なくって言われれば、私も相当妖怪屠った」
「そうだな。殺し、そして殺される。自然の摂理だ」
気にするな、って言ってくれているんだ。そのことが分かると、胸と目頭が熱くなる。
「…ありがとう、ございます…っ」
「礼なんか…モガ」
「いや、貰っとくぞ。消すのは惜しい」
「うんっ!もったいないもんね」
「そうか?そこまで言うなら私も貰っとくか」
「プハッ…はいはい、私も貰っとく」
そんなやり取りを見てると、さっきまで貼り付けていた偽りの笑顔が剥がれ落ちていくのを感じる。自然と笑いが込み上げてくる。
「…さて、続けましょうか。わたしはその際に魔法の森の家を消しました。既に場所が知られてしまったわけですし、一応ということで」
「そうだな。あの時は代わりに紅魔館に行くと言っていたが」
「え?本当!?」
「そう言いましたが…ごめんなさい。どこか別の場所に行きますよ」
「むぅ、何で?」
何故、か。これはとても独りよがりな理由だ。誰のことも考えていない、わたしだけのための理由。鏡宮幻香のためだけの理由。
「わたしは、この身に余る能力をどうにかしたい」
「どうにか?そこはぼかすなよ」
「そうですね…。制御、ですかね。支配出来たら一番ですが」
本当はわたしが扱っていいような能力ではないことくらい分かってる。けれど、二度とあんなことにならないで済むなら、わたしはそうしよう。
「そのくらいならこっちでもいいじゃん。どうしてこっちに来ないことになるの?」
「もう一度同じようなことになったら…。そう考えると怖いから。次に誰の姿をとり、一体何をするか…。そう考えると、怖いんですよ」
『破壊魔』がフランさんだということはすぐに分かった。その後も考えた結果、あれはフランさんの破壊衝動だという結論に至った。決め手は破壊を第一に考える思考だろう。隣に座るフランさんを見て、あれだけあった破壊衝動がないということが何となく分かる。つまり、俄かに信じがたいが破壊衝動がわたしに移ったということも予想出来る。また同じ規模の破壊衝動が溜まることがなければ、あれと同じようになることはないだろう。そう思いたい。
しかし、これがフランさん以外に起こらないとは思えない。フランさんに限定される理由が思い付かないからだ。ならば、有り得ると考えるべきだ。何故そのような精神が移ったのかなんて知らない。どのような条件でそうなったのかもわからない。それを出来れば知りたいのだが…。
「だから、今までと同じように人気のないところに行きたいんです」
「…むぅ、分かったよ。けどさ、遊びに行ってもいいよね?」
「来れるなら構いませんよ。…まあ、場所はまだ分かりませんけど」
候補は幾つか浮かんでいるが、どこがいいだろうか。人気がない事も大事だが、出入りする人が少ないというのも重要だ。
「このくらいですかね」
「そうかい。新しい家、ねぇ。探すのに苦労しそうだ」
「何とかして伝えようとは思ってますよ、萃香さん」
妹紅さんに伝えれば、そこから拡散させることが出来るだろうか?フランさんには伝わらないかもしれないから、それはわたしが行けばいいかな。
「あとさ、今更さん付けとかやめろ」
「え?」
「慧音ばっか呼び捨てでさぁ」
そう言われても…。慧音は最初先生を付けたが『生徒じゃない者からそう呼ばれるつもりはない』って言われ、さんを付けたら『私はそんな敬称を付けられるような者ではない』って言われたからだ。だからと言って、今慧音にさんを付けろと言われて付けるつもりはないが。
「だからさ、私も呼び捨てでいいじゃん」
「お、そうだな。今更変えるのは難しいかもしれないがな」
「じゃあ私も!」
萃香さん、妹紅さん、フランさんにそう言われ、考える。
…そうだね。もう友達だけど、こうして一層仲が深くなったと思う。わたしを中心とした一つの出来事。わたしなんかの為に手を取り合って解決してくれたんだもんね?
こうすることで、ささやかな礼が出来るなら、そうしよう。とびっきりの感謝を込めて。
「これからもよろしくお願いしますね。慧音、妹紅、フラン、萃香」