東方幻影人   作:藍薔薇

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第160話

「ふぁ…っ」

 

…いい目覚めだ。大きく伸びをしてから窓を開けると、白い光がわたしを照らした。この新しい家で初めての朝を迎えたのだけど、やっぱり自分の家というのは、他とは違った落ち着きが得られる。わたしがいても構わない場所、帰ってきても構わない場所、というものはとても重要だ。わたしはそう思う。

昨日完成したわたしの家。調味料全般は橙ちゃんからお裾分けしてもらい、食器や調理器具も橙ちゃんの家にあったものを片っ端から複製していった。この場所に住ませてもらうことも含めて、嫌な顔一つせず受け入れてくれたことは本当に感謝している。

慧音は作り終わってすぐに里に戻りたい、と言った。何でも、今のうちにやっておきたいことを思い付いたそうで、数ある護符の中から棒状の護符を選び取り、妹紅と一緒に迷い家を出て行った。

完成、とは言っても足りないものは幾つもある。本棚があっても肝心の本が何も入っていないし、箪笥があっても中身はほとんど空っぽ。洋服入れには慧音と妹紅が着ていた服を数着複製してとりあえず入れておいたけれど、もうそろそろ防寒具が欲しい。

 

「さて、何か食べないと」

 

とは言っても、昨日の夜になって慌てて思い出したことなので、近くに生っていた小さな木の実しかないのだけど。ま、十分か。

ちょっとえぐみはあるが甘酸っぱい木の実を咀嚼していると、扉を叩く音が響いた。一体誰だろうか?まあ、橙ちゃんだとは思うけれど。それでも一応『幻』を一つ待機させておく。

 

「おはよう、幻香!」

「ええ、おはようございます」

 

予想に違わず、扉を開けると橙ちゃんがいた。こんな朝早くからどうしたのかと『幻』を回収しながら思ったら、その両手には食材が。

 

「…まさかその食材で何か作ってくれ、と?」

「うん!幻香は手抜きしなければ美味しい料理出来るんだからさ、何か作ってよ!」

 

わたしの料理はそこまで上手じゃないと思うんだけどなぁ…。慧音や咲夜さんと比べると見劣りしてしまうようなものだし。

 

「ま、いいですよ。入ってください」

「やった!お邪魔しまーす」

 

橙ちゃんを招くとすぐに椅子に座り、食材を机の上にドサッと置いた。…いや、やっぱり明らかに多いよね、これ。どう考えても二人分にしては多過ぎる。

渡された食材の中に珍しいものがあったので手に取った。…うん、やっぱりパンだ。紅魔館でたまに食べさせてもらうのは、これを薄切りにしたものだろう。けれど、わたしが知っている情報だと里ではほとんど見かけないらしい。紅魔館では自家製だそうだけど、彼女は何処で手に入れたのだろう?その数少ない店で購入したのかな。

 

「これ食べましょうか」

「それ、中身スッカスカだからあんまり好きじゃないんだよね」

「じゃあ何であるんですか…」

「え?…か、買ったんだけどね、あんまり美味しくなかったんだよ」

「そうですか?わたしはフワフワしてて好きですよ」

 

火打石を打ち付け、火花を複製して綿に火を点ける。そこから細い枯れ枝に移し、火を複製。そのまま薪へ移るまで繰り返す。…よし、完了。

食材の中から卵を取り出し、器に割る。片手で出来るようになるといいらしいのだけど、そんな高等技術なんてわたしに出来るはずがない。菜箸で卵を溶き、その中に砂糖を少量加え、包丁で薄く切ったパンを浸す。十分卵を吸収したパンを、薄く油を引いたフライパンで両面を焼き上げる。

それにしても、橙ちゃんの家にはあまり見たことのない調理器具がかなりあった。それに加え、普段名前なんて気にしていなかったものもあったが、ついでにその名前も知った。トングとかグレイビーボードとか。

狐色に焼き上がったものを皿に移し、十字に切り分ける。その内の一切れを試しに食べてみる。…まあ、このくらいなら人に出しても大丈夫だろう。

 

「はい、どうぞ」

「何これ?」

「フレンチトーストモドキ」

「フレ…?って、モドキ!?」

「ええ、モドキですよ」

 

牛乳がないからしょうがない。まあ、不味くはなかった。牛乳があったほうが美味しいのは分かっているが、それは無いものねだりになるからしょうがない。

 

「ついでに目玉焼きでも焼きますから、食べててください。わたしは一つ貰いましたから」

「じゃあ、全部食べちゃうよ?」

「構いません」

「言ったね?それじゃ、いただきます」

 

目玉焼きは少量の水を入れて蓋をするといいらしいのだけど、油が跳ねて大変な目に遭ったからやらないでいいや。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ご馳走様ー」

「どうでした?」

「うん、美味しかったよー?フレンチトースト、だっけ?」

「ええ。…牛乳ってありますか?」

「そんな腐りやすいものはありませーん」

 

まあ、牛乳は確かに腐りやすい。紅魔館ではパチュリーが保冷部屋を作ったらしいけれど、こんなところにあるとは思えない。

一杯になったのだろうお腹を撫でてから大きく伸びをした橙ちゃんが、机に突っ伏しながらわたしに問いかけた。

 

「ところで、今日は何するのー?」

「そうですね…。食材採集をするか、紅魔館にでも行こうかな、と」

「じゃあ一緒に採ろうよ。私の分けてあげてもいいけど、ちょっと腐って来ちゃったからこの前埋めちゃったんだよね。お肉とか」

 

そう言われると、橙ちゃんの家にあった食材に肉類がほとんどなかった。まさかそんな理由でなかったとは。…って言うか、食べ切れない量を買わないほうがいいと思うよ。

 

「食べ切れないからたくさんいる猫に餌付けしてるんだけどさぁ、それでも間に合わなかったよ…」

「…今度長期保存のために干すなり塩漬けするなり燻製するなりしたらどうですか?」

「うん、そうする」

 

…してなかったのか。いやまあ、ちょっと手間だしね。面倒くさいのは分かるよ。わたしも肉を屋根に吊るしていたら、翌朝には無くなってたことあるし。

 

「よし、じゃあ何か捕まえますか。最悪、鳥でも構わないでしょう?」

「本当?じゃ、行こう!」

 

そんなとき、突然扉を叩く音が響いた。決して強く叩かれたわけではなく、軽い音。しかし、この迷い家にはわたしと橙ちゃんしかいないはずだ。

帰ってすぐに妹紅か慧音がまた来た?…いや、妹紅はそもそも扉を叩かないし、慧音は叩くときに名を語る。しかし、今扉の向こうにいる者は、そのどちらにも当てはまらない。

咄嗟に橙ちゃんの口を塞ぎ、口元に人差し指を当てる。静かに、だ。首が小さく縦に動いたので、手を離した。

 

「…誰でしょうか?」

「…分かんない」

「…すみませんが、出てくれませんか?」

「…いいよ」

 

出来るだけ音を立てずに机の下へ潜り込む。この位置なら、扉から見て陰となる。急いで『幻』展開。六十個全てを机からはみ出さず陰となるように待機させておく。

対して橙ちゃんは、特に警戒するでもなく扉に近付き、そのまま普通に開けた。…いや、せめて誰かくらい訊いたほうが…。

 

「あ、藍様!一体どうしたんですか?」

「橙か。すまないが、ここに鏡宮幻香はいないか?」

「え?えーっと…」

 

…誰だか知らないけれど、わたしがここにいることが既にバレているらしい。

それより、橙ちゃんが様付けして呼ぶような人、か。もしかすると、その藍って人が迷い家を橙ちゃんに与えた人なのかもしれない。

空間把握。妙な動きをしたら即行で『幻』で撃ち抜く。幸い、わたしが机から這い出るまでの間、やけに大きな尻尾をたくさん付けている人は動くことはなかった。

 

「…いますよ。橙ちゃん、わざわざありがとうございます」

「ふむ。…橙。すまないが、ちょっと引いてくれないか?彼女と二人きりで話がしたいんだ」

「え、あ、はい。分かりました」

 

橙ちゃんが出て行ったのを黙って見届ける。そんなわたしは、言葉や表情には出さないように無理矢理押し付けたが、感情は驚愕で一気に塗り潰された。

彼女は覚えている。去年紅魔館で開催したハロウィンパーティーで八雲紫の近くにいた九尾の狐だ。そして、どこかで見たことあるような、で止まっていた記憶が繋がり出す。そのとき近くにいた化け猫、橙ちゃんもその時見たんだ。八雲紫と、藍とかいう妖怪狐と、橙ちゃんは繋がっている。そして、迷い家の結界から予想するに、恐らく橙ちゃんに迷い家を与えたのは八雲紫。

…しまった、やらかした。この迷い家は八雲紫の保護下なんだ。さて、どうする?分かっていながら利用するか、分かったから切り捨てるか。早めに考えておかないと。

 


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