東方幻影人   作:藍薔薇

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第142話

「…よし、終わったな」

「ん、いいのか?こんなもんで」

 

玄関の扉を嵌め終え、妹紅の家の改築は終了した。古い家は、昨日丸ごと焼却してしまったらしい。いくら何でもそこまでしなくてもいいと思うのだが、そのことを伝えても断固として拒否された。ほんの僅かでも痕跡を残したくないから、らしい。

眠い目を擦りながら一週間ほどで建て直した家だが、わたしから見て欠陥らしきものは見当たらない。理由は単純。萃香がいるから。彼女一人で何十人分にもなる。フランが紅魔館へ、慧音が里へ戻って行った後もそれ以上の働きを見せてくれた。…それにしても、一体どこから木材を調達してきたのやら。

わたしも少し対抗して三人くらい増やしたのだが、複製(にんぎょう)の視界を見ることが出来ないため、どうしてもわたしの視界から外れる仕事は出来ない。それに、今のわたしは複製に精密なことをさせられるような実力はない。よって、ものを運ぶくらいしかさせることが出来なかった。

 

「前より一回り大きいですね」

「ん、そうだな。前のは一人身が前提だったし」

「そうかぁ?十分あったと思うが」

「いや、そうでもないぞ?ま、ついでに大きくしてもいいかなと思ったのもあるが」

「…ま、これからは当分賑やかになるでしょうからね」

「はは、違いない」

 

妹紅さんに頼んで、家の一部にわたしの複製を使わせてもらった。仮に消えてしまっても支障が出ない場所を訊き、そこに使ってもらったが。

 

「さて、完成したならわたしはそろそろ行きますか」

「もう行くのか?随分早いな」

「早くて損はないですから。冬になる前に早く場所を見つけないと」

「見つけたら教えてくれよ。あと、見つからなかったらいつでもここに来い。待ってるからな」

「酒…じゃなくて、何か食い物持ってくるからな!」

「ええ、ありがとうございます。…行ってきますね。妹紅、萃香」

 

 

 

 

 

 

迷いの竹林から、人間の里からは離れるように進む。そして、霧の湖へと出た。流石にここに住むつもりはないが、魔法の森の家を撤去したことをここにいるだろう誰かに言えたら、と思って来た。

少し見渡すと案の定、大ちゃんとチルノちゃんと光の三妖精がいた。五人の元へと飛んでいく。

 

「こんにちは。…久し振りですね」

「まどか!久し振り!」

 

返ってきたのは、元気溌剌なチルノちゃんだけ。…ああ、そっか。そういえば、ルナちゃんは文々。新聞を読んでるんだっけ。どこまで書かれているかも分からないし、どこまで正しいかも分からないが、多分わたしがやったことを知っているだろう。それなら、こんなわたしを快くは思っていないだろう。

なら、用はさっさと済ませて退散することにしましょうか。

 

「今日は、ちょっと用事があって来ました」

「ちょ、ちょっと待ってて!」

「…ルナちゃん?」

「あっ!待ってよルナ!」

 

そう言ったと同時に、霧の湖から飛んでいってしまった。そして、それに付いて行くようにサニーちゃんも飛んでいく。…何しに行ったのだろうか?

 

「あーあ、そそっかしいわね」

「スターちゃんは行かなくてよかったんですか?」

「よかったの」

「それならいいんですが…」

 

さっさと立ち去ろうと思っていたのに、行ってしまった二人を待つ必要が出来た。時間を潰すために、足元に転がっている石ころを複製して手の平で転がす。一つずつ増やしていき、四つ目を加えたところで、大ちゃんがわたしに声をかけてきた。

 

「まどかさん」

「何でしょう?」

「…この前、幻香さんの家に遊びに言ったら、何も無かったんですが…お引っ越しでもしたのでしょうか?」

「これからしますよ。今日はそのことを言いに来たんです」

「そう、なんですか?随分と日が空いてますが…」

「…色々あったんですよ。…色々、ね」

 

紅一色に染まった光景が一瞬脳裏に浮かぶ。始まりの光景であると同時に、終わりの光景でもある。

 

「あまり人に言えたようなものじゃ、ないんです」

「そうですか。…なら、私は何も訊きません。けど、まどかさんが言ってもいい、と思ったときには、話してくださいね?」

 

そう言うと、いつもと同じ笑顔を浮かべた。全く無理のない、自然な微笑み。

 

「…そうしますよ」

「ええ、そうしてください」

 

わたしの周りの人は、わたしのはもったいないほどに優しい。そう思う。

手の平で転がすのもつまらないので、石ころを縦に積み上げていくことにする。チルノちゃんが隣で同じようにやっているのだが、凍らせながらやるのはどうかと思う。

 

「はぁ…っ、はぁ…っ。た、ただい、ま…」

「ただいまーっ!」

 

何度も倒してしまいながらも何とか十四個まで積み上げたところで、ようやくルナちゃんとサニーちゃんが戻ってきた。その二人の手にあるのは二つの文々。新聞。見出しには『八十五人重軽傷!紅眼の『禍』の仕業か!?』『義眼が遺した真実とは!?』と書かれている。…もしかして、紅眼の『禍』ってわたしのことなのか?

サニーちゃんが『禍』の文字を指差し、何故か目を輝かせながら詰め寄ってきた。

 

「ねえ!これって幻香さんのことだよね!ね!?」

「…ちょっと、サニーうるさい…」

「えぇと…。どう、何でしょう?ちょっと読んでみないと…」

 

そう言うと、サニーちゃんはすぐに新聞を押し付けてきた。息絶え絶えなルナちゃんももう一枚のほうを渡してくれた。

二枚を手に取り、日付の古い方から読み始める。そのわたしの後ろからチルノちゃんと大ちゃんが新聞を覗いているのが分かった。

 

「んー、よく分かんない…」

「これって…」

 

時間をかけて読むつもりはない。…ふむ。八十五人重軽傷で一人行方不明。ただし、死亡説濃厚。…何だ、大体正しいじゃん。紅眼が気になるけど。しかし、そんなことより目に入るのが、最後のほうに書かれている里の人間共の言葉。『非常に恐ろしい。里にやって来ないことを願う』。『許せないことだ。ただちに排除出来れば、と常に思う』。

わたしは読み終わったので、読み逃しがあると思い、大ちゃんに手渡そうとすると「大丈夫です」と言われた。なので、ルナちゃんに返した。

 

「で、どうなの!?」

「サニーちゃん、これ読んでますか?」

「読んでない!」

「はぁ…。ええ、わたしですよ」

 

何故そんな自信満々に答えられる。見出しくらいしか読んでなかったのだろうか?まあ、ルナちゃんは読んでいるだろう。

そう考えてルナちゃんに目を遣ると、いつになく真剣な表情で、わたしを見詰め返してきた。

 

「…これ、どこまで本当ですか?」

「八十六人返り討ち。八十五人重軽傷、一人死亡。…ほとんど正しいですよ」

「そう、ですか…」

「それより、てっきりここの全員に広がってるものだと思ってましたよ。わたしはそれでも構いませんでしたが」

 

情報は容易く広まるものだ。それが、正しいかどうかはその時々だが。

 

「…確かめてから、って思ってたから」

「そうですか。ありがとうございますね。これからは広めたければそれでもいいんですよ?」

「しないよ」

「…じゃあ、一つ頼んでおきますね。ここにいつも集まる、ルーミアちゃん、リグルちゃん、ミスティアさん。この三人には伝えておいてください。知らないままは、嫌ですから」

「うん、分かった」

 

知らないまま付き合うより、知られて離れてしまった方がいい。それでも付き合ってくれるなら、わたしは嬉しい。そう思う。

 

「それにしても、幻香さんも大変ね」

「大変、ですか?」

「酷い噂もよく聞いたし、何より見方が歪んでるもの」

「周りも一緒に歪んでいれば、それは真っ当ですよ」

「まどかさんをちゃんと知っていれば、そんな見方しないと思うのに…」

「そうはいかないのが普通ですよ。歪んだ視界からは、ちゃんとしたものは見れない」

 

もう誤解は解けないし、解くつもりもない。歪んだ正解を抱いている人間共に、わたしはもうどうとも思わない。里から出てさえ来なければ。

 

「そう言えば、わたしが殺したことは気にならないんですか?」

「え?だってルーミアさんは人喰い妖怪ですよ?」

「あ、そう…」

 

たったそれだけで片付けられてしまうほどのことなのか…。何か、あの爺さんを殺したことが一気に安っぽくなっていく。

 

「あの、話を戻しますが…。何処へ引っ越すんですか?」

「何処、ねぇ…。実はまだ確定してないんですよね」

 

候補は幾つかある。しかし、どこも利点と欠点がある。そりゃそうだ。長所と短所は表裏一体。あらゆる物事に対し、いいことしかないことなんてことない。

そんな中で、わたしにとって最も利点が多い場所。そこにほとんど人がおらず、わたしが知る限りたった一人しかいない。そして、人の出入りも非常に少ない場所。何故なら、そこへ到達する者は限られてくるからだ。

春雪異変のとき、一度だけ迷い込んだ場所。あの化け猫には悪いとは思っているが、あれだけ家があるんだ。一ヶ所くらい貰えたら、と思う。またあのようなことが起こりそうになったら、すぐに立ち去ればいいだろう。

 

「まずは迷い人の終着点、迷い家へ行こうかと思ってますよ」

 

そして、最大の欠点は、わたしがそこへ辿り着くことが出来るかどうかだ。

 


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