東方幻影人   作:藍薔薇

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第146話

爪先で地面を何度か軽く突き、足裏で擦る。…ふむ、走る程度じゃ凹みも削れもしなさそうだし、砂で足を取られたり滑ったりもしなさそう。非常にやりやすい地面だ。まあ、空中戦主体になればあまり関係なくなってしまうのだが…。

周囲を見渡したが、古びた家々が並んでいるだけ。鴉が休んでいる屋根を越えた奥に、樹になっている葉が僅かに顔を覗かせているが、あれだけしか見えないと、ちゃんと複製出来るかどうか怪しい。空間把握で形を明確にしないと摩訶不思議な物体になってしまいそうだ。それでも構わないと思うのならそれを投げ飛ばしてもいいのだが…。うん、止めておこう。

それにしても、いくら使われていないからって本当にスペルカード戦をこんなところでやっていいのだろうか?放たれる弾幕で腐りかけた家々を倒壊させてしまう可能性があるのに。…まあ、この場所は化け猫が使っていた家からある程度離れている。そこだけは考えているらしい。

 

「スペルカードは三枚でいーい?」

「ええ、いいですよ。被弾は?」

「もちろん三回」

 

目測で距離を測る。…歩いて三十六歩くらいかな。大体六十六尺、十一間、二十メートル。これだけ離れていると、普通に弾幕を放っても当たらなさそうだ。なら、ある程度近付く必要があるのだが…。多分、相手はこれだけある距離をよしとは思っていない。その場合、あちら側は近付いて来るだろう。開始と共にお互いに突撃してきたら、相対的に相手が速く感じる。それを避けるために、まずはここに待機でいいかな。

 

「開始はどうします?」

「えーっと…。じゃあ、始めっ!」

 

不意打ち気味に始まったスペルカード戦。そして、体制を低くした化け猫がこちらへ真っ直ぐと駆け出した。

目を見開き、化け猫の歩幅、速度、加速度などを推測。待機してあった『幻』から放つ妖力弾の速度と合わせて軽く計算。そうして得られた予測から、踏み込むであろう場所へ撃ち込む。被弾するとは思っていない。少しでも止まるなり曲がるなり減速するなりして時間が稼げればいい。

それによる結果は二の次にし『幻』展開。既に一つあった『幻』の性質も変え、最速の直進弾用、阻害弾用、追尾弾用を各十五個ずつ。計四十五個。まあ、この『幻』から放たれる弾幕なんて牽制にしかならないだろう。それでも構わない。

『幻』を展開している間に、化け猫はわたしの放った妖力弾の一歩手前で止まり、その場から弾幕を撃ち出した。赤く広がる様はまるで花のよう。だけど、わたしにはどうしても血飛沫にしか見えない。…あんなことがあったあとだからだろうか?

 

「…まあ、どうでもいいか」

「何がさっ!仙符『鳳凰展翅』!」

 

宣言と共に、化け猫の周辺から次々と青と緑が広がる。僅かに旋回しながら飛来してくる弾幕の隙間を見極めるが、正直そこまで苦労はしない。リグルちゃんより少し強いくらいかな、と思う程度。少しでも動いたら被弾という感じではない辺りがとても優しい。

本来比べてはいけないかもしれないが、わたしの中の基準はどうしてもフランや萃香とのスペルカード戦になってしまう。だからこのスペルカードが非常に薄く、そして遅く感じてしまう。

だからといって、わたしが彼女達と同格かと問われれば即刻否定する。ただ、わたしは登るなら高いところのほうがいいと思っているだけ。基準は高いほうがいい。

 

「視界を広く、ね。複製『大黒柱射出』」

 

そのために、わたしは少しずつ上へ歩めばいい。今まで出来たことから少し先へ。今まで出来なかったことを出来るように。

空間把握。ただし、ただ全体へ均等に拡げるのではなく、自らの意思を持って範囲を狭める。わたしの記憶を頼りに、妖力を糸のように細く周りの家へ。そして、その家々にある大黒柱の形を把握し、複製。

複製させる位置も、さらに遠くへ。少し前まででは考えられないほどの距離。約二十センチの数十倍の距離。その家の壁と重ねるように複製する。それと同時に大黒柱に含んだ過剰妖力を噴出し、壁から弾かれる方向を無理矢理化け猫へと向ける。さらに弾き出される勢いを加速させる。

 

「へ?――にゃッ!?」

 

弾幕を穿ちながら迫り来る大黒柱は過剰なまでに横へ跳んだことで回避されたが、それ一本で終わりじゃない。終わるわけがない。まだまだ撃ち出せる。周りの家々から次々と撃ち出す。直接化け猫に当てる必要はない。その近くへ飛ばすくらいでいい。正確に撃ち出せば、少し動くだけで済んでしまう。なら、多少ばらつきがあったほうがいい。不規則性はその曖昧さが武器。

少し上手くいかずに壁に重ねられず、過剰妖力の噴出で壁を壊して僅かに飛び出した大黒柱の複製もあったが、それでも今までよりも遠くへ複製出来ている。

わたしは成長している。まだ先へ進める。先の見えない道を確実に歩いている。限界と思っていた偽りの壁を乗り越えられる。そう実感出来る。

 

「あ、危なッ!ああ、もう!翔符『飛翔韋駄天』!」

 

周りから撃ち出される大黒柱を必死に避けていた化け猫が、わたしに鋭い眼光を向けて宣言した。複製が転がる区域を抜け出し、その鋭い爪を向けながらわたしへ突貫してきた。弾幕を置き去りにした加速。

右腕を振り上げながら複製した大黒柱を投げ付けてみるが、化け猫が突如視界から消えた。いや、理屈は分かっている。真っ直ぐ進むと思っていた対象が突如進行方向を変えると、まるで消えたかのように感じる。理屈は分かっていても見失ってしまった。

…しょうがない。空間把握。わたしの周辺へ一気に流す。足が地面に触れた瞬間、化け猫の姿が浮き彫りになる。それにしても、本当に急に方向が変わる。そのまま進んでいたら、という予測を裏切る位置に現れる。しかし、方向転換するためには足を地につけなければならない。そして、その瞬間の体は真っ直ぐ進むとは思えない動きを取っている。さらに、いくら速くても現れる瞬間は規則正しい。

周囲から迫る弾幕を、どちらかの足を地面に付けた状態を維持しながら避け続ける。わたしが地面に接触していなければ、空間把握は使えない。これもわたしにある枷だ。しかし、その程度で被弾してしまうほど弱いつもりはない。今は時期を待て。あと少しだ。

 

「…そこか。鏡符『二重存在』」

「へ…ブッ!?」

 

現れた瞬間に、化け猫の目の前に複製した。一度方向転換したら、次は必ず真っ直ぐ進む。この数秒間でそう判断し、化け猫の複製を体当たりさせた。相手の速度に全く関係のない一撃。結果は見なくても分かる。空間把握を止め、一息つく。これで被弾一、っと。

ぶつかったところから少し離れたところで絡み付きながら地面に転がっている二人の化け猫に目を遣った。その二人の内の複製をわたしの元へ向かわせ、そのまま回収する。これ以上の追撃は必要ない。時間いっぱいやったところで妖力の無駄だろうから。

ちょっとだけ残された弾幕の余りを避け切り、化け猫に言葉を投げかける。

 

「大丈夫ですか?」

「痛たた…。急に何かが…」

 

そう言いながら、服に着いた土を払いつつ立ち上がった。

わたしの中にある定説だと、ここからは非常に長くなる。スペルカード使用数と被弾数で、スペルカード使用数のほうが少なくなると相手がスペルカードを使い辛くなる。それが最後の一枚となればそれは尚更である。

 

「この程度ですか?貴女の全力は」

「…え?」

「もしそうなら、この勝負はもうわたしの勝ちですね。決まったようなものだ」

 

憐れむような口調。しかし、普段しないからなかなか難しいなぁ。

 

「違うって言うなら、貴女の全力を見せてみろ。それでもわたしには掠りもしないってことを証明してやる。安心していいよ。一発当てれば貴女の勝ちだから、さ」

 

時間を掛けたくない。だから、慈悲とも挑発とも取れる提案を投げかけた。最後のスペルカードを使わせるために。

 

「ふぅーん、あっそう!そこまで言うなら見てみな!私の全力!化猫『橙』ッ!」

「…いいねぇ」

 

自然と漏れ出た呟き。偽らざるわたしの本心。それだよ。それを待ってたんだ。単純な言葉に引っ掛かってくれたとこなんてどうでもいいくらいに、わたしは貴女の全力を待ちわびていたんだ。

何か『奥』がある。あの化け猫からはそう思わせる何かを感じていたんだ。

右手の人差し指を相手に向け、一発の妖力弾を放つ。地面とほぼ水平に飛んでいく妖力弾に対し、化け猫は僅かに身を屈められただけで避けられ、速度を全く落とすことなくわたしへと向かってくる。そう簡単には行かないらしい。けど、それでいい。そうじゃなくっちゃあねぇ?

 

「シャアァッ!」

 

化け猫らしい鋭い声を上げ、わたしの柔肌を容易く引き裂くだろう爪を煌めかせた。

呼吸を止め、緩やかになった世界でその右手の動きを見遣る。斜め上にかち上げるような軌道。そして、奥に控えている左手を見るが、まだ飛び出すことはなさそうだ。

相手から見て右側へ避け、その右手首を掴む。体を反転させつつ右腕を肩で担ぎ、片脚で化け猫を軽く浮かせる。そのまま右腕を引っ張り、相手の勢いを利用して地面に叩き付けるッ!

 

「ぎにゃぁっ…!?」

 

踏み潰された猫みたいな鳴き声と共に、化け猫は動かなくなってしまった。ま、勝ったでいいのかな?掠りどころか接触したけど、被弾ではないんだし。

けど、おっかしいなぁ。まだ二回しか被弾させてないのに終わっちゃったよ。いや、それでも構わないんだけど。…わたしが妹紅から受けたときはふらつきつつも立ち上がれたのに。

 


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