東方幻影人   作:藍薔薇

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第181話

こうして数多の魔法陣が次々と描かれているわけだけど、わたしには法則性が見出せない。最初に円を描くことが多いのだが、その円も必須というわけではないらしい。この前作ってもらった霧を噴出するものがその一例。

そんなどうでもいいことを考えながら話しかける時期を探っていると、パチュリーの手が止まった。…よし、ここだ。

 

「パチュリー、調子はどうですか?」

「ん…。あら、もう目を覚ましたのね」

「ええ、どのくらい寝てたかは知りませんが…。分かりますか?」

「そうねぇ…。八時間、といったところかしら」

 

妖精メイドさん達に混じってロケット製作の作業の手伝いを三十分程度していたけど、圧倒的に眠っている時間のほうが長い。いいのだろうか、こんな調子で。

 

「そんな長い時間机に噛り付いてたんですか?」

「そうでもないわよ?最初はフランと話してたから」

「フランと?」

「ええ。貴女が起きる前に帰ったけど」

 

軽く周りを見渡してもフランの姿が見当たらないと思ったら、もう地下に帰っちゃったのか。…ちょっと残念。

 

「どんなことを話したんですか?ちょっと気になります」

「魔法陣のこととレミィの愚痴が大半。あと、一つ引っ掛かることを問い掛けられたわね」

「引っ掛かること…」

「そう。『私をどう思ってる?』ですって。わたしは努力していることを褒めたけれど…。幻香、貴女ならどう答えたかしら?」

「どう、って言われましても…。そうですね…、いいところも悪いところもどうでもいいところも全部ひっくるめて友達ですよ。フランはフランですから」

 

そして、彼女のためにもわたしは生き続けることにしたんだ。たとえ、それが醜悪で見るに堪えないものだとしても。わたしなんかが代わりになんてなるわけないってことくらい分かってる。それでも、身勝手でも、自己満足でも、そうすることにした。もう、彼女には出来ないことだから。…ま、仮に消えてしまってもそれはそれで構わないのだけど。

 

「…もののついでだけど、私はどう思ってるかしら?」

「頼りっぱなしで悪いと思ってます。けれど、それだけ頼れる人。わたしにはもったいないくらい、いい友達ですよ」

「ありがと。褒めても何も出ないけど」

「その言葉だけでわたしは十分です」

 

何か出してくれると言ってくれたなら、わたしに何かやれることを出してほしい。まあ、これは後で訊くから今はいいけど。

 

「…その調子なら問題なさそうね」

「…?何かありましたっけ?」

 

問題、と言われて咄嗟に思い付くものは特にない。首を傾げていると、パチュリーの口からため息が漏れた。そして、呆れ顔で問題を教えてくれた。

 

「忘れたの?貴女、妖力枯渇寸前だったのよ?」

「あー、そう言われればそんなこともありましたねぇ」

「…軽いわね。生命の危機だっていうのに」

「首元にそれを回避出来るものがぶら下がってるもので」

 

五つもあれば、多少のことでは問題ないだろうし。今のわたしを流れる妖力量は…、大体四割ちょっと。不調は特にない。

さて、パチュリーが魔法陣を描くのを休んでもらうために訊きたいことは考えてある。そろそろ切り出しますか。

 

「ところでパチュリー。わたし、少し気になっていることがあるんですよ」

「さっきまでの話に何か疑問でもあった?」

「いえ、全く。わたしが気になったのは、妖術と魔術の違いです」

 

そう言うと、パチュリーの顔が何とも言い難い微妙な感じになった。

 

「…難しいことを訊くわね」

「いえ、わたしの友達の妹紅って人が言ってたんですよ。『妖力による超常現象と魔力による超常現象では結果が同じでも工程がまるで違う』って。その人は、妖術はイメージで魔術は数式とも言ってましたが」

「そうね。私も概ね同じ意見よ」

「じゃあ、何か違うところがあるんですね?」

「違う、というより深いかしら…。けれど、飽くまで私は魔法使い。魔術はいいけれど、妖術はちょっと微妙なところよ。間違っているところもあると思う。それでも構わないかしら?」

「構いません」

 

わたしは知りたいのだ。それに、こうして喋ってもらわないとパチュリーが魔法陣を再び描き出してしまいかねない。

 

「まず、魔術はその人が言う通り、数式と言って構わないわ。『1+1=2』になるように、魔力、詠唱、環境、その他諸々。全てが一致すれば、必ず同じ結果が現れる。これが魔術よ」

「わたしが精霊魔法を全然出来ないのは?」

「…精霊との対話が成立してないからじゃないかしら。魔力、というより妖力も十二分。詠唱も稚拙ながらも出来ているのだから」

「つまり、そこが才能ってやつですか…」

 

悔しい。これでも思い出した時にはブツブツ呟いてるんだぞー。…こんな不定期にブツブツ呟く人の言うことなんか聞きたくないとでも思われているのだろうか。

 

「それに対して妖術は、なるべくしてなるものよ」

「…なるべくして、なる?」

「そう。出来るから出来る。そこに理屈はないわ。私達から見れば、羨ましい限りよ」

「あの、ちょっとよく分からないんですが…」

「そう?じゃあ、貴女を例えに出してみましょう。『ものを複製する程度の能力』。それはどうやったら出来るのかしら?」

「いや、妖力を固形化して――」

「それは、他の誰かに出来るかしら」

 

わたしの説明をぶった切って訊かれたことに、わたしは沈黙する。不思議、おかしい、有り得ない。他の人から言われる言葉。他の誰も出来たと言う人はいない。

 

「…ごめんなさい。けれど、これが妖術よ。完全に個人の才能によって決められる能力。出来ることは容易く出来るし、出来ないことはどう足掻いても出来ない」

「わたしがこれまで編み出した能力の応用。あれらの全てが、最初から出来ると決められていたって言うんですか…?」

「いいえ。いくら才能があっても、使い方を誤れば結果として出ない。それらは貴女の努力の結果だと思う」

 

そう言われ、少しだけホッとした。これまでの発想と努力が無駄だと言われなかったから。

 

「それに、才能がないからといっても、必ずしも出来ないとは言わない。血の滲むような努力の末、得られるものもある。けれど、やっぱりこれも適性があるわね。朝顔の種から向日葵は咲かないように。これを隠れた才能だ、と言われても言い訳はしないわ」

 

つまり、妖怪退治を生業としていたときの妹紅は炎の妖術を得ようと努力し、知ってか知らずかそれに対して適性があったということなのだろう。

 

「最後に、魔術と妖術の決定的違いがある。それは過程の有無。例えるなら、魔術は『火打石と燃やすものを準備して焚き火を作る』。妖術は『問答無用で炎を作る』。同じ炎を出すでも違うのよ」

「その例えだと、魔法陣は油ってところでしょうか?」

「そうかもしれないわね」

 

納得した。…したのだけど、引っ掛かるところもある。わたしがどうしても出来なかったこと。わたし自身の複製。それを、自分自身を形として見る程度の発想の転換で出来てしまうだろうか。実際出来たのだからそれでもいいのだけど、何か他にある気がする。気のせいかもしれないが。

 

「…ふぅ。長くなっちゃったかしら?」

「いえ、全く。よく分かりましたよ。ありがとうございます」

 

まあ、そんなことを気にする必要はないか。ちょっと考えて理由が出て来ないなら、それは後回しにしたほうがいい。そのまま考え続けても出て来ないことのほうが圧倒的に多いから。

 

「こうして分かりやすく教えてくれたんですから、お礼と言っては何ですが、何かわたしに出来ることはないですか?」

「そんなこと気にしなくてもいいのに…。けど、助かるわ。これから魔法陣を作るのだけど、それを十七個複製してほしい」

「それはいいですが、十七個ですか?これはまた随分と微妙な数ですね…」

 

キリよく二十個でいいんじゃないかな?

 

「そうね。けど、この数が一番いいと思ってる。だからいいのよ」

 

そう言うとどこからか金属を取り出し、大量に散らばっている紙の中から一枚を抜き取った。

 

「準備が整うまでは休んでいて構わないわ。好きな本でも読んで待ってなさい」

「好きな本ですか…。何かいいのあるかなぁ」

 

そう言われても、すぐには思い付かない。ま、本棚を回っていれば何かいい本に巡り合えるでしょう。

 


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