東方幻影人   作:藍薔薇

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第164話

「…あー、疲れたぁ」

 

溜まった空気を吐き出しながら空を見上げると、僅かに白みがかった黒で塗りつぶされていた。どうやら、今夜の空模様は濃密な曇りらしい。

とりあえず、紅魔館の間取りは一応頭に叩き込んだ。しかし、飽くまでとりあえずで一応だ。当然粗はあるだろうし、下手すれば明日には忘れてしまうかもしれない。他にも覚えることがたくさんあったこともあって、今の頭の中は飽和状態に近い。今すぐに寝てしまいたいくらいだ。

それなのに、今こうして霧の湖の上で浮かんでいるのには理由がある。ここにいるだろう彼女達の中で、用がある人が二人いるからだ。一度に二人共会えるとは思っていない。そのうちの一人でも会えれば、と思っている。

そう思いながら周りを見回していたら、突然視界が闇に包まれた。そして、背中に何かがのしかかる。僅かによろけた体をすぐに立て直し、肩の上に乗っている腕と思われるものを右手で掴む。

 

「ルーミアちゃん?」

「んー、そうだよー?」

 

そのままおぶさるようにするルーミアちゃんを支えていると、視界が元に戻った。急に視界を潰して背中から飛び掛かって来るのはいいけど、そのあと水没する可能性を考えてほしい。まあ、そうならないように何とかしているのだけど。

しかし、ルーミアちゃんか。彼女には申し訳ないけれど、わたしが用があるのは彼女じゃない。だからといって振り払うつもりはないけれど。

そのまま霧の湖の上を飛んでいると、ルーミアちゃんが耳元に口を寄せ、小さな声でわたしに問いかけてきた。

 

「ねえ、何してたのー?」

「紅魔館の間取りを頑張って覚えてました」

「何でー?」

「必要だからですよ」

「ふーん」

 

そこまで興味がないのかもしれない気の抜けた相槌を聞きながら周りを見渡すと、岸辺に見たことのある人影を見つけた。その方向へと向かうと、そんな調子を切り替えるように話題を変えてきた。

 

「そういえば、ルナが言ってたけどさー。幻香、なんか凄いことやったみたいじゃん」

「…凄くなんかないですよ」

「そうかなー?けど、どうして食べなかったのー?」

「食べるためにやったわけじゃないんですよ。純粋に、消すことしか考えてませんでしたから」

「そっかー」

 

もったいないなー、という消え入りそうなほど小さな声が耳に入った。まあ、彼女から見ればわたしの行動は非常にもったいないと思うだろう。みすみす食べ物を捨てるようなものなのだから。しかし、わたしは食べたいとは思わないし、そもそも食の対象と思えない。

到着した岸辺に降り立ち、ルーミアちゃんを降ろしながらそこにいた四人に挨拶した。

 

「こんばんは、大ちゃん、サニーちゃん、ルナちゃん、スターちゃん」

「あ、まどかさんにルーミアちゃん。こんばんは」

「ふぁ…。幻香さんとルーミアじゃん」

「こんばんは」

「サニーったらもうおねむなの?こんばんは、幻香さん。それとルーミアも」

 

ここで大ちゃんに会えるとは喜ばしいことだ。しかし、あともう一人はここにはいないようだ。…まあ、ここにいることは珍しいと言っていた。だから、いなくてもしょうがないとは思っていたけれど。

左手に持っていた包みを置き、顔の高さを大ちゃんに合わせる。さて、申し訳ないとは思うけれど、早速話を進めさせてもらおう。

 

「大ちゃん。急な話で申し訳ないですが、貴女に少し訊きたいことがあるんです」

「え?わ、私ですか?」

「ええ。貴女の能力について」

「私の能力、ですか?私なんかは、少し妖精達をまとめることが出来る程度で…」

 

詳しく訊ねてみると、大ちゃんはすんなりと答えてくれた。

大妖精の名に恥じず、妖精という括りの中ではかなりの高位に位置するらしい。それ故に妖精達に『お願い』が出来るそうだ。その『お願い』は絶対的なものではないらしく、やってくれるかどうかは飽くまで本人次第。言い換えればカリスマというものだろうか。そう言われれば、前にチルノちゃんを窘めたときに、渋々と受け入れていた。きっと、それが彼女の言う『お願い』なのだろう。

確かにスペルカード戦ではとても生かせるような能力ではないが、わたしが予想していた能力よりも遥かに素晴らしい能力。大ちゃんの両肩に手を置き、少し顔を近付けながら言った。

 

「その能力、二日後に少し貸してほしいんです」

「…?もしかして、何かするつもりなんですか?」

「ええ、します。…まあ、申し訳ないですけれど、保険程度なんですがね」

「よく分かりませんけれど、分かりました。直前でも断ることを許してくれるなら、いいですよ」

「十分ですよ。ありがとうございます」

 

両手を離し、ホッとする。保険程度とはいえ、わたしがやろうとしていることの成功率に大きな変化をもたらしてくれるだろう。それほどの能力だ。

眠気を感じて口元に手を当てていたら、サニーちゃんがわたしの腕を引っ張った。

 

「ねぇ、何か面白そうなことでもしようとしてるの?」

「面白い、かなぁ…。まあ、傍目から見れば面白いかもしれませんね」

「じゃあさ、私達も一緒に行ってもいい?」

「え、ちょっとサニー…」

 

スターちゃんがサニーちゃんを止めようとしている間に、もし光の三妖精が一緒に来てくれた場合のことを考えてみる。正直、いてもいなくても変わらないだろう。だけど、知っている人は少なければ少ないほど情報漏洩は防ぎやすい。

 

「…ごめんなさい。一緒には無理ですね」

「そっかぁ…。残念」

 

…そう口にしている割にはやけに楽しそうな顔してますね。もしかして、何か企んでるの?…まあ、いいや。彼女が何を企んでいようと、わたしは止めるつもりはない。

地面に置いた包みを広げる。五人が覗き込むようにしているのだけど、月も星もない中で見えるのだろうか?わたしはさっき完全な闇を体験したから、今は少し明るく感じるけれど。

そう思っていたら、大ちゃんが前に見た光源を出した。程よい光がわたし達を照らす。

 

「何これー?」

「わたしが引っ越したのは知ってますか?そこへ行くのに必要なものです」

「…けど、三つしかないよ?」

「そうですね。けれど、そのうちの二つは渡したい人がいるんですよ」

 

フランと萃香。どちらも今すぐに会えるわけではない。フランは地下に閉じ籠っているし、萃香に至ってはどこにいるかも分からない。

 

「それでは、残りの一つは?」

「貴女達の誰かに。これを持っている人と一緒になら、他の人も入れるので」

「じゃあ私が!」

「サニーはものをすぐなくすから駄目」

「ちょっ…!そ、そんなことないし!」

 

さすがになくしてしまうと困るけれど、誰に渡しても構わないと思っている。この護符はその人しか使えないというものではないのだから、必要な人に手渡して使ってくれればいいのだから。まあ、誰か代表として管理してくれれば助かるくらい。

 

「誰でもいいですよ。ちゃんと管理してくれるまとめ役が持ってくれればいいと思いますが」

「それじゃあさー。大ちゃんが持っててよー」

「私がですか?」

 

ルーミアちゃんが大ちゃんの背中を押しながら推薦した。わたしも彼女が持ってくれるのが一番いいと思ってた。

 

「大ちゃんなら任せられるかな、うん」

「サニーちゃんもそう言ってますし。…ルナちゃん、スターちゃんもいいですか?」

「…うん、それがいいと思う」

「それで構わないわ」

 

満場一致。あとは彼女次第。断られちゃったなら、その時はまた別の人に任せるしかない。

期待に満ちた目に囲まれた大ちゃんは、少しの間考えると布の護符に手を伸ばした。

 

「…そうですね。私が責任持って預かります」

「ありがとうございます」

 

残りの護符を布に包みながら小さく欠伸をしてしまう。…やばい。かなり眠くなってきた。けれど、早めにやっておきたいことがまだある。

 

「もしかして、幻香も眠いのー?」

 

そう考えながらこめかみを軽く押していると、ルーミアちゃんがさっきみたいに耳元で囁いた。僅かに重く感じる瞼を開き、大きく伸びをする。

 

「…まあ、そうですね。けれど、今日はまだ寝てられないんですよ。…あの、誰かミスティアさんが今どこで屋台を開いているか知ってますか?」

 

わたしが会いたいもう一人。彼女にも訊いておきたいことがある。

ルーミアちゃんは可愛らしく首を傾げ、光の三妖精は三人で集まって話し合い始めた。僅かに聞こえる言葉から察するに、分からないらしい。

 

「それなら、あちらのほうに真っ直ぐと行けばいいと思いますよ」

 

流石大ちゃん。貴女ならもしかしたら、と思っていたよ。

 

「何から何までありがとうございます。その護符についてはチルノちゃんやリグルちゃんにも伝えておいてくださいね?」

「はい、分かりました。それでは、まどかさん」

「それじゃあねー!…ふぁあ…っ」

 

今のわたしが言えるようなことじゃないだろうけれど、眠い時は寝たほうがいいよ?一線を越えると眠気は飛ぶけれど、支払う代償は大きいから。

 


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