東方幻影人   作:藍薔薇

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第145話

迷い人の終着点、迷い家。古びた家々が立ち並ぶ、寂びれた里。そんな中で唯一生活感のある家が、あの化け猫の住処であるはずだ。ここを引っ越し先にして本当に大丈夫かちょっと不安だけど、ここにある家の一つを貰えたらと思っている。駄目なら土地。そのために交渉をしよう。

けれど、その前にその化け猫が住んでいなさそうな古びた家々を回ってみよう。もしかしたら、他の誰かがいる可能性だってある。…正直、あの家以外はまともな家がないから住んでいるとは思えないが…。

 

「…お邪魔します」

 

まず一件目。壁に刃物の刺し跡が大量にある家だ。中に入って真っ先に目が点いたのは、腐りかけの床と朽ち果てた卓袱台。さらに、それらには埃が被っている。厚さは軽く見た感じほぼ均等で、誰かが足を踏み入れたとはとても思えない。

鼻と口を押さえながら中に入り、足を付けない程度の高さで浮遊しながら進む。しかし、浮遊した際に出来る僅かな気流で埃が舞う。その光景を目を細めながら見つつ、誰かが使っていたと考えるのは無理があるな、と思った。

それでも奥の部屋には進むと、どこも掃除の行き届いていない、生活感が全くない、生の気配を全く感じない部屋が三つあった。そして、台所に包丁一本置いてない時点でこの家は年単位で使われていないと断定した。

 

「…ここもいなさそうかな。お邪魔します」

 

次に二件目。扉が外れかけている家だ。わたしが開けたときにパキ、と儚い音を立てて外れてしまったが…。そして、鼻を刺す黴の香り。咄嗟に鼻を摘まみ、口も軽く押さえた。埃もさっきと同じように積もっており、誰かが侵入したとは考えにくい。

小さいながらも二階があったので上がってみたが、その部屋には生活を感じさせるようなものは何もなく、ただ埃があるだけだった。

そのまま化け猫が住んでいそうな家を除いたすべての家を回ったが、どこもかしこも生活感が全くない。埃は溜まってるわ、黴は生えているわ、色々腐りかけているわと、誰も住んでいないことが明白となっただけで終わった。

しかし、考えを変えれば化け猫以外ここに来ることはほとんどないということだ。いくら迷っても、妖怪の山に登るような人間は稀、ということだろうか?それとも、迷うこと自体が稀なのかもしれない。けれど、そんな理由は今はどうでもいい。つまり、人の出入りがほとんどないということがよく分かった。

あとは、元からある家とは呼びたくないほどに朽ち果てた家はちょっと住みにくいから、土地を貰って新しく建てた方がいいだろうということくらいか。

 

「さて、最後は化け猫の家かな」

 

念のため『幻』を一つ展開させ、待機させておく。突然攻撃されても対応がしやすくなるし、不意打ちされてもその後で狙撃出来る。…死にさえしなければ。

身体や服に付いた埃を払いながら化け猫の住んでいるだろう家の前へ行き、少し見上げる。壁に穴らしきものはなく、出来たとしてもちゃんと埋めた跡がある。誰かが使っていると考えるのはおかしいことではないだろう。それに、霊夢さんが家財を取って行った家はここだ。その家財の複製だって、この中にある。

 

「お邪魔しまーす」

 

扉を二回叩き、返事を待たずに勝手に侵入する。鍵は掛かっていない、というより鍵そのものがないようだ。中に入ってまず思ったのは、埃や黴がほとんど見当たらないことだ。…まあ、予想はしていたが。しかし、前に覘いた時より雑多なものが増えている。生地が破れた座布団が積み上げられたり、何に使うのか分からない毛糸玉が転がっていたり、出来の悪い刃物で傷つけたようにボロボロになった紙束なんて無かったはずだ。

そこまで見たところで、上の階からドタバタと音がした。そして、その足音の主は階段から転がるように駆け下りてきた。

息を切らせた化け猫がわたしの目の前で止まり、右人差し指をわたしの目の前に突き出した。少し尖った爪が鼻先を掠めそうだったので、少しだけ後退。

 

「ちょっと、誰よ!」

「鏡宮幻香」

「あれ…わ、私?いや、そっくり…?」

「そうですね」

 

目をパチクリさせ、そのまま考え込んでしまった。話しかけても聞いてくれなさそうなほどではないが、邪魔するのは悪い。時間潰しの為に周りをもう少し見渡すことにした。

脚が削れて折れてもおかしくない古びた椅子、同じような傷跡がある古びた机。こんな足元だけが削れるなんて珍しい。よく見ると柱にも同じような傷跡が。…もしかして、趣味だろうか?その尖った爪で椅子や机の脚、柱を削る趣味。変わった趣味もあるものだ。

食器入れの中に、複数の複製を感じる。柄から大きさ、形まで様々な皿や器、湯呑みなど。複製の配置から考えて、他にもいくつかありそうだ。わたしが使う食器はその複製ではないものから貰えばいいだろう。

部屋の隅には様々な細長い棒が立てられていた。その先端には一つ一つ違うものがくっ付いており、なかなか面白い。毛糸が巻き付けられていたり、かなり大きな鳥の羽根がくっ付いていたり、釣糸のように細い糸の先に小さな何かがぶら下がっていたり。

 

「あーっ!思い出した!春雪の時に迷い込んだ人間達の中にいた奴!」

「ええ、いましたね」

「それと、えぇと…ま、『賄』!」

「『禍』。そんな料理みたいなのじゃないですよ」

「そうそれ!」

 

ふぅん。『禍』のこと知ってるんだ。あの文々。新聞って意外と広範囲に配布されているのかな?ちょっと面倒なことになったかもしれない。

しかし、そんなことまるでどうでもいいように、気にすらかけていないように続けた。

 

「それで、何の用なの?また迷った?」

「迷ってないですよ。むしろ、迷わず来れたから不安です」

「え、あれ?そんなはずないんだけどなぁ…」

「結界だか幻術だか知りませんが、綻びでも出来たんじゃないですか?」

「げ!?そ、それは困る!」

「そうですね。わたしも困るかもしれません」

「え、何で?」

「実は、ここを引っ越し先にしようかと考えてましてね。人気がないから」

「失礼な!たくさんいるよ!」

「…誰が?」

「猫!」

「…そのくらい、どうでもいいですよ」

 

猫がどれだけいようと、多分問題ないだろう。体が急激に縮み、皮膚から毛が生え、尻尾が生え、耳の位置が変わり、四足で歩く…。そんな猫の姿にわたしの体が変わるとはちょっと考え辛い。…そうならないことを願う。

それと、椅子や机などが削れている理由も分かった。つまり、爪磨ぎか。この化け猫の趣味もあり得るかもしれないが、その猫達がやったと考えたほうが妥当だろう。多分、上の階にその猫が数匹、もしかしたら数十匹いるのだろうか?耳を澄ませていると、微かに猫特有の鳴き声が聞こえてきた。一匹や二匹ではない数の鳴き声が。

 

「引っ越すとか言ってるけどさぁ…、ここは渡さないからね」

「出来れば、土地が欲しいんですよね」

「え、そうなの?土地かぁ…。どうしよう…。どうなんだろう?」

「あ、大丈夫ですよ?わたしが自分で建てますから」

 

全てが複製によって建てられる家を。理由はすぐに跡形もなく消せるから。そのための木材は近くに生えている樹でいいだろう。加工だってわたしなら簡単だ。回収か霧散で簡単に形を変えられる。…どうしても大きくは出来ないが。

しばらく腕を組んで考えている化け猫を待っていると、突然組んでいた腕を解き、わたしに言った。

 

「よし!やっぱりこういう時はスペルカード戦だよね!」

「スペルカード戦かぁ」

 

確か、この化け猫のスペルカードは高速移動による攪乱だっけ?まあ、その程度の対策ならすぐに思い付く。相手の速度なんか全く関係ない一撃だっていいし、高速移動を阻害してもいい。わたし自身がその速度に付いていければ、それでもいい。

 

「私が勝ったら土地なんてあげないよ!」

「いいですよ。それじゃあ、わたしが勝ったら土地をください」

「いいよ!勝てるならねー!」

 

そう言うと、化け猫は窓から飛び出していった。せっかく玄関があるのに、玄関から出ないのか。そう思いながら、わたしは玄関から出て化け猫を追った。

 


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