東方幻影人   作:藍薔薇

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第141話

「…はぁ」

 

お茶を飲み干し、小さく息を吐く。湯呑みを置き、その下敷きになった二枚の文々。新聞が目に入り、先程より大きな溜め息が漏れ出る。『八十五人重軽傷!紅眼の『禍』の仕業か!?』、そして『義眼が遺した真実とは!?』と見出しに書かれている。この二部は結局捨てる気にもなれず、机の上にずっと乗っている。

輝夜に頼まれて竹林に行ったものの、特に何かするでもなく、ボンヤリとしたまま博麗神社に戻り、横になって翌朝。輝夜がまた現れた。そして、何故か『どうもありがとう』と礼を言われ、困惑した。どういう事かと聞き返せば『竹林も落ち着いてイナバ達がようやく出てきたから』と不思議そうな顔をしながら返された。何が何だかよく分からないまま、非常に華美な装飾が施された兎の置物を渡され、そのまままた何処かへ行ってしまった。

そしてその日の昼頃に落ちてきたのがこの文々。新聞だ。内容は、行方不明だった一人は死亡したのが濃厚だということ。意識を取り戻した者から得た多数の証言。何者かによって踏み潰された義眼、その義眼を最近売ったという者の証言。この二つの証言から出てきた人物の特徴がほぼ一致し、とある高齢の男性が浮かび上がったそうだ。そこから現場を隈なく探し回ったところ、誰のものか不明な親指の先端が見つかったらしい。八十五人の男には、親指どころかどこの指も欠損はしていないとのこと。

 

「…アイツが殺しを、ねぇ」

 

私が知っている幻香は、そんなことを好きでするような奴じゃなかったはずだ。初見の印象、発言、行動、雰囲気、勘…。そんなものから勝手に付けた評価。私に存在する自分勝手な判断基準。アイツは悪い奴じゃない。…そう思っていたのだが。わたしは勘違いでもしていたのか?…いや、違う。そう信じたい。

だからこそ、そうせざるを得ない何かがあったのではないかと考えてしまう。しかし、いくら考えてもそんなことをするとは思えない。そして、あの結界の中で十万も殺し続けるとも思えない。

私の知っているアイツと今回の騒ぎのアイツは、あまりにもかけ離れている。別人と疑いたくなるほどに。

 

「…はぁ」

「よっ、どうした?溜め息なんか吐いちまって。魔理沙さんが来てやったぜ」

「気にするようなことじゃないわよ。それで、何の用」

「いや、何も?」

「あっそ」

 

急須からさっき使ったばかり茶葉を捨て、新しい茶葉を入れる。そして魔理沙の分の湯呑みを取り出して、二人分注ぐ。

 

「…はい」

「お、ありがとな」

 

机に肘をかけている魔理沙の前にお茶を置く。その手には、机に置かれていた文々。新聞が握られていた。

 

「なあ、霊夢はどう思う?」

「…さぁ」

「何だそれ」

 

本当によく分からないのだから、しょうがない。

 

「私は幻香に色々訊きたいことがあったんだがなぁ…」

「けど、家が丸ごと消えてたんでしょう?」

「そ。しかも、私宛てに手紙残してたし」

「あら、そうだったの?」

「ああ。もしかして言ってなかったか?『これは貴女に差し上げます』って几帳面な字で書かれてたぜ」

「聞いてないわよ。…そもそも、本当に貴女宛て?」

「それは間違いない。私を名指ししてた」

「へえ、意外ね。何を貰ったのかしら?」

「毒液。それと干し肉」

「肉はともかく、毒液とか何に使うのよ」

「魔法の研究に使ってる。あれ、相当高純度でな。使うのがもったいないくらいだぜ?」

「けど使うんでしょう?」

「当たり前だろ」

 

一息吐き、湯呑みに手を伸ばしたら、その湯呑みが急に動いた。視線だけを動かし、湯呑みの先を見ると、その先に小さなスキマが開いており、そこから腕が伸びていた。その腕にお札を叩き付けてやろうと袖に手を伸ばそうとすると、魔理沙に止められてしまった。

そのまま私の湯飲みはスキマに吸い込まれ、数秒後大きく開いたスキマから紫が出てきた。そして、空になった湯呑みを私の目の前に置く。

 

「美味しかったわぁ」

「…あのねぇ」

 

それにしても、一体何の用でここに出てきたのだろうか。理由なしだったら叩き出してやろうか、と意気込みかけたが、考え直した。

 

「一体何の用よ」

「あら、魔理沙もいるのね。…ま、いいかしら。貴女の言う騒ぎは終わったわよ」

 

その言葉に、一瞬体が固まる。…そうか。こんなに早く十万の殺しを終えたのか。そう考えると、背筋が凍る。魔理沙はというと、不思議そうに首を傾げた。

 

「騒ぎぃ?竹林のか?それはかなり前に…」

「あら、こちらは何も知らないのね。それは残念」

 

心底馬鹿にしたような笑みを浮かべ、口元を隠すのを見ていると、無性に苛立ってくるが、今はそんなことどうでもいい。

 

「用はそれだけよ」

「紫」

 

スキマを閉じようとし始め、帰ろうとした紫を呼び止める。

 

「…何よ」

「貴女の知っている鏡宮幻香について言いなさい」

 

振り向いた紫に、私は訊ねた。魔理沙が話に付いていけていないように見えたが、今は無視しよう。

 

「それは、もしかして命令かしら?」

「いいえ、ただのお願いよ。…二つ目の、ね」

「…!」

 

苦虫を噛み潰したような顔。まさか、コイツがそんな顔をするとはね。

私が知っている鏡宮幻香。紫が知っている鏡宮幻香。この二つには大きな差異があるように思える。それを埋めなければ、私は答えを得られない。そう思う。

 

「…結果が返ってきても仕方ない、ね。あの子もなかなか痛いところを突いてくる」

「何のことか知らないけど、さっさと吐きなさい」

「先に言っておくことがあるわ。これを頭に入れてから聞きなさい」

 

その眼からは、冗談の臭いを一切感じることがなかった。紫は、真剣そのものだ。

 

「これから話すことは、どこまで本当かを疑いたくなるような内容よ。けど、それは私が数少ない情報を掻き集め、それの信憑性も洗いだして、ようやく辿り着いた一つの結論。信じるかどうかは、貴女達に任せるわ」

 

 

 

 

 

 

まず、貴女達に『願い』はあるかしら?

子供の頃に夢想した将来の『(ねがい)』。過去に犯した『未練(ねがい)』。人生を賭けた『挑戦(ねがい)』。これからやりたい『行動(ねがい)』。何でもいいわ。

…お茶を飲みたい?…悪かったわ。許して、ね?

魔法の研究、ね。道は遠いでしょうけれど、頑張ってね。

それがどうかしたのかって?関係ない?大いに関係あるわよ。…今は質問は受け付けないわよ。私が尋ねたときに答えてくれれば、それでいいから。合槌してくれないと、私寂しいわぁ。

…コホン。その貴女達の願いは、他の誰かが叶えられることかしら?貴女の代わりに、叶えてくれるものかしら?例えば霊夢、貴女の代わりの私はお茶を飲んだ。それで、貴女は喉が潤ったかしら?潤うわけないわよね。

けど、それを覆すのがドッペルゲンガーよ。あの妖怪は、…いえ、本当に妖怪なのかしら?ま、とりあえず妖怪ってことにしておきましょう。

とにかく、そのドッペルゲンガーはそれをトンデモ理論で覆した。『他の誰にも叶えられないなら、その人になればいい』。それがドッペルゲンガーよ。

…馬鹿にしてるのか、って顔してるわね。私もそう思ったわよ。けど、今はそうは思わない。

続けるわよ。ドッペルゲンガーは、誰かの願いを代わりに叶える妖怪。そして、その際にその願いを奪い取るわ。…察しがいいわね。そうよ。ドッペルゲンガーは人喰い妖怪。食べるのものは願い。つまり、精神よ。私も一回食べられたわ。とっても些細なことだったけど。

え?それは何かって?質問は…まあいいわ。…ごぼうを買ってくることを藍に頼むことよ。外の世界で流行ってた料理を作りたかったのだけど、ごぼうが無かったのよ。そして、ごぼうがあれば作る。そう考えていたのを覚えているわ。そんな時、藍がごぼうを買って帰ってきた。『紫様に頼まれたごぼうも買ってきました』と言いながらね。私は驚いたわよ。何せ、私は忘れることがほとんどない。けれど、私はそんなことを頼んだ覚えもなければ、そんなことを考えた覚えもない。だけど、普段の私ならそうしただろう、っていう奇妙な既視感があったわ。

さて、話を戻しましょう。たった一つしか願いを持っているなんて人はまずいない。では、その中からどの願いを奪い取るのかだけど、残念ながら規則性はないみたいよ。けれど、一度に一つだけしか奪わないことは確か。丸ごと全部ってこともあれば、一部だけなんてことも。その際に参照した意識から、その人の精神を形成するのよ。そして、その精神に対応した肉体を形成する。『病は気から』の究極形態ね。

さて、誰かに成り変わるドッペルゲンガー。そんな妖怪に、自我はあるかしら?…答えは『ない』よ。誰かに成り変わるということは、その人と全く同じ精神を宿すということ。その人と全く同じ肉体を持つということ。ドッペルゲンガーにとって、自我は不純物でしかないのよ。

え?それじゃあ幻香は何なのか、ですって?これから言うわよ。ま、分からないのだけど。…酷いわね。そうよ、分からないわよ。何か悪い?私だって知りたいわよ。

古くからいる妖怪の中にも、ほんの僅かずつだけど変化していってる者もいる。それと同じように、自我が芽生えたのかもしれない。実は、さっき言った前提がそもそも間違えていて、最初から自我があったのかもしれない。真相はドッペルゲンガーのみぞ知る、よ。

さて霊夢。貴女が一つ目に訊いたことの補足よ。ドッペルゲンガーはフランドール・スカーレットの破壊衝動を奪い取り、代わりに破壊を繰り返していたのよ。破壊衝動は言い換えれば『ものを壊したいという願い』。それは幻想郷を半壊してしまうほどだと私は見積もったわ。けれど、それを代わりに死なない少女が請け負ったのよ。…え?急に目を輝かせてどうしたのよ。不老不死に憧れる?…まあ、願いは人それぞれよね。

 

 

 

 

 

 

「これで終わりよ。今ならちょっとくらい質問を受け付けるわよ」

「まさか、そんな妖怪がいるなんて…」

「…正直、頭が狂いそうだぜ」

「…ないなら帰るわよ」

 

私は質問するようなことは何も思い浮かばなかった。…いや、そんな余裕が一切なかったのだ。そして、それは魔理沙も同じようだった。

質問がない事を察した紫は、そのままスキマを閉じた。私はその何もない空間をボンヤリと眺め続けていた。

 




初めましての方は初めまして。作者です。

さて、今回初めて後書きに記載させていただいたのには物凄くつまらない理由があります。
ちょっとQ&Aをやってみたくなったのです。それだけです、ハイ。
詳しくは活動報告に書きます。それではっ!

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