東方幻影人   作:藍薔薇

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第161話

「…で、何の用ですか?」

「その前に、ちょっとくらい警戒を解いてくれてもいいでしょう?」

「いいわけないでしょう。何処の誰とも知らない奴が急に出てきておきながら警戒するな、なぁんて」

 

藍と呼ばれた妖怪狐は、部屋いっぱいに浮かぶ『幻』を見渡しながら大きな溜め息を吐いた。

 

「何処の誰とも知らない奴、何て言われては仕方ありませんね。では、本題に入りましょうか」

 

そんな嫌味ったらしく繰り返さないでほしい。わたしとしては、あの八雲紫との会話はどうしても忘れたいんだ。実際、それの所為で面倒に巻き込まれたし。

 

「貴女は、月に興味はありませんか?」

「月ぃ?夜空に浮かぶ、あの?」

「ええ。より具体的には、月の都にある珍しいものや技術に、ですが」

 

月、と言われて思い出すものはかなり多い。永遠亭にいる医者の八意永琳。その弟子の鈴仙・優曇華院・イナバ。結局見ることのなかった姫様の蓬莱山輝夜。右腕治療の際に出てきた見たことのない医療器具の数々。妹紅が見たらしい大量の用途不明な機械、その中にあったDNAを映し出す機械。『地上の結界』。

多分、それらの見たこともないものの大半は、その月の技術をこちらに流用しているのだろう。まあ、単純にそのまま使えるとは思えないから、それなりに改良をしているとは思うけれど。例えば、月にしかない材料が必要だったとすれば、それに代わる材料を見つけ出しただろう。加工技術が足りなければ、それに代わる手段を編み出しただろう。

 

「それで、どうなんですか?」

「…ない、と言ったら嘘になるけどね。けれど、わたしには手段がない。そして、それは簡単に思い付くようなものじゃない」

 

でしょうね、とにやつきながら言う藍とか言う妖怪狐に、あのスキマの影がチラつくのがかなりうざったらしい。

まあ、わたしには思い付かないだけで、何らかの手段で月に行くことは可能なのだろう。最低でも、月の使者はこの幻想郷に来ようとしていた。流石のそのまま永住、なんて間抜けなことはないだろう。つまり、幻想郷から月へ帰ることも可能だということだ。

永琳さんが月の技術を利用して機械を作ったのなら、同じように月へ行く手段だって流用可能だろう。…まあ、これは飽くまで仮定に過ぎないのだけど。

 

「ま、この際手段は後回しだ。仮に月に行ったとして、貴女はそれをどうしたいんですか?」

「盗み出して幻想郷の妖怪の技術に生かし、停滞してしまった妖怪の生活向上を目指しているのですよ」

「…ふぅん」

 

盗み出して、ねぇ。正直、わたしはその珍しいものを盗みたくはない。こちらに生活があるように、あちらにも生活があるのだから。もし盗むにしても、どれだけ盗み取ろうと無くなることのない情報でいい。

それと言い方からして、その目的は彼女自身の目的ではないだろう。語尾に『と言っていた』と付けて欲しいくらいだ。誰が、なんて考える必要もない。八雲紫でほぼ確実。

ま、一応確かめてみようかな。

 

「それは、八雲紫の目的ですよね?わたしは、貴女の目的を教えて欲しいんですが」

「私は紫様に付き従うだけです」

「あっそ」

 

まあ、正直そんなことはどうでもいい。それより、後ろに八雲紫がいることが分かったほうが重要。仮定から確定になったことは大きい。

 

「貴方達の目的は分かった。わたしも興味がある。利害の一致。いやー、素晴らしいよ。…それで?」

「それで、とは?」

「分かれよ。どうしてそんなことを考え付いたか、だ。突然、何の脈絡もなく思い付くようなことじゃないのは誰が考えても明白だ」

 

まあ、わたしが知らない過去に何かがあったか、この前の永夜異変から何か得たのか。このどちらかになるとは思うけど。

 

「ああ、そんなことですか。実は、紫様は数百年前に一度だけその技術を奪おうと月へ向かったのですが」

「失敗した、と」

「不慮の事故、ですよ」

「何それ、失敗は失敗で受け入れろよ。その程度、里の子供だって出来るのに」

「受け入れたから、今こうして貴女に言っているのです」

「そこでどうしてわたしが出てくるのか。言えないとは言わせないよ?」

 

右人差し指をピンと額に向け、妖力を込める。撃ち出したところで無駄ってことくらいわたしだって分かるけれど、あちらからすれば特に黙っているようなことでもなかったらしく、淡々と語り始めた。

 

「あの頃とは比べ、妖怪の数は増えました。皆が協力すれば、失敗することはないでしょう?」

「…他の妖怪、ねぇ」

「ええ。貴女が知るところでは、吸血鬼」

「それはどうでもいい」

 

問題は、その他の妖怪達が協力する気があるかだ。いや、その程度考えないような奴じゃない。つまり、協力しなくてもいいと思っているのでは…?

ま、後にしよう。今はさっさと話を切り上げさせたほうがいい。

 

「協力したところで月に行けなきゃどうにもならない。そのくらい分かっているでしょ?」

「ええ、そこは抜かりなく」

「簡単なことじゃないことくらい分かる。言えよ」

「紫様が今年の冬に湖に映った幻の満月と本物の満月の境界を弄り、湖から月に飛び込めるようにします」

 

…ちょっと意味が分からない。いや、永琳さんがやっていた『地上の結界』も意味分からないまま推測したけれど、こっちも同じくらい意味が分からない。

まあ、出来ると言っているのなら出来るのだろう。というより、出来ないとわざわざこうして協力者を集めようとしている意味がない。

 

「そして、貴女には紫様が結界を見張っている間に、月の都へ忍び込んでいただきたいのです」

 

 

 

 

 

 

一人になった部屋を見回し、一息吐く。一応空間把握をし、周りにいるのが橙ちゃんだけなことを確認し、耳を澄ませて周囲に異常がないかを確認する。…よし、もう警戒する必要はないだろうから『幻』を回収。

少しだけ待っていると、控えめに扉を叩く音が響いた。そして、すぐに扉が開く。…いや、叩いたなら返事くらい待とうよ。

 

「ねえ、藍様と何を話してたの?」

「月侵入計画」

「…何それ?」

「さぁ?よく分かりませんでしたよ」

 

彼女は嘘を言っているつもりはないだろう。しかし、八雲紫から伝えられていることが全て真実だとは思っていない。どこかに嘘はあるだろうし、わざと語っていないところだってあるだろう。代理人というのはこういう時は非常に便利だ。下手に失敗して洩らしたくない情報を洩らす心配がない。

 

「ねえ、橙ちゃん。その藍様っていうのは、どんな妖怪なんですか?」

「えっとね、紫様の式神。九尾の妖怪狐ですっごく強いし、すっごく頭がいいの」

「式神って何です?」

「何て言ったらいいんだろ…。んー、憑くと普段より強くなれるんだけど。えっと、他には…、主従関係の確立とか、頭がよくなったりとか…」

「いえ、知らないなら無理しないでいいですよ」

「んー…。知らないわけじゃないんだけど、説明出来ない…」

「出来ないことは無理強いしませんよ」

 

まるで経験したことがあるような言い方。多分、わたしが彼女から感じていた『裏』が分かった。きっと、今の彼女はその式神とか言うのが憑いていないんだ。けれど、その時の彼女と戦うのは無理がある。もしそんなことになったとしても、橙ちゃん単体との勝負にはならないだろう。そのとき式神を憑けてくれた誰かと一緒になるだろうから。

 

「それにしても、そんな強くて賢い妖怪が、どうして従う側にいるんでしょうね」

「知らないよ。けど、満足してるって」

「こういうのも利害の一致になるのかなぁ」

 

八雲紫は必要だから主となったのだろうし、藍とか言う妖怪狐も満足しているらしいし。

 

「ま、難しい話は切り上げましょうか。さ、食材採集に行きましょう?」

「うん!」

 


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