東方幻影人   作:藍薔薇

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第143話

遠目で見ても相当な大きさだとは思ったが、近付いて頂上を見上げると改めてその大きさを実感する。これからこの山の何処かにあるはずの迷い家を探す必要があるわけだが…。数日探して見つからないようなら、諦めて別の場所にしようかな。それまでは、…野宿かな。

 

「さて、行きますか」

 

飛び回って探すのも一つの手だが、あまり目立ちたくない。ここから里が見えるように、里からもここが見える。里に超視力を持つような奴がいたら、どうなるか分かったものじゃない。そんな奴いない、と高を括ってもいいのだが…。まあ、大した理由はない。つまり、何となくだ。無理矢理理由を作るなら、わたしは飛ぶより歩いたほうが長期間活動出来るから、というのはどうだろう。これから長くなるかもしれないのだ。冬までに見つける、くらいの気長な目標だし。

気長と言えば、わたしの右腕は本当に自然と生えてきている。吸血鬼と比べると非常にのろまで、蛞蝓のようにとろっちい。もちろん、わたしのほうが。このまま早くも遅くもならずに変わることなく生え続けてくれれば、あと三週間ほどあれば元通りになるだろうか?自分で吹き飛ばしたのだから、文句はない。

 

「けど、不自然になるんだよなぁ…」

 

くっ付いている右腕の複製とかみ合わなくなると、ボトリと落ちてしまう。その度に上手く削って付け直しているのだが、中途半端に生えている分、違和感のある動き方になってしまう気がする。

ふと、案が浮かんだ。ちょっとした賭けで、危険性だって伴う。しかし、そのまま放っておいていいようなものではない。制御出来るようにならなくてはならない能力の一つ。…やってみるか。あの時は、どうにかなったんだ。

樹を背に腰かけ、目を瞑る。そして、自分の意識を探る。その中に極僅かにある異物を掻き集め、少しずつまとめあげる。

 

「…よし」

 

目を開くと、世界が一変していた。呼吸を止めたときのように、時間の流れが変わったような感覚さえする。不思議と力が湧いてくる。普段とは明らかに違う感じ。

あの時と比べれば、非常に大人しくなった『目』の数々。目に映るもの全てに浮かんでいるわけではない。萃香がブン殴らなかったら、あの結界に『目』が浮かぶことはなかったと思う。それに、わたしはこの『目』を動かせない。だから、直接内部に浸透するような強い衝撃を与え、無理矢理潰した。普段の『目』が見えないときに同じことをしても出来なかっただろう。そういう確信がある。

しかし、今は『目』が見える能力が必要なんじゃない。わたしが欲しいのは、吸血鬼の自己再生能力だ。彼女がいた頃に勝手に行われていた再生。今のわたしは彼女寄り。なら、少し意識すれば、あの時と同じとはいかないだろうが、それでもより早く再生してもおかしくはない。それに、前に永琳さんも言ってたじゃないか。『妖力の扱いに長けていると、自発的に治せる』と。わたしだって、それなりに扱ってきたつもりだ。

これだけお膳立てしたんだ。少しくらい、成果が出てくれてもいいでしょう?

 

「う、…くぅ…っ」

 

目を閉じ、意識を一点に集中させていく。ボトリと右腕の複製が落ち、失われた右腕がゾワゾワと粟立つ。圧倒的違和感。喪失していた感覚が徐々に表れ、戻っていくという何とも表現し難い感覚。しかし、そんなことはどうでもいい。思い出せ。普段通りのわたしを。五体満足のわたしを。中途半端で妥協するな。

 

「…ふぅ。出来、た?」

 

緊張が一気に解け、それと同時に掻き集めたものが一気に霧散する。目を開くと、いつも通りの景色が広がっていた。いつも通りの時間が流れ、いつも通りの気力を感じる。

真新しい右腕に目を遣り、親指から順番に曲げていく。五本全てを握り締め、そのままの姿勢で肘を引き絞り、一気に伸ばす。曲げ伸ばしを繰り返すが、触覚があることを除き、違和感はなかった。…触覚はあるのが普通なのだが、一週間程度なかったのでそれに慣れてしまったからしょうがない。少しずつ感覚を戻していこう。

それにしても、あんな極僅かでこれだけの能力が出るのだから恐ろしい。しかし、その中から彼女を見出すことは出来ない。彼女は溶けて消えてしまった。そんな彼女が遺した遺産――わたしは彼女の姓と色から『紅』と名付けた――。これもちゃんと使えるようになれれば、それに越したことはない。

 

「けど、まだまだ使い辛いなぁ…」

 

しかし、これがいつでも自由に引き出せるわけではない。掻き集めるのに時間を要し、それを維持するのにかなり集中し、ちょっと気を抜けばすぐに霧散してしまう。この状態を保ったまま戦闘とか考えただけで頭が潰れそうだ。これが自然体として出来るようになれば考えてもいいのだけど…。先は遠い。

手頃な石ころを複製してはその辺に捨てておく。無くても構わないがあって損はない、程度の軽い感覚で。それと並行してもう一度『紅』を掻き集めてみようと試みるが、足元が疎かになり、樹の根に足を引っ掛けてしまったので止めた。

その際に、足元に自生していた仄かに赤く染まっている小さな木の実を見つけたのだが、摘み取る気になれなかった。お腹いっぱい、というわけではないだが、何か食べたいと思うほど飢えてもいない。ここ最近、ずっとそんな感じだ。不思議と満たされている感じがする。しかし、この状態がいつまで続くかも分からないし、そもそもわたしがおかしくなってしまった可能性だってある。片手で木の実の付いた茎を千切り、歩きながら一つずつ咀嚼していく。…うん、酸味が強いけど美味しい。

それにしても、迷い家が全く見当たらない。まあ、迷わないと到着することが出来ないらしいのでしょうがないといえばそれまでなのだが、わたしはそうではないと思っている。あの化け猫が毎回迷った挙句、ようやく到着しているなんて考え辛い。何かしらの抜け穴や抜け道があるはずだ。それを見つけさえすればいいのだが…。そう簡単には行かないだろう。そもそも、今わたしの近くに迷い家はない。色々試すのはある程度近付いてからでいいだろう。

歩き続けたからか、身体が少し熱い。服の襟首を摘まんで体を冷やそうとする。首元の緋々色金がカツン、と甲高い音を立てた。ああ、もう残り三つしかないのか。そう考えると、緋々色金に代わる素材を探す必要があるかもしれない。大図書館に二度と行かないというわけではないのだが、少し行き辛い。フランにそう言ったから、というのもあるけれど、主にわたしのためでもある。今紅魔館へ行ったら、妥協して、諦めて、そこに留まってしまいそうな気がする。人が多く、出入りも多いあそこに。それをわたしは望んでいない。せめて、新たな引っ越し先が確定してからにしたい。

しかし、そう簡単に緋々色金の代わりなんて見つかるだろうか?そもそも、どれがエネルギーを多く保有しているかなんてサッパリだ。それに、緋々色金級に過剰妖力を保有出来るものが他にあるだろうか。無い、とは言わないが、やっぱり非常に珍しいものだろう。その辺に落ちているとは思えない。さて、どうしようか。…まあ、さっさと引っ越し先を見つければ代わりなんて探す必要はなくなるのだけど。

 

「…?」

 

そんなことを考えながらのんびりと登っていると、不意に視線を感じた気がした。空間把握。とりあえず、わたしから半径五十歩程度。…誰もいない?気のせいだったのかな。それとも、その辺に生えている樹や転がっている岩の中に隠れているとか。

妖力がものの表面を滑ることで行うわたしの空間把握の弱点は、空中に浮かぶなどして接触していなければないのと同じように感じることと、完全に密閉されたものの中身は全く分からないことだ。この辺りも要改善。表面を滑る、ここからどう発展させていこうか…。

野生の鳥の視線でも感じたのかな、と考えてとりあえず放っておく。勘違いならそれでいい。視線を感じたという情報があれば、それでいい。

 


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