東方幻影人   作:藍薔薇

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第169話

「え、大ちゃん?」

「そうです。見ませんでしたか?」

「見たよ。さっきもさっき」

 

やっと見つけた…。見ていない妖精メイドさんが大半だったけれど、見たけど何処に行ったかは見てない、見たけどもう別の場所に行ってると思う、見たのは大分前、となかなか辿り着けなかったけれど、ようやく一区切り。

 

「どこに行きましたか?」

「そっちの部屋に行ったよ。まだ出てないと思うけど」

「ありがとうございます」

 

いい加減疲れてきたんだ。これが終わったら、ちょっと人目の付かなさそうな場所で一休みしたい。

そんな疲れを吐き出すように、喉を擦りながら大きく息を吐く。…よし、ちょっとだけどマシになった。

 

「さ、行きますか」

「うん」

「あっ、そうだ」

 

早速行こうとした矢先に呼び止められた。

 

「ん?何ですか?」

「困ったら頼ってくれていいんだよ?」

「困らないようにするのが大事なんですよ。だから、そのためによろしくお願いしますね」

「うん、分かった」

 

うん、大ちゃんは本当にわたしなんかのために『お願い』をしてくれているみたい。大ちゃんを見た、と言っていた妖精メイドさん達は、皆同じようなことをわたしに言ってくれた。そして、皆とても楽しそうにしている。まあ、面倒くさそうにしていないと分かって、わたしは少しホッとした。

そんな妖精メイドさんと別れ、言われた部屋の扉に手をかける。何も考えずに開いたときに、仮に会ってはならない人がいたら困るので、開く前に少し耳を澄ませて少し中の様子を確かめる。

 

「――どう?出来そう?」

「出来るよ。お手伝いをすればいいんでしょ?」

「そう。ごめんね?」

「謝らなくていいのに。だって、面白そうじゃん?」

 

…うん、問題なさそう。呼吸音は二人分。声も二人分で、片方は大ちゃん。呼吸を止めるなんて奇妙な趣味を持っているような人がいなければ、中にいるのは大ちゃんと妖精メイドさんの二人だけ。

ゆっくりと扉を開け、一応部屋の中を見回して他に誰もいないことを確認してから、二人のところへと歩いていく。扉を閉めようと思ったら、わたしが見回している間に紫色のメイドさんが閉めてくれていた。ありがとね。

 

「こんにちは、大ちゃん」

「あ、こんにち、は…?」

「幻香ですよ。鏡宮幻香」

「…あ、そうですか…」

 

わたしの後ろに付いて来ている紫色の妖精メイドさんのほうを見ると、納得したようだ。それにしては、視点が少し低かったような気がするが…。ま、いっか。

少し痛む喉を擦っていると、大ちゃんと話していた橙色の妖精メイドさんが突然わたしに跳び付いてきた。

 

「へ?…うわっ!?」

「いやー、面白そうなことするみたいじゃん!私も混ぜてもらうからねー!」

「そ、それは何よりですが…」

 

後ろにいる紫色のメイドさんが支えてくれなかったら、わたしは背中から床に叩き付けられていただろう。ついでに後頭部強打。咄嗟に姿勢を堪えることが出来なかったわたしが悪いとはいえ、跳び付いてきた橙色の妖精メイドさんもこれからは気を付けてもらいたい。わたしのような被害者を増やさないためにも。…あれ、痛いんだよなぁ。

それにしても、目の前にいた人からの跳びかかり程度、どうにか出来ないのはなぁ…。さっきのような状態が以前妹紅が言っていた『一時的に実力が落ちた状態』だ。実戦だったら、そこから何をされたものか…。はぁ、また集中し直さないと。

 

「…すみませんが、ちょっと離れてください」

「あうっ」

 

とりあえず抱き付いている橙色の妖精メイドさんを引き剥がし、服装が乱れていないか軽く確かめる。…うん、多分許容範囲内かな?まあけど、ちょっと怪しいから後で紫色の妖精メイドさんに訊いてみよう。

さて、ここに来た要件を済ませるとしよう。そう思い、大ちゃんに目を合わせ、口を開く。

 

「さて、大ちゃん。パチュリーが座標移動について協力を得たいと言ってました」

「そうなんですか?あんなことの…」

「普段から手軽に使ってると、その異常さが分からないものですよね…」

「い、異常ですか?」

 

わたしも複製を普段からポンポン使っているから、人に見せたときにどんな反応をされるか、ってことを忘れてしまうときがある。そして、わたしがやっていることを説明するとさらに驚かれる。妖力を固形化する、ってことは本来有り得ないことらしいから。わたしとしては、有り得ないって言っているほうが有り得ないと思えるのだ。

座標移動も同じようなものだろう。普段から使っていると、それが普通になる。それがないほうが有り得なくなる。けれど、座標移動は言い換えれば『ある地点からある地点までを零秒で移動する』ということだ。こんなわたしでも異常だと思える能力。パチュリーの言っていた『魔術の到達点』という言葉もしっくりくる。

 

「ま、異常云々はこの際どうでもいいんです。目的は、座標移動による月への転移。そのために協力してほしいと言われました」

「つ、月ですか!?月って、あの!?」

「ええ、夜空に浮かぶ、あの月です。どうしますか?」

 

そりゃあ驚くよね。八雲藍に言われたときは、わたしも驚いた。月へ行くというのもそうだけど、それ以上にその手段に。何が満月の境界を弄るだ。意味分かんないよ。

目を見開いたまま固まってしまった大ちゃんの返事を待っていると、突然後ろ髪を数本引っ張られた。誰か、なんてわざわざ見なくても分かる。紫色の妖精メイドさん。けどね、髪の毛を引っ張られるって地味に痛いんだよ?

引っ張られた髪の毛が付いていた頭皮を擦りながら問いかける。

 

「…何ですか?」

「言っていいの?」

「いいんですよ。彼女には断る権利がある。そのために情報は開示しないと」

 

それに、この前わたしが大ちゃんに頼みごとをしたときにも断る権利を求められたのだし。分かっているなら、そのくらいの対応はしないと。

こうして話している間に驚きは過ぎ去ったか、大ちゃんは目を瞑って考える素振りを見せた。そして、そのまま少しの間考えていたようだが、割と早めに答えは得られた。

 

「いいですよ。あんまり長いのは遠慮したいですけれど…」

「それはよかった。けれど、そういう要望はわたしじゃなくてパチュリーに伝えてください」

 

わたしに言っても、今はどうしようもない。しかし、大ちゃんは少しだけ不安な様子。

 

「大丈夫ですよ。彼女は無理強いするような人じゃないですから」

「まどかさんがそう言うならそうなんでしょうね。安心しました。それじゃあ、大図書館へ案内してくれませんか?」

「ふふ、そうですね。仰せとあらば、案内しますよ」

 

頼まれたなら、断るわけにはいかないよね。少し首を後ろへ向け、紫色の妖精メイドさんを見ると、すぐに小さく頷いてくれた。

 

「大ちゃーん!行ってらっしゃーい!」

「ありがと。行ってくるね」

 

大きく手を振る橙色の妖精メイドさんとここで別れ、部屋から出ていく。ここから大図書館までの経路なら一応分かる。最短から一筆書きで最長まで分かっているつもりだ。

道案内なので大ちゃんの歩調に合わせるのだけど、なかなか上手くいかない。チラリと大ちゃんの足元を見ながら少しずつ調整するけれど、そもそも歩幅が大分違う。うぅむ、身長差もあるだろうけれど、合わせるのって意外と難しいなぁ…。

普段より小さな歩幅で歩き辛いなぁ、と思いながら四苦八苦していると、大ちゃんがわたしに話しかけてきた。

 

「ところで、まどかさん」

「何でしょう?」

「いつまでやるつもりですか?」

「明後日…いや、明々後日までに終わらせたいですね」

 

百分の一の確率で外れるくじを百回繰り返せば、一回でも外れを引く確率は六割を超えるのだ。つまり、長くやるとそれだけボロが出る確率も上がっていくということ。なら、長くやることは悪手である。しかし、長くやらないと厳しいことも分かっている。…この辺りの兼ね合いは本当に難しい。

 

「それでは、私は明後日まで皆に『お願い』することにしますね」

「ありがとうございます。けど、パチュリーの協力はそんな短いとは思いませんよ?」

「分かってますよ、そのくらい。一ヶ月くらいで終わればなー、とは思いますけれど」

 

真っ直ぐ進むか左に曲がるかの分かれ道で、少し考えてから真っ直ぐ進もうとすると、また後ろ髪を引っ張られた。

 

「痛…。何ですか?」

「こっちのほうが近い」

「知ってますよ」

 

左を指差す紫色の妖精メイドさんは意味が分からないようで、不思議そうな顔を浮かべながら首を傾げた。まあ、分からなくて当然か。

 

「そっちは近いですが、わたしにとって不都合なので」

「そう」

「一体何があるんですか?」

「窓」

「…窓?」

「ええ、窓です」

 

まあ、どっちを通っても大して距離は変わらないことも分かっている。大体わたしの普段の歩幅で五十数歩くらいの差だ。その程度なら無視しても構わないでしょう?

 


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