大図書館に数多に立ち並ぶ本棚。その内の一つの上に座り、周りにいる妖精メイドさん達を見渡す。
「えー…。とりあえず、皆さんありがとうございました」
「気にすることないのにー」
「短かったねぇ」
「いやー、早かった早かった」
「そうですね。計画が丸ごと吹き飛んでいきなり最終段階に踏み込んだんですから」
わたしが彼女達を出し抜くために色々考えた手段も一緒に吹き飛んだ。悪いとは言わないけれど、拍子抜けというか消化不良というか…。
やることが終わった安堵からかゆるんだ雰囲気を、軽く手を叩いて正す。
「けど、これでお終いじゃないんですよ」
「あれ、そうだっけ?」
「流石にフランを地下から出しただけで終わるつもりはないです」
隣に座るフランを見ると、頷き返してくれた。これはわたしの口から言うより、フランから言ったほうがいい。
「上げて落とすとか信じられないからね。何とかしたいよ」
「で、どこまで上がったんでしたっけ?」
紅魔館の敷地内は自由で、外へは信用出来る人。そして、今では内外問わず誰かと一緒になった。けれど、その間にもう少し変化があったらしい。
「ここを一人出てもいい。自由にして構わない」
「…大して変わらないと思いますけど」
「むぅ。変わるよ」
妖精メイドさんの同行に何か不具合でもあるだろうか?わたしは特に思い付かないが…。
「何が変わるかは後で聞きますが…。とりあえず、まだもう少し手伝ってくれませんか?」
「分かった」
「けど手伝うって言ってもさー、何すればいいのー?」
「そうですね…。一番簡単なのはフランが譲歩することなんですけど…」
「嫌」
「…ですよねー」
わたし一人で考えてもいいけれど、ちょっと情報不足。フランにとっての不都合が分からないと、具体的なものを考えにくい。
「フラン」
「なぁに?おねーさん」
「どうして妖精メイドさんと一緒でも駄目なんですか?」
「あー、えーっと…。こっち来て」
「え?」
袖を掴まれ、そのまま本棚から落下。一緒になって落ちていく最中に妖精メイドさん達に手振りでそこで待っているように伝え、そのまま奥へ奥へと引っ張られていく。大図書館の隅に到着したところで、ようやく止まってくれた。
「おねーさん、前に言ってたよね?人気のないところに行きたい、って」
「言いましたが…」
「それだよ。だから、知ってる人は少ないほうがいいんでしょ?」
まあ、知っている人は少なければそれに越したことはない。知っている人が多ければ、それだけ情報が伝播する可能性が飛躍的に上がる。一つ伝われば、零した水のように広がっていく。
「けど、それってわたしの家に行く場合だけじゃあ…」
「そのためにも私一人で出られる必要があるの」
「まあ、最終的にはそうですけど。けど、そんな最初の一手で解決出来るほど簡単じゃないですよ」
「むぅ。…そうだけどさぁ」
一瞬頬を膨らませたが、フッと萎ませた。そして、何やら難しい顔をしながらフランは続ける。
「けど、それだけじゃないよ」
「もしそれだけだって言ってたら、わたしは一言言いたいことがあったのですが…。何ですか?」
そのときはもう少し考えてほしい、と言っておきたかった。
「ちょっと、一人になりたかった。外に出たくなかった。考えたかった。ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずぅーっと、考えたかった」
「…何を、ですか?」
前言撤回しよう。…それにしても、一人に、か。わたしがしたことは、邪魔だったのだろうか?
そんなことをポツリと片隅に考えていても、フランは気にすることなくわたしの問いに答える。
「破壊衝動がなくなったこと。…ううん、本当はなくなったとは違うんだけど」
「知ってます」
「それで、なくなったのはいいけど…。それでよかったのかなぁ、って」
小さな声で言ったその言葉は、もしもの話。
「本当は、私が一生付き合うはずだった。どうにかして付き合い方を見出して、折り合いをつけて、共存する方法を探るはずだった。それが、私が本来歩むべき未来」
もしも、わたしがフランの破壊衝動を奪わなかったら?そうなれば、フランが言うような未来を歩んだだろう。前にレミリアさんが言っていた、後五百年程度地下に幽閉していればなっていただろう未来。
「それをおねーさんが肩代わりしちゃった。それで、私は破壊衝動を失った。心にポッカリ穴が開いちゃった気分。いつもあるはずのものが突然なくなっちゃった感じ。多分、私は嬉しかったけど悲しかったんだよ。いつも傍にあった。それが普通だった。けど、なくなっちゃった」
「言い方は悪いですが、わたしだってしたくてしたわけじゃない」
「知ってる。けど、いいんだよ。私が救われたことに変わりないんだから」
そう言うと、フランはわたしに微笑んだ。けれど、その微笑は僅かに哀愁を帯びたもの。
「だから、私はこれでよかったって思うんだ。おねーさんがいっぱい傷付いたことは本当に辛かったけれど、それでもよかったって。たとえ誰かに間違ってるって言われても、私だけは正しいって思えるから」
「そうですか。…もう考えはまとまってるんですね」
「一応ね。もしかして、こうして地下から出したことが迷惑だったんじゃないか、って考えてたの?…そんなことないよ」
…どうやら、本当に分かりやすいらしい。もうちょっと気を引き締めたほうがいいかなぁ…。
そう思いながら顔を撫でていると、フランは妖精メイドさん達が待っているところへと歩き出した。
「お話はこれだけ。さ、戻ろ?」
「あ、ちょっと待ってください」
「え、何?」
手を掴み、その手に水晶を渡した。最後の護符。
「何これ?」
「わたしの家に行くために必要なものです。生憎、今日は雨が降っているので行けませんが…」
「そっか、分かった。…大切にするねっ」
そう言った通り、水晶の護符を大切そうに握り締めた。
◆
「…で、妖精メイドには『フランのことを気にかけてほしい』と頼んだのね」
「とりあえずはそれで十分ですよ。雨が降ってる間は紅魔館から外に出ること出来ませんし」
特に問題がないなら、そのまま制限だって緩和、解消されていくはずだから、それで十分だろう。というより、本棚の上で妖精メイドさん達と楽しそうに談笑しているフランがそんな放心状態になるとは思えない。…まあ、一度起きたから警戒するのは分かるけど。
「貴女の話を聞いて、ようやく分かったわ。どうしてフランが外に出ようとしなかった理由」
「そうですね。大した理由じゃなくてよかったです」
「少し考えが先走っちゃっていたけれど、それはしょうがないわね」
そう言われると、たまに考えが先へ先へと飛んでいるときもあったことを思い出す。特に永夜異変のときとか。
「それにしても、彼女の座標移動は非常に興味深いわ。けれど、月へ行くために使うには時間がちょっと足りなそうね」
「そうですか…。大ちゃんには言ったんですか?」
「伝えたわ。けれど、もう少し付き合ってくれるって言ってくれたの」
「へぇ…」
何の効果があるか分からない二つの魔法陣を交互に移動している大ちゃんを見ながら、健気だなと考えていると、大ちゃんと目が合った。…あ、手を振ってくれた。わたしも振り返す。
「それで、今は三段構成で筒状のロケットにすることにしたわ」
「何故三段構成に?」
「咲夜が外の世界の情報を持ってきてくれたのよ。そこに書かれてたわ」
「外、かぁ。何処からそんな情報を得たんだか」
「あら、この大図書館の蔵書の一部も外の世界から幻想入りされたものよ?」
「そうだったんですか?」
「まあ、こんなに新しいものじゃないけれど」
そう言いながら薄い冊子を見せてくれた。この斜めに描かれた細長いものがその三段構成のロケットなのだろう。
「けれど、それだけじゃ足りない。これから作る三段構成の筒状ロケットは飽くまで容れ物。咲夜にも頼んだけれど、三段の筒状の魔力。恐らくこれが推進力として必要になるわ。何か画期的なものはないかしら?」
「推進力かぁ…。あ、そうだ。水が蒸発すると約千七百倍になるそうですよ。一気に膨張するから、それを利用すればいい推進力になると思いますが」
「それは普通の燃料よ」
「…え、そうなんですか?」
「知らなかったのね…」
知らなかった…。燃料を使って飛ぶってことは知ってたけれど、その燃料をどうやって使うかなんて考えたこともなかった。そっか。燃料の体積変化を利用するんだ。
「三段の筒、ねぇ…。あー、駄目だ。全く思い付かない…」
「そうよね。貴女は飽くまで常識外れ。こうして制約が入ると途端に考えが滞る」
「分かってますよ、そんなこと。ルールはギリギリを狙うか、外れたことを相手に悟らせないのがわたしだ」
自分が邪道を好んで選択していることくらい分かってる。それが周りと思考のズレを起こしていることも。けど、そんな普通な発想はパチュリーでも考えられる。だから、わたしは外れたものを考えてきた。けれど、こうして必要なものが分かり、狭まれると外れたものは使えない場合が多い。
「とりあえず、三つなものを挙げてけばいいんじゃないですか?上中下、気体液体固体、支点力点作用点、三竦み、蛞蝓蛙蛇…」
「そうね。けど、どれもパッとしないのよ」
「ですよねー…」
わたしにどうにか出来る範囲はここまでかもしれないなぁ。…はぁ。