東方幻影人   作:藍薔薇

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第156話

壁を目標の半分ほど積み上げたところで就寝をとることにした翌日。まだ家がないため借りることにした橙ちゃんの家の一部屋の窓から飛び降りていくと、妹紅が壁の上に立ち、新たに一つ丸太を積み上げていた。

 

「お、起きたか」

「…寝てましたか?」

「いや、全然?」

「大丈夫ですか?そんな調子で…」

 

妹紅の協力を得てからは、家の建設が一気に加速した。けれど、まさかわたしが寝ている間に壁がほぼ完成しているとは思わなかったよ。

その所為で丸太が少なくなってきたので、新たに創ることにする。壁をあと少し積み上げる程度なら十分だろうが、屋根や内装の分を考えると明らかに足りない。

形を成型して樹皮を回収していると、上の方から呼びかけられた。

 

「おーい、幻香。屋根はどんな感じにするんだ?」

「一応、前と同じようなものに出来たら、と考えています」

「切妻か?」

「ええ。屋根の角度は雨水が流れないようなことがなければいいです」

 

鋸で切り取ったのだろう小さな角材が山になっていたので、全て回収。よし、わたしも作業を始めましょうか。

丸太に嵌め込むための切り込みを削り取っていると、突然上から呟きが落ちてきた。

 

「夜に建てながら考えたんだけどな」

「何をです?」

「あの護符、複製だと駄目なのか?」

「恐らく。試してみます?」

「やってみようか。やらないよりいいだろ?」

「ええ、全くその通り」

 

丸太を上へ投げ上げる。それを受け取った妹紅は鑢で丁寧に調整し、新たに一本積み上がった。

降りてきた妹紅に、首に掛けられた鎖型の護符の複製を投げ渡す。すると、すぐに硬貨型の護符を渡してくれた。

わたし自身は、今までの経験上出来ないだろうと思っている。しかし、実際のところどうなんだろう?まあ、護符の複製で結界を通れたとして、それが出来て何がいいのかと言われても困るのだけど。

 

「それじゃ、行ってくるか」

「もし無理そうなら、その輪になってる鎖の連結を解いてください。出来れば、迷い家の結界付近で外してくれると助かります」

「分かった。…あ、そうだ。ついでに少し寄り道するからな」

「そうですか?ゆっくりして行っていいですからね」

「しねーよ。ま、時間かかったらすまんな」

 

そう言うと、迷い家から駆け出して行った。さて、わたしは壁の続きを建設しますか。あと少しで目標まで建てれるし。

 

 

 

 

 

 

壁の建設まであと丸太一本、といったところで足音が近付いてきた。丸太を削り取るのを一旦止めてそちらのほうを向くと、橙ちゃんがこちらへゆっくりと歩いて来ていた。

 

「ふわぁ…。おはよ、幻香。朝早くから頑張ってるね」

「妹紅が夜中ずっとやってたらしいですから、わたしももう少し頑張らないといけませんからね」

「あれ?その妹紅はどこ行ったの?」

「ちょっと外に用事があるそうです。すぐ帰って来るらしいですが、どうなんでしょうね」

 

鎖の複製を頭に思い浮かべていると、今現在その複製がどこまで遠くにいるのか頭に浮かぶのだ。きっと、複製探知範囲拡張の延長だろう。わたし、成長してる。

だからと言って、石ころを思い浮かべてもどこにあるのかは全然浮かばない。単純に石ころと言われても、その形や色は様々だ。そんな数多くある石ころの中のどれのことか分からないからだと思う。しかし、西行妖の複製を考えると、物凄く遠くにあるってことは分かった。未だに斬られず残されていたことに驚いている。

 

「朝食食べた?」

「いえ、全く」

「食べないと元気でないでしょ?簡単なの作ってあるからこっち来てよ」

「…ええ、そうですね」

 

何かに集中してしまうと、すぐに食べる行為を忘れてしまう。思い出したなら、食べておこう。このまま放っておく必要はないし。

削り取る予定だった丸太を置き、橙ちゃんの家へ戻る。鎖型の護符を撫でていると、ふと気になることが浮かんだ。

 

「そういえば橙ちゃん」

「ん?何、幻香?」

「これ、どこまで壊れても平気なんですか?」

「え?壊れ…え?」

 

そこまでおかしな質問じゃないはずだから、そんなに目をパチクリしないでほしい。

ちょっと欠けた程度で使い物にならなくなると、下手したら経年劣化で使い物にならなくなってしまう。布型の護符を洗濯していたら使えなくなった、なんてことになったら洒落にならない。

 

「あと、何かで覆ってしまっても平気なんですか?例えば、この鎖に溶かした鉄を流し込んでほぼ完全に密閉状態にしても大丈夫ですか?」

「あー、えーっと…。ちょっと待って!今から思い出すから!前に言ってた気がするし…」

 

そう言うと、橙ちゃんは腕を組んで唸り始めた。家に入ってもそのまま考え続け、本当に簡単に調理された茹で野菜を食べていると、突然机に両手を叩き付けた。

 

「思い出したっ!」

「んぐッ!?」

「あっ、大丈夫!?」

 

渡された水をゆっくりと飲み干し、ほとんど噛まずに飲み込んでしまったほうれん草の塊を無理矢理流し込む。…出来れば、急に大きな音を出さないでほしい。前にも肉を火の中に落としちゃったことあるし。

 

「…ええ、とりあえず大丈夫です。それで、どうなんですか?」

「え?あー、確かね、大体九割原形を留めてれば大丈夫って言ってた」

「九割ですか…」

 

意外と繊細なのかな?いや、一割壊れても平気、と見るべきなのか?けど、これだけ小さいと一割なんて微々たる量だ。ちょっと破損したら使い物にならなくなりそう。

 

「それと、原則的に外に出てないと駄目だって。布なんかに包まれてるくらいなら平気だけど」

「つまり、あの例は駄目と?」

「うん、試したことないけど。あ、飲み込んで体内に入れた状態だと使えないって言ってた」

「…普通飲み込みますか?」

「冗談交じりに言ってたけどね」

 

これで、前に考えた緋々色金をくっ付ける程度の加工は問題ないということが分かった。家の建設が終わったら、とりあえず紅魔館へ行くのも悪くない。帰るべき場所があるということは、あそこへ留まってしまう懸念をある程度払拭してくれるはずだ。

机に並んでいる茹で野菜を二人で平らげ、皿を洗ってから家を出た。食べてすぐ動くのはあまり好きではないけれど、建設作業ではあまり動かないから大丈夫だろう。

 

「さ、やりましょうか」

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

壁に囲まれた部屋となる場所の地面から邪魔な石ころを退かす。そして、ある程度平らになった地面に床を張るための角材を橙ちゃんが並べる。

しかし、そのための角材を成型するのは意外と大変だ。思い付いたままに四角く回収すると、高さがどうしてもずれてしまう。触れたところを回収していくと僅かに歪んでしまう。妥協してしまうのも手だけど、それはもうちょっと後にしてもいいだろう。

 

「ねえ、今更だけど扉は付けないの?」

「後で付けますよ。床を張り終えたら考えて――」

 

鎖の複製の連結が外れた。そして、そのまま振り回され始めた。…うん、近い。言った通り、迷い家の近くでやってくれたみたい。まあ、どうしてわざわざ振り回しているのか全然分かんないけど…。

 

「ちょっと、急に黙ってどうしたの?」

「あ、すみません。ちょっと用事が出来たみたいです」

「そうなの?何か知らないけど、早く帰ってきてね」

「ええ、よっぽどのことがなければすぐ戻ります」

 

手を振って見送る橙ちゃんに手を振り返し、作業を投げ出して歩き出す。まあ、そこまで急ぐ必要はない。というより、頭使い過ぎてとても急ぐ気になれない。

鎖の複製を頭の片隅にずっと留めておきながらの作業。いや、そんなことする必要なかったかもしれないけど…。まあ、何となく留めておこうと考えて、そのままズルズルと続けてしまった。その結果、わたしが知ることが出来たのは、空間把握と同じように遠くへ行きすぎると距離が曖昧になっていくということだ。その所為で途中からは今は物凄く遠いなぁ、としか思わなくなっていた。

鎖の複製の場所へ歩いて行き、迷い家を抜ける。

 

「お、来たか」

「ええ、来ましたよ。それと、どうして慧音がいるんです?」

「ん?妹紅に呼ばれたから来ただけだが?寺子屋はまだ休講中だしな」

「お前のことだから、慧音にどうやって会うか迷ってると思ってな。連れてきた」

「確かにそうですね。ありがとうございます」

 

家を建て終えてから、改めて妹紅に頼もうかなー、くらいには考えていたけれど、前倒ししてくれたならそれでも構わない。

 

「さて、ここに来るまでにある程度妹紅に聞かされたよ。護符というものがないと普通は入れないそうだな」

「ええ、そうらしいですよ」

「で、こうして迎えに来たということは護符の複製は護符に成り得ない、ということでいいんだな?」

「そうみたいですねぇ。ちょっと残念ですよ」

「…付き合わせて悪かったとは思ってる」

「何、その程度気にすることはない」

 

妹紅に硬貨型の護符を返し、鎖の複製を掴んで回収する。

迷い家に向かって歩き出そうとしたところで、慧音が興味深そうに硬貨型の護符を眺め始めた。

 

「…普通、だな。普段使っているのとそう大して変わらん」

「だろ?この鎖の元もそうらしいからな。一体何が違うんだか」

「知りませんよ。わたしも貰ったのをそのまま使ってるんですから」

 

肩を竦めながら歩を進める。他の護符は、今わたしの首に掛けている鎖を除いて全部置いてきているから、残念ながら慧音に渡すことが出来ない。そもそも、誰か追加で来るとは思ってなかったからね。しょうがない。

 

「別の護符がまだいくつか向こうにありますから、好きなのをお一つどうぞ?」

「そうか?ならそれは後にしてくれ。今は家の続きだろう?まだ途中らしいじゃないか」

「確かに途中ですが…。手伝ってくれるのは助かりますよ」

 

思いがけない協力者が一人増えた。家の建設の完了はさらに加速するだろう。それに、慧音には訊いておきたいこともある。本当に頼もしい。

 


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