頬が少し痛い…。誰?わたしの睡眠を邪魔するのは?もうちょっと寝かせてください…。
「ほら、起きなさい」
「あといちじかん…」
「それだと約束した時間に間に合わないわよ」
誰かがわたしに何か言っているような気がする。適当に返事をしておく。この眠気に逆らう気にはなれない。さて、おやすみなさーい…。
「しょうがないわねえ…。『フラッシュオブスプリング』」
「ぶぎゃあ!」
突然、わたしは布団ごと吹っ飛んだ。ついでに眠気も吹っ飛んだ。いや、洒落を言っているわけじゃなくて本当に吹き飛ばされた。そして、そのまま床に落下。ちょうどよく布団がクッションの代わりになってくれたのであまり痛くなかった。
「目、覚めたかしら?」
「ええ…もうパッチリですよ…。次はもっと優しく起こしてください…」
「優しくやって起きないからよ」
なんと。全く気がつかな――ん?そんなこともあったような?まあいいか。
目が覚めて少し経ったからか、お腹空いてきた。昼食を抜いたことが悪かったかな…。
「あの、何か食べられるものは…?」
「あるわよ。ほら」
そう言って出された皿には、親指の爪くらいの大きさで薄っぺらい小麦色のものがたっぷりと入っていた。右隣の白い陶器の中には牛乳が入っているようだ。左隣にはイチゴ、バナナ、リンゴ、ブルーベリーなどの果物が置いてある。
知らない食物があると、ちょっと不安になる。とりあえず、小麦色のものを指差して聞いてみる。
「これ、何ですか?」
「シリアルよ」
「しりある…?」
「穀物を加工したものよ」
なんと、穀物からこんなものが出来るとは。とりあえず皿の前に置かれていたスプーンを掴み、シリアルと呼ばれたものを食べようとすると、何故か止められた。
「待って。そこにあるミルクをかけて食べるものよ」
「へえ、そうなんですか」
飲み物だと思っていた牛乳をかけて食べるものとは。言われた通り、牛乳をかける。うーん、意外と美味しそう。
「いただきます」
「そこにある果物も合わせて食べるといいわよ」
◆
ふう…、美味しかった。時間を聞いてみると、約束の時間まであと三十分。体を軽く伸ばしながら、大図書館から玄関までのルートを思い出す。うん、ちゃんと覚えてる。多分。
よし、体は少し温まった。空腹感も眠気も既にない。わたしはパチュリーのほうを向く。
「それじゃあ、いってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
大図書館の扉を力いっぱい押す。来たときは動かなかったけれど、今回は何とか開くことが出来た。扉が閉まる前に、パチュリーのほうを向いて手を振った。閉まる直前に、手を振りかえしてくれたのが見えた。
そういえば、大図書館の近くの部屋に五人の妖精達が泊まっているはずだ。帰っていなければだけど。一応確認しておこうかな。
近くにある扉を片っ端から開く。一つ目は関係ない部屋――なんか壺や花瓶などが乱雑に置かれていた。多分物置だと思う――だったが、二つ目にチルノちゃんと大ちゃん、三つ目にサニーちゃんとスターちゃんがぐっすりと眠っていた。その後、七つくらい開けたけれど、ルナちゃんは見つからなかった。帰っちゃったのかな?
とりあえず、ルナちゃんのことは置いといて玄関を目指す。軽く走っていけば余裕を持って間に合うだろう。正直、わたしは飛んで移動するよりも走って移動したほうが速い。飛んで移動するのって疲れるしね。だけど、スペルカード戦は基本的に空中戦。飛ぶことにも慣れないといけないなあ…。
大体五分くらい走った頃、視界に人影が見えた。その人影は、そっと扉を開けているようだ。誰だろ?
「……うーん…、ここにもいないかあ…」
「あ、ルナちゃんじゃん」
「うひゃあっ!」
そんなに驚かないでよ…。ちょっと傷つくから。まあ、どうやら帰ったわけではないようだ。だけど、もう日付が変わろうとしている頃だ。サニーちゃんとスターちゃんは寝ていることだし、ルナちゃんも寝たほうがいいだろう。
「子供はもう寝る時間だから部屋に戻ったら?」
「…私は、吸血鬼に会いに来たんです。だから――」
「じゃあ、会いに行こうか。今から」
「――え?」
おお、ちょうどよく目的が一致している。呆然としているルナちゃんの手を掴んで飛び上がる。走ると相手への負荷が大きそうだからね。あと、走るとルナちゃん転んじゃいそうだし。
「うわっ!うわわっ!」
「これからその吸血鬼とスペルカード戦するんだー」
「えっ!?そ、そうなの?」
ルナちゃんがわたしに並走するように飛行体勢に入ったので、手を離す。
「そうだよ。だからちょっとくらいならお話し出来るんじゃない?」
「ほ、本当に会えるんだ…」
軽く横を見ると、顔を軽く紅潮させていた。そう言えば、なんで吸血鬼に会いたいなんて考えたんだろう?まあ、今はいいや。
「ちょっと急ごうかな。早く会いたいでしょう?」
「うん!」
ルナちゃんが付いてこれる速度を見極めるために、少しずつ加速していく。うん、この速度がギリギリかな。
◆
玄関を扉を開けて庭に出る。風が少し強い。すると、私が開けた扉と門のちょうど真ん中あたりにフランさんが座っていた。
「こんばんは、フランさん」
「あっ!おねーさん!…と、誰?」
「彼女は貴女に会いたいと言っていた子ですから、優しくしてくださいね。ほら、挨拶挨拶」
「あっ!あのっ、ルナ・チャイルド、です。こ…こんばんは」
「ふーん、こんばんは。私はフランドール・スカーレットっていうの」
とりあえず、挨拶は済ませた。余裕を持って行動したつもりだけど、時間には間に合ったかな?
そんなことを考えていたら、フランさんがポケットから金色の懐中時計を取り出した。
「うーんと、十一時四十五分くらいか。ちょっと早いけど、始める?」
「そうですね。やりましょうか」
「が、頑張って。幻香さん」
「うん。…ごめんね、お話し出来るのはもうちょっと後になりそう」
「あ、大丈夫です」
「それならよかった。まあ、とりあえず危ないから離れててね」
そう言うと、紅魔館のほうへ飛んでいき、扉の前に座った。うん、あの距離なら危険はないだろう。
周りを軽く見渡す。この庭はかなり広い。紅魔館の庭の向こう側には樹木が生い茂っている。一応『大きいものを創って振り下ろすやつ』は使えそうだ。
フランさんのほうに向き直ると、フランさんは懐中時計をポケットに仕舞ってからわたしを見て微笑んだ。
「私、すっごく楽しみにしてたんだ!おねーさんとスペルカード戦をするの!」
「そうですか。それは嬉しいですねえ」
「この前来た魔理沙って言う魔法使いと遊んだ時も楽しかったから、おねーさんも楽しませてくれるよね?」
「…ええ、楽しみましょうか。一緒に」
……わたし実はその魔法使いより弱いんですよね。…大丈夫かなあ?「つまんないっ!」とか言われてまた右腕爆発とかやだよ?まあ、外出許可が出ているってことはそんなことない、と信じたい。
そんなことを考えていたら、懐中時計が仕舞ってあるポケットとは別のところから何かを取り出した。
「今からこれを上に投げるから、これが地面に落ちたら開始ね」
「分かりました」
よく目を凝らしてみると、何かの金属片のようだ。地面は石を削ったと思われるものなので、とても良い音が響くだろう。
フランさんが腕を振り上げ、金属片を投げた。かなり高い位置まで上がっていき、月明かりを受けてキラリと光った。
そのまま上昇を続けるが、やがて失速し、落下し始めた。意識を金属片からフランさんに向ける。瞬間、世界から音が消えたように感じる――ルナちゃんの能力ではない――。少し騒がしかった葉擦れが聞こえなくなり、あと少しで響くだろう金属音を待つ。
待つこと数瞬、キンという音が鼓膜に響いた。