東方幻影人   作:藍薔薇

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第148話

目を覚ましたはずなのに、目をしっかりと見開いているはずなのに、視界は真っ暗のままでほとんど何も見えない。どうやら、まだ夜明け前だったようだ。普段と違う時間で就寝すると、それに合わせて起床もずれる。化け猫を寝かせて、それに合わせてわたしも寝たのだけれど、どうやら普段より早かったらしい。…まあ、例外も多々あるけど。むしろ、例外のほうが多いかもしれない。うぅむ…。

 

「…すぅ、…すぅ」

 

…まだ寝てる、か。耳を澄ませると、わたしの耳に化け猫の寝息が入ってきた。特にうなされている様子はなく、変わった様子もない。

明日…、いや、もう今日かな。今日は一日中安静にしているように言うと、化け猫に『それじゃあご飯作って』と言われてしまった。作るけど。しかし、今はまだ暗い。どう考えても朝食を作り始めるのは明らかにまだ早いだろうし、そもそもこんな暗闇の中でどうやって調理すればいいのだろうか。一階に行って何とか焚き火でも点けることが出来ればどうにかなるかもしれないけれど、この家の間取りがちゃんと分かっていない現状ではやりたくない。火事になってからでは遅いのだから。空間把握は、そんなことをする妖力がもったいない。それなら、朝日が昇るのを待ってからでもいいと思う。どうせ、朝食を食べる化け猫も寝ているのだし。

それにしても、変な姿勢で寝ていたからか身体が硬い。それに、やけに身体が冷たい。膝を抱えながらお互いの肘を掴んでいる両腕を解く。解放された両脚を思い切り伸ばすと両膝の間接がパキパキと鳴り、じんわりとした熱が生まれる。背にした壁に当たるほど腕を上に引き伸ばすと同じように両肘の関節がパキパキと鳴り、さっきと同じような熱が生まれた。ある程度動かしてから腰をゆっくりと捻ると背骨がパキパキと鳴り、熱が生まれる。いくら布団がないからって、部屋の隅で丸くなって寝るのはあまりしないほうがよさそうだ。

 

「…あー、何しよう」

 

これだけ身体を動かしておきながら二度寝をしようとは思わない。しかし、早く起きたからといって特にやることがあったわけでもない。うぅむ、何かやることってあるかなぁ…?

あ、そうだ。化け猫が目覚める前に『幻』の展開と『紅』の練習でもしていようかな。見られて困るわけではないけれど、見られないで損はない。

昨日は調理に集中するために途中で切り上げたけれど、確か『幻』を五十一個まで展開出来たはずだ。とりあえず、そこまで一気に展開しよう。弾幕を張るつもりはないから、全ての『幻』を待機させておく。

 

「…うん、大丈夫」

 

違和感はない。昨日はまぐれでした、何てことはないようだ。さて、これから一つずつ増やしていきましょうか。五十二、五十三、五十四…。

 

「ん…?」

 

六十一個目を出したとき、何かが引っ掛かったような違和感を覚えた。気のせいかもしれないので、一度六十個に戻してからまた新たに一つ追加してみる。…うん、やっぱり六十が限界みたい。

一応追加検証。六十二、六十三…と増やしてみると、極僅かだった違和感が少しずつ膨れ上がっていくのを感じた。…うん、これは六十が限界で確定かな。これ以上やる必要はないだろう。勝手に消え始める目安である約三倍、百八十個まで展開するのは面倒だし。そう考え、全ての『幻』を回収する。

 

「六十、かぁ…」

 

それにしても、急にこれだけ数が伸びたのは何故だろう?以前は四十五個が限界だったのだけど、そこから特に地道な努力を積み重ねた記憶はない。まあ、理由なんてどうでもいいか。安定して使える数が増えた。それでいい。…欲を言えば、もっと多く使えるようになりたいけど。百とか二百とか。いっそのこと、あの時無茶して出した千個とか。

 

「…っと。次だ次」

 

際限なく広がる妄想を振り払い、現実へと戻る。そんな夢物語はまた別のときに考えるとしよう。理想ばかり浮かべても、地に足の付いた想いじゃないと、そんなのはただの夢想で空想だ。今まで通り、しっかりと踏みしめながら一歩ずつ先へ進めばいい。

 

「さて、始めますか」

 

次は『紅』の練習だ。大きく息を吸い、目を瞑る。意識を集中させ、意識の中を探る。砂の中に混じった赤い粒を拾い集めるように、わたしの中の『紅』をひたすら掻き集める。砕けたガラス細工の破片を元通りに並べ直すように、集めた『紅』を本来あるべき形へ戻していく。…戻したところで中身は空っぽで、見た目ばっかりそれらしく整っているだけ。上っ面のそれらしい能力しか、残されてない。

 

「…まあ、仕方ない…か」

 

彼女は溶けてしまったのだから。わたしの中をいくら探してもそれらしいものは何もなく、遺されたものをいくら掻き集めても彼女が戻ることはない。分かってはいるけれど、失ってしまうことはやっぱり悲しいものだ。

…感傷に浸っていたら、いつの間にか『紅』が解けて霧散してしまった。まだまとめ上げる途中だったのに。

しょうがない。もう一度集め直そう。集中を一度解けてしまうと、もう一度集中し直すのが難しい。『紅』を制御するためには、集中を維持するというより『それがあって当然』といった自然体で使えるようにならないといけないと思う。わたしの能力である『ものを複製する程度の能力』のように。そのためには、やっぱり慣れが必要だろう。反復練習。努力が一番。けれど、無理は禁物。

 

「…よし、出来た」

 

さっきまで真っ暗だった視界だが、『紅』の影響か夜目が利く。そして、視界にはいくつもの『目』が浮かんでくる。ウロチョロと動く『目』は、すでに起きている猫の『目』。壁にも『目』が普通にある。わたしの体にも、いくつかの『目』が浮かぶ。他にも様々なものの『目』が見えているが、正直どうでもいい。

そもそも、この『目』を潰すことはあまりないだろう。何故なら、ただ破壊するだけなら対象のものに対して重ねて複製し、即炸裂させればいいだけだからだ。使うとしたら、炸裂した際に出てくる妖力弾で破壊出来ない場合と、複製に含まれる過剰妖力があまりにも少ない場合くらいだろう。例えば、あの時の結界やカメラの外枠のように。

夜目が利く今のうちに、布団の中で眠る化け猫の寝顔を見ておく。…うん、非常に穏やかな顔をしている。とりあえず、問題はなさそうだ。

 

「あ、朝だ――ッ!?」

 

窓から日が射し、その朝日を目にした瞬間、全身が粟立つような嫌悪感を覚えた。本来いてはいけないところにいるような背徳感。本能に背いているような違和感。

意識が一気に掻き乱され、それと共に『紅』が霧散する。乱れた意識と呼吸も気にせず、咄嗟にわたしの身体がどうなっているか確かめるが、特に変わったところはない。火傷したり、燃え尽きたりしているようなところはない。

まあ、吸血鬼である彼女の能力の一部を使わせてもらっているのだから、そうなるのはおかしくないのだけど…。一瞬とはいえ、もろに日光を浴びても圧倒的違和感だけで済むのか。もし、その違和感に耐えて『紅』を維持していたらどうなっただろうか?吸血鬼のように、火傷したり燃え尽きたりするのだろうか?それとも、その圧倒的違和感が延々と続くだけなのか?

 

「ま、それもまたいつか…かな」

 

それを確かめるには、まず『紅』をちゃんと使えるようにならないといけない。けれど、わたしの意識にある嫌悪感、背徳感、違和感の残滓がどこかに行ってしまうまでとても集中なんて出来そうにない。ちょうど朝になったわけですし、朝食でも作りましょうか。

 


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