この前ここに来た咲夜が言っていたけれど、今日はあの月へ飛んで行くロケットが完成したことを知らしめるためのパーティーをするらしい。そして、その披露宴に乱入しないようにと釘を刺された。…誰が行くかっての。
おねーさんが言っていた通り、問題ない様を見せてきたつもりなのだが、まだこれといった成果は得られない。まあ、一週間や二週間でどうにかなるとも思っていないみたい。おねーさんの予想というより勘だと『何か変化が起こるまでに二ヶ月くらいは必要じゃないかな?』と言っていた。…気の長い話になりそうだ。
「あぁー、暇ー…」
やることがない。今日が過ぎさえすれば、ここを出ることも問題ない。それは分かっているのだけど、やっぱりやることがない。…スペルカードでも考えようかなぁ。
とりあえずレーヴァテインでも取り出してみようかなぁ…、なんて思ったときに、突然扉が開いた。一体誰がと思ったら、正直見たくもない人の姿があった。この館の主、私のお姉様であるレミリア・スカーレット。
「フラン」
「…何よ」
その恰好は、やっぱり普段着ではないようだ。これからパーティーがあるってことが嫌でも分かる。
「分かっていると思うけれど、パーティー会場に来ないように」
「行かないよ。そんなに行かせたくないんだったらその辺に縛り付ければ?」
「…しないわよ」
表情を暗くしながらそう呟いた。そして、私を見ながら部屋から出て行き、ゆっくりと扉を閉めようとした。
そのとき、扉のさらに向こう側からドタバタという足音が近付いてくるのが聞こえてきた。
「あっ!ちょっと!」
「フランドール様ぁ!」
その僅かな隙間をお姉様の言葉も無視して駆け抜けた一人の橙色の妖精メイドが現れ、ハァハァと肩で息をしつつも、私に思ってもみなかった発言をした。
「あのっ!私達とパーティーしませんかっ!?」
◆
やって来たのは大図書館。一部の妖精メイドはここにあるロケットの見張りをすることになっているらしい。けれど、ただ見張りするなんてつまらない。なら、見張りのついでに『ロケット製作頑張ったねお疲れ様パーティー』をしよう、という話が持ち上がったそうだ。どうせ、お姉様主催のロケット披露宴の料理を作るのだから、余分に作ってこっちに持っていこうとも。
最初は、どうすればいいのか迷った。ここで言われた通り待機して、お姉様の言うことちゃんと聞いていますよー、ってことを見せつけるほうがいいのか。それとも、妖精メイド達のパーティーに参加して、私だってこうして普通な活動が出来るんだよー、ってことを見せつけるほうがいいのか。
しかし、その答えを出す前にお姉様が溜め息と共に許可を出した。『ただし、大図書館からここに戻るときはちゃんと誰かと一緒に戻るように』と今までと変わらないことをわざわざ言われたが。
ロケットの周りには、急ごしらえで作ったような模様がかなり雑なカーペットが敷かれ、妖精メイド達がところどころに料理が盛られた皿を置いて回っていた。
「…あ」
そして、普段はパチュリーが座っているロッキングチェアにおねーさんが眠っていた。その寝顔はとても安らかで、…ちょっとだけ不安になった。
「…大丈夫なの?」
「うん。疲れたから少しだけ寝るんだって」
「ロケットが完成したのはもう前の話でしょ?」
「そうじゃなくて、パーティーの料理を私達と一緒に作ったの。一人で十人分、いや二十人分くらいは調理してねぇ…」
そんなことしてたんだ。けど、おねーさんの料理って、そんなパーティーに出せるような代物じゃなかったような…?しかし、ここに置かれている料理はとても美味しそうに見える。
おねーさんを起こしてもいいのか訊ねようとしたら、既に料理を並べ終えた妖精メイド達が私に手を振ってきた。
「あ、フランドール様ー!一緒に食べましょうよー!」
「たくさんありますから!どんどん食べましょう!飲みましょう!」
「さ、行きましょう!フランドール様!」
「え、ちょっと…」
手を引かれるまま、カーペットに座らされる。そして、次々と手渡される皿、箸、スプーン、ナイフ、フォーク、ワイングラス、ワインボトル…。
「さ!皆ぁ!おっ疲れ様あぁーっ!」
沸き上がる歓声。料理に手を出す者もいれば、ワインを口にする者もいる。机がああだ本棚がこうだとロケット製作について話す者もいれば、急に踊り出す者もいた。
「…ねぇ」
「何?」
ちょうどよく近くにいた紫色の妖精メイドが料理を皿に移し終えたところで話しかけた。
「おねーさんは起こさないの?」
「起きるまで待ったほうがいい」
「…何かあったの?調理以外で」
「訓練」
「どんな?」
「相手の視界を認識する訓練」
…視界?その訓練がどう役に立つのか、私には思い付かない。だって、おねーさんは前から視界、特に視線にかなり敏感だ。眼の動きから攻撃する場所を予測出来る程度には。
「それだけ?」
「それだけ」
それだけで疲労するとは思えないんだけどなぁ…。まあ、他にも何かやっていたんだと思う。この妖精メイドが知らないところで、何か別のことをやっていてもおかしくない。だっておねーさんだから。
話が終わったことを察したようで、料理を口にし始めた。それを見ていると、私もここに置かれている料理を食べてみたくなる。おねーさんには悪いけれど、私も食べちゃおうかな。
鶏の唐揚げをいくつか皿に移してから、ワインボトルのコルクに小指を突き刺して無理矢理引き抜く。ワイングラスに注いでみると、かなり若い白ワインだった。赤ワインのほうが好みに合うんだけど、どこかにないかなぁ?
「ん…。あ、もう始まってたんですか」
「あ、おねーさん」
妖精メイドが持っているワイングラスから赤ワインを探そうとしたところで、おねーさんが目覚めた。大きく伸びをしてからゆっくりと立ち上がり、目を擦りながらこっちに歩いてくるのを見ていると、ちょっとだけホッとした。
「よ、っと。さて、食べますか」
そのまま私の隣に座り、私の持っていた皿と箸を手元に複製してから近くに置かれた料理に手を伸ばした。私もワインを口に含み、味と香りを楽しんでから喉を通す。
「うん、美味し」
「やっぱり美味しいものなんですねぇ」
「ワイン飲まないなんて、おねーさん損してるよ」
「そうかもしれませんが、損を被ってでもわたしは飲みたくないです」
そう言ってからさっき私が話しかけた妖精メイドに一言話すと、一本の瓶を手渡された。そして、瓶の蓋に指を添えた瞬間、ポンッと小気味いい音と共に軽く吹き飛んだ。
「ま、わたしは葡萄を絞っただけので十分ですよ」
「あ、赤い。いいなぁ…」
「あー、赤ワインのほうがいいんですか?それならあっちにありますけど」
「え?本当だ」
ワイングラスに葡萄の果汁を注ぎながら、もう片手で指差した後方を見ると、妖精メイドが赤ワインを注いでいた。…あれ?おねーさんの指差した方向には確かに赤ワインがあったけれど、おねーさんはそっちの方向を一度も向いていないような?うぅむ、訊けば教えてくれるかな?
「あそこに一度も目を向けてなかったじゃん。何で分かったの?」
「香りで。ワインの香りは嫌になるほど嗅ぎましたから」
「…?」
「調理に使うんですよ。ソースとか」
おねーさんの口からそんな言葉が出るなんて思ってなかった…。調理なんて面倒で、食べれるならそれでいいみたいなことを平然と言っていたおねーさんが!…いや、さっき調理していたことは聞いていたけれど。それでもこうしておねーさん本人が言うのを聞くと、また違った驚きを感じる。
「ああ、そうだ。フランに言っておかないといけないことがあったんだ」
「え、なになに?」
「申し訳ないんですけど、わたしは多分月へ飛びます」
「うん、知ってる」
パチュリーもそう言ってたし。どうやって行くかは知らないみたいだったけど。
「それなら話は早い。それで、いつ帰るかも分からないんですよね」
「だろうねー。あ、そうだ。何かお土産欲しいな」
「お土産?正直、実物は奪わないようにしたかったんですが…」
「むぅ…、駄目?」
「…考えておきますね。けど、あんまり期待しないでくださいよ?」
「出来れば綺麗なのがいいなぁ…。こっちにはなさそうなので」
「難易度激上がりなんですが…」
まぁいっか、と付け足したおねーさんは、そんなことを言う割には楽しそうに笑っていた。
その後も、おねーさんと色々な話をし、話しかけてくれた妖精メイドともお話ししながら、たくさんある料理に舌鼓を打ち、ワインを味わう。
そして、料理もワインも大体空になったときには、ほとんどの妖精メイドが横になって寝てしまった。とても気持ちよさそうに寝ていたものだから、起こすのは悪いかな、と思い、私とおねーさんと寝ないで起きていた数人の妖精メイドだけでロケットの見張りをすることにした。
こうして、妖精メイド主催の小さなパーティーは終わりを告げた。