東方幻影人   作:藍薔薇

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第175話

「とりあえず、単純に飛んで行くとしても何か特別な何かが必要だと思うんですよ。道具にしろ、構造にしろ、情報にしろ、何かが欲しい。わたしの思い付く手段として簡単に思い付くものを挙げますが、仮にわたしが持つ妖力の全てを推進力として月へ飛んで行ったとしましょう。月まではどの程度の距離が開いているのか分かりませんが、恐らく足りないでしょうね。いえ、全然足りないでしょう。代案として、それを補うために何かしらの燃料を詰め込んだら、今度はその重さの分だけどんどん必要な燃料が増えていき、それを入れるための場所も必要になってくる。仮に燃料の重さによる抵抗とそれで得られる推進力のつり合いが前者に傾けば意味がない。つまり、それを打開するために軽量で膨大な力を得られる燃料、もしくはここから月へ行く間で補充出来るもので推進力を得る、もしくは零から推進力を得る。このどれかを攻略しないと現実的じゃないんですよね。まあ、それなりの強度を持った乗り物に緋々色金を百個くらい詰め込んで発射すれば行けると思いますが、それじゃあ駄目なんでしょう?」

「そうね。けれど、最後のは飽くまで最終手段として残しておくわ」

 

幻香が昨日話し合ったことから考えていただろうことを一気に口から出してきた。その内容は、私が考えていたものとほとんど違わない。最後の一つは考えていなかったが。

 

「軽量な燃料と言われると、わたしはどうしても緋々色金しか出てきません。あれ以上に高効率なものを知らないので。けれど、残念ながらわたしにしか燃料化出来なさそうなんですよね…。代わりのものを考えないとなぁ…」

「そのあたりは何か魔法陣を使うか、いい燃料を探さないといけないわね。それと、誰か特別な搭乗者を招くというのも考えているわ。それが貴女になるかもしれない」

「そうですか…。そうなるとちょっと面倒なことになりそうだなぁ」

「分かってるわよ。そのときはどうにかするわ」

 

幻香は今のところ紫の策に乗るつもりらしい。かなり嫌そうな顔をしていたが、とりあえず現状で出来るほうに乗ると言っていた。その後で付け加えたことだが、レミィの無茶な要求が上手くいけばこっちに乗り換えるとも言っていた。

けれど、もし乗るとしても面倒であることに変わりはない。緋々色金を百個複製するなんて、一日や二日で出来ることではないのだから。

 

「月までの間で補充出来るものを推進力にするのは、そもそもその道中に何があるか分からないとどうしようもないですね。何があるか知ってますか?」

「知らない。けど、空気くらいあるんじゃないかしら」

「もしかしたら何も得られないかも。絶望視するつもりはないですが、楽観視するつもりもないですから」

「ま、今の私達に知る由もないわね」

 

この大図書館のどこかにある未だ読んでいない書籍の中に書かれているかもしれないが、今はその本を探す手間も惜しい。と言うより、探すのも億劫なほどだ。もしかしたら簡単に見つかるかもしれないが、幻香の言った通りそんな楽観視はしない。

 

「零から生み出すのはそう簡単なことじゃないってことくらいは知ってます」

「そうね。零だと思っていても、何かを失っていることもあるし」

「ま、言っておいてなんですがそんなのはどうでもいいんです。発射した後には既に零となっていればいい。飛び出す前に対価を全て払い終え、後は推進力としての純粋な力のみになっていれば嵩張らない。その力をどうやって保持するかが課題かな」

「そんなこと出来るかしら?」

「さぁ?言ってみただけですから」

 

そう言って肩を竦める。幻香は出来ないだろうことも、現実的じゃないだろうことも、必要ならば平然と口にする。一体どこから思い付くのか分からないような突飛なものまで出てくる。誰が月までの橋を掛けるなんて考える?誰があの八雲紫を捕縛するなんて考える?

 

「よくもまあ、そんなに思い付くわね」

「そうですか?けど、思い付くだけじゃ駄目なんですよ。出来ないって切り捨てちゃったら、それはないのと同じだ。だから、出来るものを考えないといけない。なのにわたしが思い付くのは出来ないことばっかり。こんな情けない自分がちょっとだけ嫌になりますよ。救いがあるとすれば、些細なことでいいからって言われたことですかね」

 

そう幻香は言うが、その常識外れな発想が私はたまに羨ましくなる。発想は魔術の鍵。思い付く、ということが大事なのだから。

 

「それにしても、大ちゃん遅いですね…」

「そうね。けど、私は構わないわ」

 

幻香曰く、この紅魔館にいる妖精メイドに挨拶と『お願い』を何人かしてから来るそうだ。それがどの程度時間を取るのかは、私がどうこう言っていいことではないと思っている。飽くまで協力者なのだから、無理を言うつもりはない。

それに対して幻香は、少し驚いている様子。軽く首を傾げながら続けた。

 

「あれ、いいんですか?早いほうがいいと思ってたんですが」

「確かに早くて損はないけれど、こうして新たに考えることが増えたのだからそれでいいのよ」

 

ちょっと順序が入れ替わっただけ。大して変わらないし、むしろ得してるとも見れる。最低でも、私は損をしていないと思っている。

大図書館の中を飛び回る数人の妖精メイドを眺めていた幻香が、ゆっくりと立ち上がった。

 

「それじゃ、大ちゃんが来るまでいっぱい考えてください。わたしもちょっと妖精メイドさんと回りながら考えてますから」

「そう。それじゃ、行ってらっしゃい」

 

そう言うと、大きく伸びをしながらここを離れて行った。そのままフワリと浮かび、近くを飛んでいた妖精メイドと合流して何かを話し始めるのを見ながら、ホッと息を吐く。

さて考えるか、と私も体を伸ばそうとしたところで、視界の端に光るものを感じた。見覚えのある光。その球が光るときは大図書館が開き、誰かが出入りした合図。大妖精がこっちに来たのかしら。

 

「パチュリー様」

「…咲夜」

 

しかし、私の予想は外れてしまったらしい。しかし、無下にするつもりはない。その手に持っている冊子が、恐らく私が頼んでいたものなのだろうから。

 

「月へ行くためのロケットの資料です」

「そう。ちょっと読ませてくれないかしら?」

 

丁寧に手渡された冊子の表紙には『サターンVロケット』とでかでかとした文字が表示されていて、何やらブツブツとした白っぽい球体とほとんど真っ暗な背景、それを斜めに貫く細長い機械が描かれていた。

 

「ふむ…。『サターンV。人類初の有人月飛行ロケットである』と。そして『月へ到達するために多種類の大型エンジンを必要とし、そのためにロケットは三段で構成されている』のね。ありがとう咲夜。よくこんな本を見つけられたわね」

「最近になって、ようやく月ロケットの資料が幻想となってきただけです。意外とアッサリ見つかりました」

「それならそれでもいいのよ。とりあえず、三段で構成される筒を見つければ一気に完成まで持っていける」

 

幻香の言っていた特別な何か。これはそれに該当する情報になるだろう。

 

「これは月侵略にとっては小さな一歩だけど、私にとっては大きな一歩だわ」

 

とりあえず、三段の筒状のものを作らねば。

その材料があったかどうか思い出していると、咲夜が妖精メイドたちを眺めながら私に言った。

 

「いつもより多くありませんか?」

「そうね。けど、本を勝手に片付けてくれるし、話してみると意外と面白いことを言ってくれたりして助かるのよ」

「そうですか」

 

そう言うと、昨夜がいきなり私に頭を下げた。

 

「申し訳ありませんが、ここにいる数名の妖精メイドを借りてもよろしいでしょうか?」

「それ、貴女が私に言うことかしら?貴女はメイド長でしょう。けど、そうね…。あそこにいる三人がそれなりに優秀よ」

 

私が指差したところでは、橙、紫、黒の三人の妖精メイドが本棚の前で談笑をしている。

 

「ありがとうございます、パチュリー様」

「それで、何のために借りていくの?」

「妹様のために」

 

…そうか。咲夜がどれだけ言葉を尽くしても出て来ないから、遂に妖精メイドに頼むようになったのか。まあ、咲夜曰く、フランはレミィと咲夜に対して思うところがあるらしいから、それも妥当なのかもしれない。

 

「私に出来ないことを妖精メイドに頼むのは筋違いかもしれませんが、それで妹様が出て来てくれるのなら私はそうします」

「ならそうすればいいじゃない。さ、悪いけれどこれからやりたいこといっぱいだからさっさと行ってきなさい」

「かしこまりました」

 

そう言うと咲夜は三人の妖精メイドの元へと素早く飛んで行った。

 


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