何となくロケットをボーッと眺めていると、横からゴトリと何かが落ちる音がした。本棚から本でも落ちたのかな、と思ったら、おねーさんが次々と薄紫色の得体の知れない何かをボトボトと落としている。片手で持つのにちょうどいい大きさの立方体に近い形の何か。
「何してるの?」
「創造の訓練。ま、こんな単純な形なら一応出来るんですがねぇ…」
そう言いながら、床に落ちているものを拾い、どんどん積み上げていく。しかし、数は十個あるのだが、四つ目を乗せたときにはぐらつき、六つ目を置いたときにはそのまま崩れてしまった。
「けど、完成には程遠い。本当に立方体なら問題なく積み上がるんですけどね。残念ながらこれじゃあまだ歪んでる」
「難しいの?」
「時間かけて頭の中にその形を強くハッキリと思い浮かべれば何とか出来ましたよ。けど、こうしてポンと出すとまだ全然駄目」
十個の物体を手に取って回収してから、おねーさんは静かに目を閉じた。そして待つこと十秒くらい。手元にはしっかりと各辺が直角になっているように見える立方体が一つ現れた。
「ふぅ…。ま、こんな感じですね」
投げ渡された立方体を手に取ってまじまじと見てみるけれど、やっぱり立方体に見える。けれど、十秒もかかるなんてかなり遅いよね…。普段の複製は一瞬でパッと現れているから、ついついそれと比べてしまう。
「もっと細かいと、例えばチェスの駒なんかはとてもじゃないですが出来ませんし、カーペットの色や模様なんかも簡略化されたり歪んだりして悲惨な代物になりますから。ま、色までしっかりと意識すればそれっぽく着色されるようになっただけマシなのかな」
「…もしかして、このカーペットって」
「ええ、わたしの創造です。出来れば複製したかったんですが、その対象はロケットの中ですから」
かなり雑になっちゃいましたけどねー、なんて言いながら軽く笑うおねーさんは、私が持っていた立方体に触れ、すぐに回収した。
「それにしても、ほとんど寝ちゃいましたねぇ…。起きてるのわたし達含めて五人だけですよ」
「見張り役だったのにね」
残りの三人の妖精メイドはロケットの周りをグルグル旋回している。時折ため息を吐いているのは、多分他の妖精メイド達は仕事も忘れてすやすやと眠っているからだと思う。
「けどまあ、起こすのも何となく悪――」
突然言葉を切ったおねーさんが右足を軸に回転し、後ろへ回し蹴りを叩きこんだ。何も音はしなかったけれど、おねーさんの脚が不自然な場所で動きを止めたから、そこに何かがあったのは確か。
「何してるんですか?」
何もない空間に言葉を放つおねーさんだけど、返事はない。…一体、何がそこにあるんだろう?そう思っていたら、おねーさんはおもむろに手を伸ばした。その手は何もないはずのところで止まり、何かを掴んだように見えた。
「…ねえ、サニーちゃん?」
「………バレた?」
「ぅう、い、痛い…」
「やっぱり無謀だったのよ、サニー?」
さっきまで何もなかった空間に、突如三人の妖精が現れた。その中に一人、頭を押さえて涙目になっている妖精は見覚えがある気がする。確か、えーっと…、ルナ・チャイルドだったっけ?
「…って、あれ?もしかして幻香さん…?」
「え?ムムム…。あ、本当だ!」
「それで、何しようとしてたんですか?」
「面白いこと探し!」
「その口元に付いたソースがなければもうちょっと違うこと言えたんですけどね」
「美味しかっだだだ!」
盗み食いをしたことを胸を張って誇らしげに言うサニーと呼ばれた妖精は、おねーさんが頭を掴んでいた手に力を込められたことによって、軽く制裁された。
「あらら、サニーったら…」
「そういう貴女ももうちょっとお酒を飲む量減らしたほうがいいですよ」
「あれ、バレてる?」
誤魔化すように笑った黒髪の妖精の額に人差し指を弾き、おねーさんはため息を吐いた。
「それで、貴女達が見つけた面白いことはあのロケットですか?」
「そう!ちょっと中を覗いてから帰ろっかなぁって!」
「痛たた…。幻香さん、ちょっとだけでいいから見れませんか?」
「無理。窓からなら、って言いたいところだけどキッチリ閉まってるし」
「そこを何とか出来ませんか?」
「無理なものは無理。だって侵入者対策で触れたら燃えちゃうから」
「も、燃えっ!?」
「そ。試してみましょうか?」
そう言うと、おねーさんはロケットに向かって一歩ずつ近付いて行って…!?
「おねーさん!?」
「ああ、大丈夫ですよ。火傷くらい何とかなりますから」
「そういう問題じゃ!」
「あのっ!諦めますからそんなことしなくて大丈夫です!ほらっ、サニー!帰るわよ!」
「え!?あっ、ちょっとスター!首引っ張らないで!締まる締まる!」
「ちょっと待ってぇ…」
そう言うと三人の妖精は大図書館から出て行った。ただし、ルナは一度足が引っ掛かったのか、途中でこけてちゃったけど。そんな三人をちょっと呆れ顔で見送るおねーさんに、わたしは跳び付いた。
「うわっ!…どうしたんですか?」
「あんなことしなくたっていいじゃん…」
「いやぁ、ちょっと試してみたくなって…。怪我するって分かってても針に指を伸ばしたくなる感じ?」
「嘘。違うでしょ…?」
「…なぁんで分かるかなぁ」
困ったような声のおねーさんは、フゥーッと長く息を吐いた。何で分かるのか、って言われても、何となくとしか言えない。けれど、そんな風に言うほど曖昧な感覚ではなく、もっとハッキリとしたもの。
「ねえ、どうして?」
「…『紅』。今は亡き彼女の遺産を試したかったんですよ。腕は生えた。それじゃあ、焼け焦げた皮膚は?…って、ちょっと考えちゃったんです」
軽く言っているけれど、腕が生えた…?いや、それよりも先に気になる単語があった。
「彼女って、誰?」
「貴女…、じゃなくて貴女の破壊衝動。彼女が遺したもので、わたしは傷が治るし、夜目が利くし、『目』が見える。…吸血鬼に、貴女に近付く」
腕が生えるほどの再生能力。夜目が利く。そして『目』が見える。それは、明らかに私の能力。それは、おねーさんにはもうないはずの能力。
「…何で、消えたんじゃなかったの?」
「正確には、溶けた。もう、残りかすって言えるようなものしか残ってない。けど、確かにあるんです」
「大丈夫なの?…また、あんな風になったりとか」
「絶対、とは言いません。けど、ないでしょう。…もう、彼女はいないから。いない、から…」
その言葉はとても悲痛だった。私の背中に手を回し、そのまま肩に顔を乗せて声を殺しながら涙を流すおねーさんは、吹けば消えてしまいそうなほど儚く感じ、私も抱き返した。肩に流れる涙がじんわりと服に浸み、焼けるような痛みを感じるけれど、そんなものはどうでもよかった。
「けど、私はここにいるよ」
「…ええ、そうですね。すみません、恥ずかしいところを見せて」
目元が少し赤くなったおねーさんは、私の背中に回した腕を離してから微笑んだ。
「皆は消えたことを喜んでくれていたのに、わたしは悲しんでいたなんて、とんだ痴れ者ですよ」
「…そう、かもね」
「けど、もういいんです。やっぱり、溜めておくのは辛かったから、こうして吐き出せたのはよかったと思いますよ。…聞かされるほうは堪ったものじゃなかったと思いますけど。…ごめんなさいね、無理矢理聞いてもらって」
「そんなことない。おねーさんのこと、また一つ知れて私は嬉しいよ」
私の中に芽生えた小さな嫉妬。私と似て非なるものを失って悲しむ姿を見ると、ちょっとだけ悔しかった。