「うわ、本当に雨降ってるよ…」
こんな冬になりかけの季節…、いや、もう冬と言ってもいいだろうか?そんな季節でも雨は降るのか…。雪になってくれれば、と少しだけ考えて却下する。どちらにせよ、このまま外へ出ると濡れ鼠に変わりない。
窓を閉め、横になっている二人を見る。お行儀よく眠っている大ちゃんと、寝相が悪く布団を端のほうへ蹴飛ばしてしまっている萃香。寒いと思っているかどうか知らないけれど、一応布団を掛け直してあげる。それにしても、頭の向きが寝る前の真逆になるってどういうことなの…。
さて、起きたはいいものの、この朝日が昇り始めただろう今はまだ橙ちゃんが眠っている時間。わざわざ起こしてまで食料を分けてもらおうとも思わない。食べてもらう二人もまだ眠っているようだしね。
「何しようかなー…」
今から二度寝するには時間が短過ぎるし、何もせずに待っているには長過ぎる。よって、時間潰しが必要。ま、
試しに大ちゃんを複製。下手に動かしたらポロリと取れてしまいそうな羽を先に回収しておき、準備完了。この家の中で動かすには狭いので、扉を開けさせて外へ。
…あれ?扉開かない…。あ、手が引っ掛かってないのか。やっぱり、こういう精密動作は難しいなぁ…。特に死角になるとさっぱりだ。ぶつかれば複製が意思とは異なる不自然な挙動をするから分かるのだけど、ぶつからないとそこに何も障害物がない、ということしか分からない。
何とか指を扉に引っ掛け、ゆっくりと開ける。そのまま外へ出て行かせると、案の定一瞬で濡れ鼠となった。しかし、あれは生命なき
「…よし、上手く動かせてる」
今、壁の向こうで大ちゃんの複製が両手を広げてクルクルと回っている。そう感じる。この程度の距離なら、視界に入れずとも動かせる。しかし、これを戦闘に活かせるかと問われれば、答えは否だ。なぜなら、相手がどのような体勢でいるか分からないから。空間把握との併用をすれば補えるのだけど、相手が飛び上がってしまえば無意味だ。触れた瞬間、つまり攻撃された瞬間に反撃を加えられればいいのだけど、多分その前に吹き飛ばされてしまう。それなら炸裂させたほうがいい、のかな?
続いて歩かせたり走らせたり殴らせたり蹴らせたり浮かせたりと多種多様な操作をした。この操作で重要なのは重心だが、わたしはそれを認識出来ない。わたしはあの
「ま、このくらいでいいか」
びしょ濡れになった大ちゃんの複製を窓の前まで動かし、手を伸ばして回収する。すると、一緒に複製していた服に浸み込んでいた水が空中に残り、バシャリと音を立てて落ちてしまった。
「ん…、むにゅ…。あ、まどかさん。おはようございます…」
「起こしちゃいましたね。すみません」
「そんな、気にしないでください」
「そうですか?けど、まだ朝食には時間がかかりそうですよ」
それなりに明るくなってきたのだが、もう少し時間が経たないと橙ちゃんは目覚めない。
「萃香さん、まだ寝てますね…」
「起こさなくていいですよ。好きなだけ寝かせてあげたほうがいい」
「そうですね。チルノちゃんも無理に起こすとまた寝ちゃうから」
「そういう理由じゃないんですけどね…」
朝食が出来てから起こしたほうが萃香のためってだけだ。今空腹をごねられても何も出せない。そんなことを言うかどうかは知らないけれど。
「まどかさん。紅魔館にはいつ頃行きますか?」
「どうしましょうかね…。雨、止んでくれれば助かるんですけど」
「この感じだと今日はずぅっと止みませんよ…」
「ですよねー」
窓から空を見上げた大ちゃんが言う通り、この雨は当分止むことはないだろう。これからもっと寒くなれば霙に、そして雪になることはあるかもしれないが。そうなったからといって、行き辛いことに変わりない。
大ちゃんの視線が台所へ向き、そこに何もないことに気付くと、小さく呟いた。
「今料理をしていないってことは、食材は何もないんですね…」
「そうですね…。だから橙ちゃんのところに言って余ってるものを貰えたら、って考えてるんですが…」
「何か問題が?」
「今はまだ寝てると思う…」
「それじゃあ、もう少しお話ししましょう?」
「そうしますか」
◆
「わたしは妖精メイドさんと一緒に紅魔館を回るつもりですよ。それと、パチュリーと一緒に月へ行く手段を考えるかな」
「パチュリーさんに何を頼まれるんでしょう…」
「さぁね。けど、膨大な数の対照実験に付き合うと思いますよ」
「ぼ、膨大…」
紅魔館に行ったら何をするか。
「チルノちゃんとサニーちゃんが喧嘩したときは大変でしたよ」
「へぇ、どうなったんですか?」
「二人ともこぶが出来ちゃって…」
「殴り合ったんだ…」
霧の湖でよく会う皆の思い出話。
「普段は本を読んだり、体術の訓練したり、茸採集したり…」
「色々してたんですね。他にはどのようなことを?」
「精霊魔法の挑戦とか、毒液の抽出をしたりとか、蛇とか猪なんかを殺したりとか…」
「ぶ、物騒なこともしてたんですね…」
魔法の森に家があったとき何をしていたか。
「わたしは、やっぱり人間共は許せない。けど、わたしはそんなことしたくない。これって、矛盾ですかね…?」
「そうは思いませんよ。矛盾だと思うなら、それはまどかさんの優しさですよ」
「合理的と感情的の差…」
「何でも合理的に動くなんて、そんな生き物いませんよ。だって生きてるんですから」
人間の里をどう思っているか。
「…ふぅ。たくさん話しましたね」
「そうですね」
他にも、下らないことから真剣な話題まで様々なことをお話しした。自分では整理がついていなかったことも、話すことでまとまることもある。そう感じた。
「さて、そろそろ橙ちゃんも起きたでしょうし、行ってきますね」
「あ、一緒に行きましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、もし萃香が起きたら待ってるように言っておいてください。まあ、それでも出て行くと言うならそうさせてください」
「分かりました。それでは、行ってらっしゃい」
この家に一本しかない傘を手に取り、外へと出て行く。ザーザーと傘に水が跳ねる音が心地いい。たまにクルクルと回して傘に付いている水を飛ばすのも一興だ。
「橙ちゃーん。起きてますかー?」
橙ちゃんの住む家の扉を二回叩き、返事を待つ。そして待つこと数秒。扉はゆっくりと開かれた。
「起きてるよ?どうしたの、幻香?とりあえず上がって」
「お邪魔します」
傘を畳んで玄関に置いてから中へと入っていく。橙ちゃんに投げ渡された厚手の布で濡れたところを拭き、椅子に座る。
「それで、何の用なの?」
「実は家に食べるものがなくてですね…」
「それで私から貰いに来たの?いいよ」
「いいんですか?この前一緒に採ったときはあまりないって言ってませんでしたっけ?」
「言ってたよ。けど、今朝食材が届いてたから」
「届く…?」
真っ先にあのスキマの顔がチラつく。
「幻香の思ってる通り。前までは買ってるって誤魔化してたけど、本当は紫様からかなり送られてくるの。かなり不定期だけど…」
「不定期なんだ…」
「そ。それでその量がどう考えても一人じゃ食べ切れないの…」
「あー、そういうこと」
やけに多いと思ってたけど、買っていたわけじゃないなら納得だ。誤魔化していた理由は、ちょっと考えれば分かること。いちいち追及するほどでもない。
「それじゃ、いくつか貰いますね」
「あ、待って。どうせならこっちで作っていってよ」
「それでもいいですが、そうすると萃香も来ますよ?」
そう言うと、橙ちゃんの顔が一瞬で固まった。
「いや、そんな今更気付いたみたいな顔しないでくださいよ…」
「ま、幻香が一緒なら大丈夫でしょ。…多分」
「彼女だって滅多なことはしませんよ」
特にここ、迷い家という八雲紫の結界の中では。それに、八雲紫の式神の式神という、親戚の親戚のような遠い縁かもしれないが、下手したら八雲紫がやって来るかもしれない行為をするとは思えない。
橙ちゃんが目を瞑り、首を左右に揺らしながらどうするか考えていたようだが、こっちでわたしに作ってもらうことを選んだようだ。
「それじゃ、呼んで来ますね。何か食べたいものはありますか?」
「何でもいいよ。けど、熱くないといいな」
「分かりました」
橙ちゃんの家に元から置かれている傘を三本複製して持っていくことにする。二本で十分だけど、今後使うかもしれないから念のために。
雨の中、傘を差して家へと戻る。さて、どんな料理を作ろうかな?あんまり時間がかからないで出来る手軽なのにしようと思うけど。
「戻りました。…って、まだ寝てるんですね…」
「どうしましょう?」
「はぁ…、起こしますか。あっちで一緒に食べることになったので」
頬を二、三回叩くが反応なし。肩を軽く揺らしても反応なし。布団を剥ぎ取っても反応なし。窓から手を出して軽く濡らした手を首に当てても反応なし。…仕方がないので口を軽く塞ぎつつ鼻を摘まむ。
「ぶっはぁ!だから塞ぐのやめろ!」
「これから朝食一緒に食べようって呼ばれたのに起きないほうが悪い。皆起きてるんですから」
「そうだとしても塞ぐのはなしだろ」
「そうしないで起きることを願って色々しても起きなかったのは誰ですか…」
「知らね」
「貴女ですよ」
二人に傘を手渡し、橙ちゃんの家へ向かう。渡した傘を何故か差さない萃香を見て、何のために渡したのかを考えながら。…あぁ、どうせ自分に付いた雨を疎にして何処かにやるつもりなんだろう。
「ところでまどかさん。朝食は何でしょう?」
「何でしょうね」
「何だ、決まってねーのかよ」
「これから材料見て決めますよ」
とりあえず痛むのが早そうなものを使って何か作ればいいかな。最悪、鍋に何でもかんでもブチ込んでスープにしてしまえばいい。よっぽどのことがない限り、食えないものになることはないから。
橙ちゃんの家に着くと、快く招き入れてくれた。ただし、萃香を見たときは一瞬顔が引きつったが。それはびしょ濡れだったからか、鬼だったからかはわたしの知る由もない。その濡れた体はすぐに乾いたが。
「何作る?」
「そうですね…」
果実系は早めに食べたほうがいいものがいくつかある。未加工で血抜きだけ済ませてある鷹は早速食べることにしよう。それと、既に加工されて何の肉かよく分からないものも。野菜もいろいろあるが、とりあえず今日明日で腐ってしまいそうなものはない。米は今から炊くのは遅過ぎる。小麦粉もあるけれど、今から麺打ちするのは同様に遅い。代わりになりそうな主食は…これ、シリアル?それとパンもある。
「フライパン二つ。それと、鍋も」
「分かった!」
「萃香。この鳥、前みたいに羽抜いてくれませんか?」
「ん?おう」
鷹の足を掴んで萃香に見せると、バサッと丸裸になった。いちいち手で抜かないで済むのは楽だ。皮ごと剥いでしまうのも手だが、皮は食べれるからちょっともったいなく思う。
鷹の内臓を取り出し、適当な大きさに切って鍋に投入。身のほうも骨付きのままボトボトと入れていく。野菜の中から人参、大根、白菜、玉葱を刻んで同様に入れていく。鍋の半分ほど積み上がった具材に対し、その四分の三程度の水を入れる。そして蓋をして着火。
「あとは待機。次」
パンを薄く切り、この前紅魔館でやったようにバターと一緒に焼いていく。フライパンは二つあるので、両方使って作業を二倍に。焼き上がるまでに林檎の皮をスルスルと剥いていく。リンゴの皮ごと食べてもいいのだけど、歯に引っ掛かると気になるから剥くことにした。
出来上がったこんがりパンを皿に移して四つ切り。林檎も六つに切り分けて添えておく。
「ほら、先食べててください」
「お、じゃあいただくか」
「いっただっきまーす!」
「あの、まどかさん。一緒に食べないんですか?」
「わたしはまだ作ってる途中だから」
フライパンの片方でもう一枚パンを焼き始め、もう片方に薄切りにした肉ともやし、さっき余った白菜を入れて炒めていく。小さな器に味噌と砂糖と醤油を入れ、輪切りにした唐辛子も一緒に混ぜ合わせてから炒め物に投入。少量の酒を鍋に入れると、一瞬炎が巻き上がる。
焼き上がったもう一枚のパンと皿に移し、別の器に肉野菜炒めを移して机に渡す。
さて、スープは大体出来たかな?…うん、後は塩で味を調整すれば十分かな。野菜が縮んだことと、その際に出た水分で十分な量になっている。
「さて、わたしも食べましょうか」
「ねえ、熱くないのって言わなかった?」
「文句があるなら冷めてから飲んで」
スープを四人分に分けて注ぎ、持っていく。パンと炒め物は残されていると思っていなかったが、本当に残っていなかった。まあ、わたしはこのスープで十分だからいいけど。
「いただきます」
これ食べ終わったらこの雨の中紅魔館に行かないと。…はぁ、濡れるの嫌だなぁ。