東方幻影人   作:藍薔薇

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第151話

針金のような芯が残った人参を咥えつつ、近くにあるという川へと向かう。昼食として蒸したつもりだった人参は、あまりの手抜き加減に呆れられてしまった。…いいじゃん、食べれるんだし。

 

「…あったあった」

 

言われた通りの場所へ向かうと、確かに川があった。それなりに大きく、川上はここからは見えそうもない。きっと妖怪の山の領域とかいう場所にあるのだろう。

釣竿が川の流れに持っていかれてしまわないように手元を深めに埋めてから、目の前の川に釣糸を投げ入れる。その辺に転がっていた細長い木の枝を竿にし、橙ちゃんの家に転がっていた毛糸玉を一度解してから撚り合わせて釣糸にし、釣り針に至っては針金を曲げて使っているという。こんなありあわせの材料で作った釣竿だけど、大丈夫だろうか?

 

「魚、ねぇ…」

 

家を建てるのは明日にしようかな、なんて呟いたら、橙ちゃんがすぐにじゃあ魚捕まえてきて、と言ってきた。わたしのあの言葉からどうやってじゃあに繋がるのかよく分からなかったけれど、特に文句はない。釣れるかどうかは知らないけど。

空いている手で首元に触れる。どうにも首に掛かっているものが一つ増えたことにちょっとだけ違和感を覚えてしまう。けれど、そのくらいはすぐに気にならなくなるだろう。それに、パチュリーに頼んで今使っているネックレスの鎖から緋々色金を取り外して、護符の鎖に付け替えてもらうのも手だ。

 

「家、どうしましょうかね」

 

魚がかかるまでの待ち時間。ボーッと家の間取りについて考え始めた。

わたし一人しか住まないのだから、そこまで広くするつもりはない。今は無き魔法の森の家をそのまま再現してもいいくらいだ。橙ちゃんの家は本当に一人で住むための家かと思うほど広い。その無駄な広さを埋めるためか、猫をたくさん連れ込んでたけど、わたしはそんな風に愛玩動物を連れ込む趣味はない。

例えばあの家を建てるとして、今のわたし一人で建てるとするなら、どのくらい時間があればいいだろうか?うぅーむ…、あの程度の家なら建材が既に手元にある状態かつ不眠不休で動き続けることが出来れば一週間で建てれるだろうか?

 

「ま、そんな早く出来るわけないですよねー…」

 

そんなこと出来るとは思っていないし、そんな好条件がずっと続くなんて思っていない。半日活動するとして、単純計算で二週間。建材を揃えるのに追加で一週間。何かあったときの一週間。一ヶ月以内に建て終われば早いほうだろう。

この近くに、材木としていい感じの大きさの樹がないか見回してみる。…うーん、あの樹の枝を全て取っ払えばちょうどいいかもしれない。帰りに根元から叩き折って持っていこうかな。持っていけるかちょっと怪しいけど。

 

「…ん?」

 

材木として持っていこうと考えていた樹の枝に、一匹の鴉が止まっていた。…魚もいいけど、今夜は鳥肉の気分かな。

鴉から見て陰にある左腕の人差し指を伸ばし、妖力を充填。距離は…大丈夫そう。一発で仕留める。というより、一発で仕留めないと逃げられる。左手を鴉へと突き出し、貫通特化の妖力弾を最速で撃ち出す。羽ばたき始めてももう遅い。少し着弾点がずれてしまったけれど、鴉の頭を半分以上吹き飛ばした。

釣糸を複製して、力無く倒れた鴉に向けて投げ付ける。針金に僅かに含まれた過剰妖力をほんの少しずつ噴出して位置調整し、鴉に上手く引っ掛けて手繰り寄せる。…まあ、ちょっと立って歩いて掴んで戻ればいいようなことなんだけどね。

ちょっとだけ残された頭をちゃんと全部取り除いてから、足を釣糸でしっかりと結び、少し後ろにある低めの樹の枝に逆さに吊るしておく。こうすれば自然と血抜きが終わるだろう。取り除いた頭の残りを川に投げ捨てつつ、血で汚れた手を洗う。…あ、こんなことしたら魚逃げちゃうんじゃない?…やってしまったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ。ただいま。遅れてすみませんね」

「ねえ、さっき何か重いものが落ちたような音が聞こえたんだけど…」

「明日建てる家の建材」

 

部分複製即炸裂で根元から薙ぎ倒し、太い枝は同じように吹き飛ばし、細い枝が捻じり取った。そんな作業をしていると、わたしの鳥肉を狙う鷹が突撃してきたので、そいつも捕獲して、首を千切り落として血抜きした。作業を全て終えるのに思ったより時間が掛かってしまい、ここに帰るのがちょっと遅くなってしまった。夜になってから経過した時間から、そろそろ夕食を食べ始めてもいい頃だと思う。

 

「え、あんな音するようなものを一人で持って来たの!?」

「ちょっと重かったですけど、そこまでじゃないですよ?」

 

萃香なんて、あれより大きい材木を十本くらいまとめて持ち上げてたし。それに、複数人が同時にそれを行うんだから、とんでもない仕事量だ。

そんなことを考えていたら、橙ちゃんがわたしの横を駆け抜けてそのまま家を飛び出した。何しに、と思ったらすぐに戻ってきた。…本当に何しに?

 

「いや、あれを本当に一人で!?」

「本当に一人で」

 

ああ、わたしが運んだ樹を見に行ったのか。納得。

 

「引き摺るような跡もなかったのに!?」

「肩で担ぎましたよ?片腕で持ち上げるのと比べれば楽ですよ」

「比較がおかしいっ!」

 

…そんな頭を抱えるようなほどおかしいかなぁ?ここ最近使っていないスペルカードの複製「巨木の鉄槌」なんて、あれより大きい樹を複製して投げ付けてるんですけど…。

 

「はぁ…。幻香が不思議ってことはよく分かったよ…」

「…まあ、不思議らしいですね」

 

知らない人からは外見を、知っている人からは中身を不思議に思われることが多いわたしだ。そう思う人が一人や二人増えたところで、大した差じゃない。

 

「…ところでさ、何か釣れた?」

「これ」

 

鴉に釣られて新しい鳥肉となった鷹を差し出す。橙ちゃんはまず鷹を見て、次にわたしを見て、再び鷹を凝視した。そして首を傾げる。…まあ、そうだよね。魚が出ると思ってたところで鳥が出たらそりゃ困惑するよね。

 

「…ねえ、魚は?」

「釣れませんでした」

「じゃあ、なんで釣れたもので鳥が出てきたの?」

「こっちの鴉に釣られて飛んできたんですよ」

「鴉?…うわぁ」

 

鴉を見せると、何故か目を逸らされた。鴉はちょっと硬いけど美味しいのに…。

 

「もしかして、嫌いでしたか?」

「いや、そうじゃないけど…」

「なら一緒に食べましょう?」

「…うん、食べよっか」

 

鳥を積極的に捕まえ始めたのはかなり最近だ。捕まえようとしていなかったときと今を比べると、明らかに視界に入った鳥を気にするようになった。そして、個体数が多いからか偶然かは知らないけれど、わたしは鴉をよく見かける。鳥肉食べようかな、と考えたときに必然的に鴉を捕獲することが多くなる。だから、鳥の調理の中では鴉の調理は慣れているつもりだ。

鴉は燻製にするのが美味しいらしいんだけど、今はそんな時間はない。じゃあどう調理しようかなぁ…。よし、じっくりと焼いて食べようかな。濃い目の味付けで煮込んでもいいんだけど、焼いたほうが簡単だ。

まな板の上に鴉を置き、包丁を使って丁寧に捌いていると、後ろから声を掛けられた。

 

「ねえ、幻香」

「何でしょう、橙ちゃん」

「本当に一人で建てるの?」

「そのつもりですよ。友達を呼ぶかもしれませんが、貴女に苦労させるつもりはないです。期間は大体一ヶ月くらいでしょうかね」

「手伝ってほしかったら言ってもいいんだよ?それと、誰か呼ぶんだったら絶対に変な人呼ばないでね」

「うぅむ、何か手伝えそうなことあったかなぁ…」

 

何か橙ちゃんが手伝えそうなことを考えながら、鴉の肉に塩と胡椒を掛けた。どうやら橙ちゃんに頼めることは、容器に入った調味料みたいに簡単に出てくるものではないらしい。

 


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