東方幻影人   作:藍薔薇

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第172話

パチュリーにわたしが今思い付く限りの手段をとりあえず伝えた。それのほとんどは現実味がないと却下されてしまったが。まあ、流石に月まで届くほど長い棒を対象と重ねて複製して弾き出されて行く、なんてのはとてもじゃないが無理があると思ってた。竹一本の端から端ですらそれなりに辛かったのに、その何倍あるかも分からないほど遠くへ一瞬で弾かれて無事でいられるとは思っていない。

そうしているうちにかなりの時間が経っていたらしく、妖精メイドさんが軽い夕食を持って来てくれた。小さなクッキー数枚と紅茶だったが、今のわたしにはちょうど良かった。そして、夕食を食べ終えたのを機に帰らせてもらうことに。パチュリーに明日大ちゃんと来ることを頼まれたので、大ちゃんに訊いてから快く承諾した。

 

「さて、行きますか」

「あの…。どうして門からじゃなくてここからなんですか?」

 

そして今、わたしと大ちゃんは紅魔館を囲む煉瓦の塀の前にいる。

 

「正直、あそこの門からじゃなくてもいいんですけどね」

「え、そうなんですか?けど…」

「確かに美鈴さんのいる門からのほうが安全ですよ。ですが、わたしと大ちゃんは既にパチュリーから求められている。そうなると、門から出なくても紅魔館に来ることを許可されているようなものだ」

 

そうでなくても必ず門から出入りしなければならないというわけではない。わたしだって、門の反対側から来てしまったときは、そのまま塀をよじ登って侵入した。フランとスペルカード戦で遊んだときにわたしは回避に集中し過ぎて、フランは弾幕に集中し過ぎて塀を通り過ぎたことも気付かずに続けたこともある。そのときは、気付いたときに方向転換して何とか敷地内に戻ったが。

 

「それに、わたしの家がある迷い家はこっちからのほうが近い。さ、行きましょう?」

 

わたしが飛翔して塀を通り過ぎると、小さなため息と共に大ちゃんが付いて来てくれた。…いや、そんな何か諦めたような顔しなくていいと思いますよ?

 

「…まどかさんのことを考えると、そうしたほうがいいのは分かりますけど…」

「こんな時間ですし、泊っていきますか?」

「そうですね。そうさせてください」

 

見上げてみると、空は既にほんの僅かに白みがかった黒色でいっぱいだ。曇り空とはなんとも微妙な…。明日雨降ったら紅魔館に来るのがちょっと面倒になるんだけど。濡れるのはごめんだ。

迷い家のある山が近付いてきた。よく目を凝らすと、あのときの超視力の白い人と目が合った。

 

「ごめん」

「え?キャアアァァアアア!?」

 

咄嗟に目を逸らし、そのまま大ちゃんの手を掴んで急降下。侵入する意思がないことを示すには、これが一番手っ取り早いんだ。それに、目を合わせようと思ってなかったのに合っちゃったら、なんか気まずいじゃん?

地面にそのまま着地すると大ちゃんが叩き付けられてしまうかもしれないので、その前に減速する。そして、地面スレスレにゆっくりと停止。

 

「はぁ…、はぁ…。き、急にどうしたんですか…?」

「ちょっと面倒なことになったので、ここからは歩いていきますよ」

「えっと、何かあったんですか?」

「長いので簡潔に。この山はある高さまで侵入すると敵対されるので、そう勘違いされないように下りました」

「そうなんですか…。大変ですね」

「そうでもないですよ?」

 

つまり、この山を歩いて登ればいいだけの話だ。飛んで行くならちょっと高さを気にするだけでいい。そのまま飛んでてもよかったのだけど、わたしは疑いの目で見られているのだから、下りたほうがよかっただろう。まあ、ここから登るのはちょっと大変かもしれないけど、許してほしい。

しかし、たとえ下りたとしても妙な視線を感じる。けれど、わたしにはちょっと首筋がチリチリするくらい。それに、迷い家に行くと視線を感じなくなる。途中で見るのを止めるのか、結界で見れないのかは分からないが、それまでの付き合いだ。

登り始めてからは、定期的に後ろを振り向いて大ちゃんがちゃんと付いて来ているか確認。木々の間をすり抜けて行っているのだが、やっぱり大ちゃんも羽がぶつかって動き辛そうだ。

 

「まどかさん、少し訊いてもいいですか?」

「いいですよ。何でしょう?」

 

途中に生っていた小さな赤い木の実を枝ごと採取しながら登っていると、大ちゃんから問い掛けがきた。

 

「まどかさんは、どうしてそこまでしてフランさんを連れ出そうとするんですか?」

「理由?そうだなぁ…。そう改めて言われると、難しいね」

 

フランが頑なに出ようとしないから、わたしが連れ出す。これはよくも悪くもある。やれることを全て尽くしても、フランが断ればそれまでだ。

けれど、わたしはさっさとフランに会いたい理由がある。

 

「とりあえず、まずは護符かな。渡しておきたい」

「あぁ、あの護符ですか。二つは渡したい人がいる、って言ってましたね。ところで、あと一つはどなたに?」

「萃香」

 

そう言うと、大ちゃんは納得したようだ。まあ、大ちゃんと萃香は面識が一応あるからね。

 

「次は、フランのためにやりたかった」

「例えば、どのような?」

「傲慢って言われればそれまでだけど、わたしはフランには外に出てほしい。そう思ってる」

 

四百九十五年も地下に幽閉されていたからとか、破壊衝動が図らずとも解消されたからとか、そういった理由もある。けれど、やっぱりわたしは外を知ってほしい。外に出たことを後悔してもいいから、わたしを恨んでも構わないから、善意と悪意が入り混じった醜くも美しい世界をその目に映し、どう感じたのかを考えてほしい。その結果引き籠るならそれでもいい。けれど、わたしはそうならないと信じている。

 

「最後は、やっぱりわたしのためですよ」

「まどかさん、の?」

「ええ。わたしはただ、彼女と一緒に遊びたいんです。レミリアさんとの約束もありますが、そんなのはどうでもいい」

 

楽しいから。やっぱり友達と遊ぶのは楽しい。それはフランにだけ当てはまるものではないが、フランが欠けていいということにはならない。

そんなことを話しながら木の実を採集し続けていたが、片手で持ち切れない程度には手に入った。一粒口に入れてみたところ、そろそろ食べれる時期が過ぎそうな感じがした。不味くはないんだけど、美味しくもない。かなり微妙な味。…ま、いいや。

 

「大ちゃん、見えますか?」

「え?」

 

戸惑う大ちゃんのために、空いている手で迷い家の方向を指差した。

 

「あそこに迷い家があるんですが…」

「んー…。すみません…、まだ見えませんね」

「そっか。まあ夜だし、仕方ないか」

 

首に掛けられた鎖型の護符の感触を確かめ、迷い家へと向かう。まあ、この護符はわたしの家があそこに建っている限りは必要ないのだけど、保険というやつだ。

ちゃんと後ろを振り向いて大ちゃんが付いて来れているか確認しながら登っていくと、ようやく迷い家に到着した。

 

「ここが、迷い家…」

「そうですね。さ、わたしの家に行きたいところですが、その前に会わせたい人がいるんですよ」

「誰なんですか?」

「橙ちゃん。ここに住んでる猫又です」

 

彼女の夜はかなり長いからまだ寝ていないと思うんだけど、大丈夫かな?

寝ているか寝ていないかは、行ってみないと分からない。気にしても仕方ないので、とりあえず扉を二回叩く。

 

「やっと帰って来たぁ!…って、あれ?幻香、だよね?」

「ええ、貴女の言う通り幻香ですが…」

 

叩いてすぐ扉が開くとは思ってなかったから、ちょっと驚いた。それにしても、橙ちゃんの表情が少し悪い。何かに怯えていたかのような…。

まずは大ちゃんを紹介しようとしたのだが、急に両肩を掴まれて顔を思い切り近付けてきた。ちょっ、近い近い!

 

「今すぐ幻香の家に行って!」

「いや、その前にやりたいことが…。いえ、何かあったんですか?」

「あったよ!この前の妹紅って人と一緒に鬼が来たんだよ!しかも妹紅はその鬼をここに置いて帰っちゃったし!」

「うわぁ…」

 

萃香、わたしの家にいるんだ…。

 

「いつ食べられちゃうか考えると背筋が凍えたよ!…それで、幻香さっきやりたいことって言ったけど、何?」

「後ろにいる妖精の紹介。わたしの友達です」

「初めまして。私は大妖精です。気軽に大ちゃん、とでも呼んでください」

「よろしく。私は橙。他は幻香に訊いて!さ、行って行って!」

 

掴まれた肩を捻られ無理矢理半回転。そのまま背中を押され、背後の扉はゆっくりと閉まった。ご丁寧に鍵まで閉めて。

 

「な、何だか切羽詰まってるようでしたけど…。橙ちゃんが言っていた鬼って、まどかさんの友達の萃香さんですよね?」

「ええ、恐らく。けどまあ、置いて帰るのもどうかと思いますけど…」

 

フランより先に萃香に会えるとは思っていなかった。順番が変わったからといって、何かよくないことがあるわけではないけど。

いや、ここは前向きに考えよう。萃香に会える。うん、前向き。

 


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