東方幻影人   作:藍薔薇

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第171話

「…ふぅ」

「もう読み終わったんですか?」

「うん。詳しくはまた家で読むから」

 

『The Magical Ingredient List』という題名の本を閉じ、複製。一応、抜けてほしくないページだけ開き、本物と照らし合わせて確認する。…うん、大丈夫そう。

 

「これ、戻してくれますか?」

「うん、分かった」

 

本物の『The Magical Ingredient List』を紫色の妖精メイドさんに渡し、本棚へと飛んで行くのを見届けてから、未だに野草の図鑑を読み終えていない大ちゃんに話しかける。

 

「大ちゃん、ちょっといいですか?」

「はい、何でしょう?」

「迷い家の場所って分かりますか?」

 

今日は紅魔館に泊まることも考えたけれど、一度家に帰ろうと思う。護符は渡したけれども、大ちゃんは迷い家の場所を知らないかもしれない。知らないなら一緒に連れていきたいし、知っているとしても一度家に帰ってこの本を持ち帰りたい。他にもちょっとやっておきたいこともあるし。

 

「いえ、知りませんでした…。そう言われると、せっかく貰ったのに意味がありませんね」

「じゃあ、これから教えますよ。パチュリーと魔法陣の複製を調べたら、一度家に帰ろうと考えていたので」

「では、お願いしてもいいですか?」

「しっかり覚えてくださいね。皆の案内役になるかもしれないから」

「特にチルノちゃんですね…。あの子はちょっと覚えるのが苦手で…」

「あはは、そのときはそのときですよ」

 

ちょうどよく本を戻しに行っていた紫色の妖精メイドさんが戻ってきた。あの本を読むのには結構な時間がかかったが、その分しっかりと体を休めることが出来たと思っている。だから、もういいでしょう?

 

「わたし、休めましたか?」

「うん。いいよ」

「それじゃ、行ってきますね」

 

長椅子に複製の本を置き、パチュリーの元へと向かう。さて、十分休めたというお墨付きも貰ったし、心置きなく調べることにしますか。

 

「パチュリー」

「…もう休憩はいいの?」

「一冊読み切る程度に休みましたよ」

「あら、もうそんなに経ってたの?」

「みたいですね」

 

パチュリーの手元には、ビッシリと文字や図が煩雑に書かれた紙が数枚。正直、わたしはこれを読めと言われても困るほど何が書かれているのか分からない。それでも何とか最初のほうだけ読んでみようとしたけれど、知らない文字だったので即行で断念した。

 

「さて、とりあえず今から簡単なものを書くから。貴女はその間に何を調べたいか少しでもまとめておいて」

「分かりました」

 

手元にあった数枚の紙をまとめて退かし、新たな紙を広げてすぐに何やら紋様を描き始める。手描きとは思えないほど正確な円を描いたところで、無理矢理意識を逸らした。これ以上気にしてたら、わたしの興味が魔法陣に行ってしまう。それではまとめられるものもまとめられない。

まずは視認による複製と接触による複製。大分前にやった石ころの複製では、視認でも本物との差異はほとんどなかった。しかし、今回の魔法陣はその小さな差異が致命的なものになる可能性もある。しかし、それでも視認による複製をすることは大きな意味がある。形を知るための妖力を流すことなく複製出来る点。接触でも出来るのなら大して変わらないのだが、それでも僅かに消費する妖力量が異なる。視認だけで済むのなら、それはそれで嬉しい。

次に複製した魔法陣の過剰妖力の有無。まあ、あればより強力になる、でまとめられそうだが。それでも、やらないでおくのはよくないことだろう。

そして、複製した魔法陣に過剰妖力を注ぐ。一度過剰妖力を全く入れずに複製した魔法陣に、改めて過剰妖力を注ぎ込む。魔法陣の発動と過剰妖力を注ぐ。これはどちらも妖力を流す行為だ。何か違うのかどうかは分からないが、試しておきたい。

最後に携帯する手段。今はパチュリーが紙に描いているが、携帯に適しているとは思えない。水に濡れてふやけてしまうし、火で燃えてしまうし、ちょっと引っ掛ければ破けてしまう。そんなもので携帯するわけにはいかない。今朝貰ったあれみたいに刻み込むのもいいかもしれないが、わたしはその凹みだけを複製出来ない。凹みには何もないからだ。その魔法陣が刻まれている板を丸ごと複製すればいいのかもしれないが、もっといい手段があるなら、一緒に考えたい。

 

「…出来たわよ。魔力を流すことで発動する魔法陣。さて、考えはまとまったかしら?」

「ええ、しっかりと」

「ならいいわ。それじゃあ、まずはどうするの?」

「とりあえず複製」

 

机に置かれた魔法陣が描かれた紙を視界に入れ、複製する。右手にはわたしから見れば特に変なところのない魔法陣の複製が出来た。

 

「これ、どうでしょう?」

「貸してちょうだい」

 

言われたとおり手渡すと、まじまじと見始めた。そのまま数秒待っていると、突然ボゥ…と炎を撒き散らしながら紙ごと燃やし尽くしてしまった。

とりあえず、これで魔法陣の複製の発動という大前提は壊れずに済んだ。これが出来なかったら、どうしようかと思っていたところだよ。

 

「問題ないわね。それにしても、この魔法陣にしてはやっぱり強力」

「そうですか?かなりショボかったと思いますけど…」

「貴女はまだ比較対象がないからそう感じるのよ」

 

次に魔法陣が描かれた紙に右手を伸ばし、その魔法陣に触れた状態で複製をする。普段はほとんど意識しないほどに微弱な妖力が流れ出たのを感じる。

 

「…出来たわね」

「…みたいですね」

 

そして、隣に新たな魔法陣の書かれた紙が出来ていた。どうやら、魔力を流して発動する魔法陣でも、接触して複製することは出来るらしい。

とりあえず二枚の紙を並べてみるが、わたしには違いが分からない。特に細かなところを比べて見たのだが、違いらしいものは分からなかった。

チラリと横を見ると、パチュリーも同じように二枚の紙を食い入るように眺めていた。その視線は忙しなく動き続けている。

 

「どうです?」

「同じ。…私には違いなんてないと思えるほどに」

「それはよかった」

 

違いがない、ということは問題なく発動するということ。喜ばしいことだ。

 

「ところで、これってどうやって発動させるんですか?」

「さっきも言ったでしょう。魔法陣に妖力を流すのよ」

「さっきしましたよ。複製のときに」

「…それもそうね。言い直すわ。そうねぇ…、魔法陣に与える感じに流すのよ」

「与える、ですか」

 

順番は変わるけれど、この魔法陣に過剰妖力を注いでみよう。これが出来て何がいいのかはまだ分からないけれど、出来ると思ってやってみたら出来なかったでは困る。

魔法陣に手を触れ、過剰妖力として注ぎ込む。さて、どうなる?

 

「…!熱ッ!熱ちち!」

 

…一瞬で燃え上がった。触れていた手と腕の肘手前までが丸ごと炎に巻き込まれ、ヒリヒリする。妖力を流して無理矢理治療しようとしたら、火傷した部分が水に包まれた。

 

「はぁ…。魔法陣に触れて流すなんて馬鹿なことはもうしないで」

「身を持って体感しましたよ…」

 

改めて妖力を流して治療すると、手を包んでいた水がどこかへ行ってしまった。先まで水に包まれていた部分はしっかりと乾いていて、何かで手を拭く必要がない。うーん、やっぱり魔法って出来たらかなり便利なんだろうなぁ…。

とりあえず、魔力を注いで発動する魔法陣に後から過剰妖力を注ぐのは無理ということが分かった。

 

「そういえば、さっきより炎が大きかった気がするんですが…」

「貴女、どれだけ妖力を注いだのよ…」

「え?ちょっとですよ。過剰妖力として注ごうとしたら、すぐに燃えちゃったんですから」

「貴女のちょっとは当てにならないわ」

 

…酷い。

ま、いいや。その程度のことでいちいち止まってるのはもったいない。次にやることをしよう。

 

「妖力が多いと、強力になるんですよね?」

「一概にそうだとは言わないけれど、今回はその認識で構わないわ」

「では、ちょっと気を付けてやりましょうか」

 

複製の際に、目いっぱい過剰妖力を含ませる。のだが、思ったより入らない。…あれ?おっかしいなぁ…。

 

「このインク、そもそも魔力どのくらい含まれてるんですか?」

「大した量じゃないわよ」

「あ、そうなんですか…」

 

通りで過剰妖力が全然入らないわけだ…。この魔法陣だと、過剰妖力量による変化はほとんど見込めないかなぁ…。

けれど、気になることがあった。さっき過剰妖力として注ぎこもうとした量と今回過剰妖力で消費した量とでは、前者のほうが明らかに多かったのだ。

 

「パチュリー。魔法陣の発動のために注ぐ魔力って、制限はあるんですか?」

「基本ないわ。けれど、最低でも必要な魔力を注がないと発動はしない。そして、少しずつ入れていくと最低限必要なところで勝手に発動する。だから、もしやるなら一気に大量に注ぐ必要があるわね」

「やっぱり」

 

それなら一度試してみないとね。魔法陣にわたし自身が多めだと思う量を注ぎ込むと、今までとは比べ物にならないほど大規模な炎が巻き上がった。

 

「…まさか、あんな魔法陣でこんな威力になるなんて」

「そうですか?この程度じゃわたしの友達には何倍も劣りますよ?」

「貴女の基準は何処にあるの…?」

 

フランの禁忌「レーヴァテイン」、妹紅の不死「火の鳥―鳳翼天翔―」、萃香の鬼火「超高密度燐禍術」と比べれば、こんな炎じゃ弱過ぎる。

 

「わたしが考えたこの魔法陣で出来ることはもうないです」

「そう。それじゃ、最後にこの魔法陣で最低限の魔力を注いだ場合を見せておきましょう」

 

そう言われて、パチュリーが持っていた魔法陣の描かれた紙に注目する。すると、その魔法陣の中心にポ…と小指の爪ほどの炎が現れた。その炎がゆっくりと紙を燃やしていく。

 

「…蝋燭?」

「そうね。だから言ったでしょう?」

「最初の魔法陣の複製はその最低限の魔力でやったんですよね?」

「そうよ。だから、貴女の複製自体が多大な妖力を使っている、ということになるわね」

「えぇ…、あれが多大ぃ?」

「信じられないかもしれないけれど、こうして形として出ると分かりやすいわね」

 

薄っぺらい紙一枚と魔法陣を描くために使ったインク。その程度を複製しても、わたしは妖力が減ったとは感じない。意識すれば分かるかもしれないが、普段はそんなことしないから分からない。けれど、パチュリーが言った通り妖力を使っているのかもしれないなぁ…。

 

「ま、強力になる分には構いませんよ。後は、これをどうやって携帯するかだ」

「そうね。さっきみたいな紙じゃ弱過ぎる」

「だから、もっと丈夫なものにしたいんですが…」

 

簡単には思い付かない。とりあえず硬いものを片っ端から思い浮かべていると、パチュリーが何かを取り出した。

 

「なら、これを使うわ」

「…鉄?と、緋々色金!?」

「正確には鉄じゃないわ。かなり前に作った合金よ。名前は付けてないけれど、それなりに硬い。手軽に手に入る金属で硬くするのを目標にしたのだけど、残念ながら緋々色金に負けたわ」

「銀は?」

「そもそも手軽に手に入れられないわよ」

「そうですか…」

 

手渡された合金は思ったより軽く、大した負荷は感じなかった。

 

「それに魔法陣を刻む。そして、その溝に緋々色金を流し込む」

「…つまり、緋々色金を複製すればいいと?」

「出来るのでしょう?」

「ええ、出来ますよ」

「貴女の複製なら、たとえ小さな魔法陣でも強大な力に出来る。ましてやそれが緋々色金なら、さっきのインクとは違ってその過剰妖力も多く含めるのでしょう?」

「まったくもってその通り」

 

けれど、それを作るために貴重な緋々色金を消費することになってしまう。その損失はあまりに大き過ぎるのではないだろうか?

そう考えていると、パチュリーは合金と緋々色金をしまい込んだ。

 

「けれど、ただでとは言わないわ。貴女も協力してちょうだい」

「何をですか?」

「レミィの無茶ぶりを、よ」

「いいですよ。月に行く手段、さらに考えてみせましょう」

 

さぁて、今まででは考えもしなかったような画期的で独創的な手段を考え出さないと。そして、それが実践出来るなら尚よし。頑張りますか。

 


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