東方幻影人   作:藍薔薇

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第178話

「うわ、何この桶…」

「ロケットよ」

 

朝起きてから廊下の窓から未だに降り続いている雨にちょっと肩を落としながら大図書館へ行ってみると、そこには大きな桶のようなもの、もとい作り途中のロケットの一段目があった。いや、まあロケットを大図書館に作るとは聞いていたけれど、そのときはあの冊子のような白銀色の細長いものを作るのかと考えていたものだから、こんな木組みのものになるとは思っていなかったのだ。

ちなみに、夜は妖精メイドさん達が寝る部屋を借りることになった。最初は大図書館で寝ようと思ったのだが、夜通しで作業をするからかなりうるさくなるだろうから止めておいたほうがいいと言われたから。寝る場所が変わることに対しては特に問題はなかったが、普通に夜になってから起きる妖精メイドさんがいることに驚いた。…いや、それがあるべき姿なんだろうけど。

 

「…これ、何人乗るつもりなんですか?」

「そうねぇ…。とりあえず四人程度かしら」

「えーっと、まずレミリアさんと咲夜さん。パチュリーは?」

「私は見送るつもり。ここを空っぽにするつもりはないわ」

「美鈴さんとフランがいればどうにかなりそうな気もしますが…」

「念には念に、よ」

 

まあ、この紅魔館へ入るためには必ず門を通らなくてはならない、というわけではないのだから、そう考えるのが普通か。

 

「他に誰が乗るんでしょうか?」

「まだ決まってないわ。ま、三段の筒に必要な人がいれば、その人が乗るでしょうね」

「あー…。あ、そうだ。魔理沙さんとか乗り込みそうじゃないですか?」

「それはそれで好都合ね。いざとなったら代わりになるかもしれないから」

「ブレイジングスター?」

「そう。スパークって」

 

確かに、あのミニ八卦炉はやろうと思えば山火事を引き起こせるらしい。そんな馬鹿にならない道具をちゃんと使えば、多少の問題はゴリ押しで解決出来る気がする。その役はわたしでも代用可能かもしれないが、準備が面倒くさい。手間がかかるし時間もかかる。その点、魔理沙さんはミニ八卦炉一個で手間いらず。比べるまでもない。

寝る前と起きてからここに来るまでの間に、三段の筒について考えてみた。けれど、そう簡単には出て来ないらしく、しっくりと来るものは一向に浮かばない。もしかしたら、わたしの知らない情報なのかもしれない。もしそうならば、ちょっとお手上げだ。

ならば、その代わりに何か別のことを手伝えばいい。何もせずに報酬を受け取るのはちょっと気が引けるし、このまま何も成さずにいるのはわたしも嫌だ。そう考え、何かやれることはないかと探していると、パチュリーの後ろから一人の妖精メイドさんが飛んできた。

 

「パチュリー様ぁっ!」

「ひゃっ!…何かあったの?」

「ありますよぉ!材料がとても足りません!」

「材料?…このままだとどの辺りで作業が止まりそう?出来るだけ詳しく教えてちょうだい」

「外壁だけでも一段目を組み立て終えるのに僅かに足りないかと…」

「ふむ…。作業してる妖精メイドの半分は外へ材料を採りに行ってもらえるかしら?」

「了解しました!」

 

…外、雨降ってるんだけど。大丈夫かなぁ?まあ、大ちゃん曰く、水の妖精もいるらしいので、今降っている雨程度ではさして問題ない妖精もいるだろうから大丈夫か。

 

「材料って何ですか?」

「主は木ね。一部は金属を使って補強するつもりよ。あと、必要な魔法陣を後で付け足すわ」

「ふぅん。じゃあ、わざわざ採りに行く必要なんてないじゃないですか」

 

作りかけのロケット、未使用の材木、本棚…。そこら中に木ならあるじゃないか。

手始めに作りかけのロケットを凝視しつつ空間把握を併用。一つ一つの材木の形状を把握。そして、その一つ一つを順番に複製していく。ゴトゴトと現れる材木に驚いている妖精メイドさんがいっぱいいるけれど、その材木が落下し倒れる範囲に妖精メイドさんがいないことは既に確認済み。

 

「…貴女」

「それじゃ、ちょっと行ってきますね」

 

パチュリーに軽く手を振りながら慌てふためいている妖精メイドさんのところへ歩いて行く。

 

「訂正報告です。わざわざ採りに行く必要はないですよ」

「あっ、幻香さん」

「とりあえず、今ある材木を出来るだけ持ってきてください。わたしが増やしますから。あ、ロケットの周りに転がってるのはそのまま使って構いません」

「よし分かった!それじゃ持って来る!」

 

外へ行くつもりだった妖精メイドさん達が、一斉に大図書館から出て行く。

 

「よぉーし、組み立てるよぉー」

『『『『『おぉーっ!』』』』』

 

そして、残った妖精メイドさん達は組み立てを再開した。その内の一人――さっきパチュリーに飛んで来た子だ――は、わたしの隣で他の皆の作業を見ていた。

 

「いいんですか?」

「よくないですよぉ。けど、幻香さんに創ってほしいものがあるから!」

「へぇ。どんなの?」

「これから伝えます!」

 

そう言って、次々と必要な材木の形状をつらつらと続けていく。その内容は三辺の長さだけだったり、かなり大きな円形だったり、かなり複雑な形状を要求してきたりしたけれど、とりあえず、今この場にある木で出来そうなものを部分複製と部分回収を駆使して創っていく。

 

「持って来たー!めちゃ重!」

「くはー、つっかれたー」

「…きゅー」

「皆さん、ありがとうございます。これからたくさん創りますから、創ったものから使ってください」

 

少し首を上げないと向こう側が見えない程度に積み上がった材木の山。特に目立つのが、その山の中にある、一際大きな木の塊。その山の一角に触れ、その隣に山ごと複製。多分出来るはずなんだけど…。うん、問題なさそう。

これだけの量を運んで疲れているだろうに、一部のまだ動ける妖精メイドさんがわたしの創った材木を次々と持っていき、組み立てに混じっていく。さて、わたしもどんどん創らないと。あの木の塊と使えば、さっきは大きさの関係で出来なかったものを創ることが出来る。

わたしはまだそのロケットがどのような構造になるか知らず、どの程度材木を創ればいいのか分からなかったので、とにかくたくさん創っていく。それに加えて、さっきとは別の複雑な形状のものを要求され、それもちゃんと使えるか見てもらいながら創っていく。生産と消費では、圧倒的に生産のほうが早く、いくつか新たな材木の山が積み上がっていった。

 

「幻香さん!ありがとうございます!」

「わたしに出来ることをしただけだよ。あのまま何もせずにいるのは嫌だった、から、ね…」

「え?ちょっ!ま、幻香さんっ!?」

 

そして、わたしに残された妖力は僅かとなった。頭が痛い。意識に薄っすらと霧がかかったようで、体に力が入らない。フラリと傾いた体が、何かに支えられる。…ああ、妖精メイドさんか。

 

「あはは、大丈夫大丈夫。まだ創れるから」

「…もう大丈夫ですよぉ。幻香さんは休んでください」

「え、そう?それじゃあ組み立てに」

「お願いですから休んでくださいっ!」

 

ふらつく脚をロケットのほうへ出そうとしたところで、その反対側へと引っ張られていく。…大丈夫だよ。緋々色金一つ回収すればどうにかなるから。

そう思っていると、長椅子に横にされてしまった。しかも、パチュリーの前に。

 

「はぁ…。貴女ねぇ…」

「すぐ戻りますよ。一つ回収すれば」

「幻香」

「ハイ」

 

頭を押さえていたパチュリーの声色が急激に変貌した。雰囲気も一気に重くなる。けれど表情は笑顔のまま。そんなパチュリーに名前を呼ばれ、上ずったような変な声が出てしまう。

 

「そこで、横に、なりなさい」

「ハイ」

「それと、回収はしなくていいわ」

「へ?」

 

間抜けな声を出している間に、パチュリーは何と書かれているのかサッパリ分からない魔導書を開いた。パチュリーにしては珍しく栞まで挟んでいる。よく見るページなのだろうか?

 

「――――――――――」

 

瞬間、音が大図書館中に響く。わたしは、その音がパチュリーから出ていると最初は気付けなかった。とても人が出しているとは思えないような、不思議な声ならざる音。その音に呼応するようにわたしの周囲が淡く光り出す。…何が起きているのか分からない。けれど、少しだけ楽になっていくような…?

その不思議な光と軽くなっていく体、そして妖力枯渇寸前という倦怠感からさっき目覚めたばかりだというのに瞼が重くなっていく。睡魔がわたしを襲う。

そして、わたしはそのまま抵抗することなく眠りに就いてしまった。

 


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