「ちょっと貴女達、付いて来てくれるかしら?」
大抵の妖精メイドは、私が指示しても最初は言うことを聞いてくれない。二度目、三度目になってようやく動き出すことが大体半数。その場合も言ったことをすることを渋ったり、別のことをし始めたりと最初から自分でやったほうが早かった、なんてことは日常茶飯事。
「分っかりましたー!」
「うん、分かった」
「はいぃ…。わ、分かりましたぁ…」
しかし、この三人の対応は三者三様ではあるが、返事は等しく了承だった。パチュリー様の言うことを疑っていたわけではないけれど、たった一つの応答で比較的優秀だと分かった。
大図書館を出て行く私の後ろに三人が文句一つなく付いて来てくれている。
橙色の妖精メイドはピョンピョン跳ねながら付いて来てくれている。とても楽しそうな笑顔を浮かべているところで悪いのだけど、埃がたちそうだから出来ればやめてほしい。後で頼めばやってくれるかしら。
紫色の妖精メイドは数いる妖精メイドの中でも、記憶に残っている子だ。炊事よし、洗濯よし、掃除よしと三拍子揃っている。ただ、言葉数は少なめで表情がいまいち変わらないところが玉に瑕だが…。
黒色の妖精メイドは二人の後ろに隠れてしまっている。さっきからずっと俯いているし、さっきの返事の感じだと、恥ずかしがり屋なのかしら?けれど、頭一つくらい高くてちゃんと隠れられてないみたいだけど。
「あのー、私達は何をするんですかー?」
地下へと続く階段を下りている途中で、橙色の妖精メイドが手を挙げながら私に質問してきた。ここまで何も言っていなかったとはいえ、ここまで何をするかも知らないで付いて来てくれたのかと思うと、ちょっと思うところがあった。
「妹様に会ってほしいの」
「妹様ー?…あー、フランドール様のことー?」
「そうよ。外に連れ出してくれれば一番だけど」
他に何か訊いてくると思ったのだが、これだけで納得してしまったらしい。…やっぱり、優秀といっても飽くまで妖精の中では、ということのようね。
「フランドール様。会ったことある?」
「見たことならあるよー!話したことないけどー」
「わ、わたしも…。見たことならありますぅ…」
「一回だけ話した。普通だった」
「普通って何それー。もうちょっとないのー?」
「挨拶した。返事来た」
「うわっ、ふっつー!」
どうやら、全員妹様を見たことはあるみたいだけど、話したことがあるのは紫色の妖精メイドだけらしい。それを妹様が覚えているかどうかは分からないけれど、そこから何か発展することはあるのかしら。…試してみたいと分からないわね。
「ところで、そこの後ろに隠れてるつもりの子は初めて見るのだけど。新入り?」
「新入りですよ新入り!一昨日くらいかなぁー…。忘れたっ!」
「昨日連れて来た。友達。ほら、挨拶」
「ぁ、あのっ!よろひくお願いしまひゅっ!」
…噛んだ。そんな緊張するようだと、ちゃんと仕事が出来るのか心配になってくる。パチュリー様が嘘を言うとは思えないので、何かいいところがあるのだろうけれど…。
「さて、着いたわよ。後は頼んでいいかしら?」
「はーい!フランドール様を元気にすればいいんでしょー?」
「話、苦手」
「お話…。が、頑張りますっ」
そう言って三人は妹様のいる部屋の扉を躊躇いもなく開けた。
「ちょっと、せめて返事くらい聞いてから――」
…行ってしまった。
中で何を話しているのかは全く聞こえないし、物音一つしない。パチュリー様曰く、破壊耐性の魔法陣の副作用。振動も破壊へと繋がるから、吸収してしまって音が伝わらないとのこと。その魔法陣がこの部屋の扉、壁、床、天井と全てに埋め込まれている。
閉じられた扉を見ながら、三人を待つことにする。あまりにも長引くようだったら、三人を連れ戻すつもり。ただ、そうすると妹様はまた気分を害されるだろう。そう考えると、扉のすぐ横に背中を預けて待っている理由はいち早く三人の結果を知りたいからなのかもしれない。
私には出来なかったことだから。
◆
『出ないよ。私は貴女と一緒にここを出ない』
『何故ですか、妹様』
『何故、ね。どうなんだろうね…。我儘だ、って言われればそうだねとしか返せないけど』
ベッドで横になったままの妹様は、右腕を天井に伸ばしながら言った。
『咲夜はさ、私をどう思ってる?』
『どう…、とは?』
『そのまんまだよ。お姉様は無反応の放心状態とか言ってたけど。…ま、認めるけどね』
そして乾いた笑い。上げていた腕も、ベッドにゆっくりと降ろされた。
『お嬢様の妹様、フランドール・スカーレット』
『うん、知ってた』
その言葉からは、期待外れといった気持ちがありありと感じられ、期待に応えることが出来なかった自分が歯痒く感じた。
『ま、どうでもいいや。何でここを出ないかだったね』
上半身だけ起こした妹様と目が合った。その眼からは感じられたものは、失望。
『貴女と出たくないから。パチュリーならまあいいかなー、って思ってたけどさぁ。…お姉様が頼んだことで忙しいんでしょ?それで私に構ってられないんでしょ?そういうことになってるんでしょ?』
『実際、パチュリー様は休むことなく月へ行くために画策されています』
『お姉様となんて考えたくもない。吐き気すらするね』
『それ以上はお嬢様が悲しみます』
『勝手に悲しんでろ』
そう吐き捨てると転がるようにベッドから降り、部屋の隅に転がっていた兎の人形を掴んだ。そして、片手で上に放り投げては掴み取るの繰り返し。
『霊夢はいいとしてさぁ、おねーさんと魔理沙が一緒でも駄目って…。何考えてるんだか』
『前にも伝えましたが、紅魔館で起きたことは紅魔館で――』
『知らないよ、そんなの。だから嫌だって言ってるの、分かってないでしょ』
ポスリ、と私の顔に兎の人形が当たった。
『だってさぁ、キッカケはおねーさんで、部屋から出してくれたのは魔理沙。そして私を助けてくれたのはおねーさん。今更何言ってるのよ』
『それは』
『いいよ。今何を言われても変わる気がしないから』
そして、毛布、本棚からはみ出ていた小さな本、よく跳ねる玉など、近くにあるものを手当たり次第私に投げ付けてきた。しかし、全然痛くない。
『帰って』
『妹様』
『帰れ』
『…かしこまりました』
その代わりに、心が軋むほど痛かった。
◆
ギギ…、と扉が開いた音が耳に入った瞬間、私の顔はそちらを向いていた。しかし、中から出てきたのは二人だけ。黒色の妖精メイドが見当たらない。
「…あと一人はどうしたの?」
「お話してるー」
「幻香さんのこと」
そう言いながら紫色の妖精メイドが扉を閉めると、橙色の妖精メイドが続けた。
「えっとねー、フランドール様が知らない幻香さんのことをいっぱい話してるかなー。何時何処で何をしてたとかー、何を言ってたとかー、そんな小さなことをたくさん」
「楽しそうだった」
「…そう、なの?」
「そうそう!そしたら二人っきりにしてって言われたからさー」
だから出てきた、と言って締めると、二人は扉を背にして待ち始めた。…どうして扉の前で待機してるの?
その疑問は問うこともなく、すぐに答えてくれた。
「終わるまで誰も入れないで、ってフランドール様に言われたからさー。ごめんね?いくらメイド長でも入れられない」
「ごめんなさい」
二人が深々と頭を下げながらそう言った。多分、私が命令しても動かない。そういう意思を感じた。もとより、妹様の命を受けた二人をどうにかするつもりは、今のところないのだけど。
それっきり、お互いに黙って待つこと数十分。その間、私は何度懐中時計に目を降ろしただろうか。時間が流れるのがとにかく遅い。規則正しく動いているはずの秒針さえも、一つ一つが長く感じられた。
「来た」
突然、呟くような言葉を耳にした。その後すぐに、軋むような音と共に扉がゆっくりと開かれていく。
「…ふぅ」
細く開いた扉の向こうから、小さく息を吐く声が聞こえてくる。
「ぃ、行きましょう?…フランドール様」
「…うん」
そして、黒色の妖精メイドの信じられない言葉と、妹様の消え入りそうなほど小さな返事。開け放たれた扉から出てきたのは、間違いなく妹様。一瞬目が合った。が、すぐに逸らされてしまった。
「咲夜」
「何でしょう、妹様」
「大図書館に行ってくる。パチュリーの邪魔はしないから」
「かしこまりました」
「それと、水差されると嫌だから来ないで」
それだけ言うと、三人の妖精メイドを連れて行ってしまった。
…私が頼んだこととはいえ、こんなに簡単にいくとは思っていなかった。だったら最初からこうすればよかったのでは、と考えてしまうほどに。
そのまま私はその場で立ち尽くしていた。妹様の姿が見えなくなるまで、ずっと。そして、見えなくなって少ししてからようやく今するべきことを思い出した。お嬢様に妹様が出てきたことと、大図書館へ決して向かわないことを伝えなくては。