東方幻影人   作:藍薔薇

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第187話

『あ、魔理沙。貴女も乗りたければ構わないわよ』

 

レミリアの指示のもと、パチュリーが作った月へ飛ぶためのロケットがあるという大図書館へ行きながら、パーティーの終わり際にパチュリーに言われたことを思い出していた。

 

「忍び込まずに乗れるのはいいんだが、何だかなぁ…」

「いいじゃない、乗れればそれで」

「ま、そうだな」

 

私としては、乗れるならそれで構わない。呼ばれたから、こうして霊夢と一緒にいる。あちらの思惑は知らないが、多少のことは飲んでやってもいいかな、なんて思いながら大図書館の扉を開けた。

 

「それはあっちー!」

「食べ物持って来た!?」

「まだですよぉ…」

「分かってるなら早く――あら、霊夢に魔理沙じゃない。もうちょっと遅くてもよかったのに」

「さ、こちらへどうぞ」

 

そこには、指示を出しているパチュリーと、その指示を受けて忙しそうに飛び回る妖精メイド達。そして、私達の前に現れた咲夜がいた。その咲夜に導かれるまま、私と霊夢は椅子に座ることになった。

 

「忙しそうね」

「ロケット発射前ですからね。パチュリー様にしか出来ない仕事があるのでしょう」

 

周囲を見渡すと、そこら中に妖精メイドが目に入る。本を持って飛んでいる妖精メイド、本棚に本を仕舞っている妖精メイド、何やら大きい鎖と南京錠を持って来た妖精メイド達…。

そうやって周りを見渡していると、ふと気になるところがあった。

 

「ん?…あの赤い線は何なんだ?」

 

ロケットの下に真っ赤な線が描かれている。その太さは、ロケットからはみ出してしまうほど。

 

「ロケットは赤道近くで打ち上げたほうが、エネルギーが少なくて済むそうですから」

「それで描いたのか…。どういう理屈なんだか」

 

咲夜の淹れた紅茶を一口含んでいると、妖精メイドへの指示が一段落ついたのか、コホコホと口元を押さえながらパチュリーが近くの椅子に座った。

 

「なあ、何で乗ってもいいなんて言ったんだ?」

「言わなかったら忍び込まれるって分かってたなら、最初から入れておけばいい。それに、霊夢(ロケットエンジン)に何かあったら、魔理沙が代わりになってくれるでしょう?スパークって」

 

…どうやら、忍び込まれることは最初から読まれていたらしい。なんか悔しいぜ。

 

「こうして乗らせてあげるんだから、馬鹿なことやって墜落なんて許さないわよ?」

「…分かってるよ。ちぇっ」

 

ジットリとした目付きで言われ、何となく直視できずに目を逸らしながら、しぶしぶ了承した。…せざるを得なかった。

忍び込むのと、言われて乗る。どっちも同じだが、後者のほうがパチュリーにとって得が大きい。こうやって交渉に持ち込めるから。どうやら、打算的な理由でもあったらしい。

 

 

 

 

 

 

「…結構広いのね」

「結構な長旅になりますから。往復で半月から一ヶ月くらいかかるそうです」

「ふぅん。このくらい広ければ問題ないわね」

「食料も結構積まれてくな」

 

私の横を通り抜けた妖精メイドの両腕には、相当量の食料が持っていた。その後ろにも、そのまた後ろにも同じように食料を持った妖精メイドがいる。早くに食べないといけないものも少しあるけれど、ほとんどは長期に渡って保存出来るものばかり。

 

「あ、あと月に向かうとドンドン狭くなりますよ。航海の途中で一階から順番に切り離していきますから。最終的に月に着くときには、三階部分だけになります」

「はぁ?」

 

外から見たロケットの三階部分は、見るからに小さかったが…。今の内にどの程度なものか見るべく、梯子を上り二階へ。…一階より狭いが、問題はないだろう。さらに梯子を上って三階を覗くと、そこには六畳より少し広いような気がしないでもない程度の部屋があった。

 

「…おい、ここに全員入るのか?」

「うわ、狭っ」

 

私の後に続いていた霊夢も、私と同じ意見のようだ。やたらと大きなベッドが、その部屋の大半を潰している。このベッド、もう少し小さく出来なかったのか?

 

「ねぇ、全員って私達とアンタ等の四人?」

「いえ、念のためメイド達を三匹ほど連れて行く予定です」

「…何の役に立つんだか」

「よろしく」

 

後ろから突然声が響き、ビクッとしながら振り向くと、そこには紫色の妖精メイドがいた。…三階に上ったときにいたのか、コイツは?そのボーッとした紫色の瞳を見ていると、小さく首を傾げられた。

 

「役に立つ立たないじゃないわ。立たせるのよ」

「…あっそ」

 

他の妖精メイドももしかしたらここにいるのかと思ったら、他に誰も見当たらない。どうやら違ったらしい。

 

「他の妖精メイドは何処なんだ?」

「下にいるわ」

 

梯子にいつまでもくっ付いている霊夢の頭に軽く蹴りを入れてから下へ降りていく。少し睨まれたが、気にせず一階まで降りてみると、青色と黒色の妖精メイドが壁際にいた。二人は何かを楽しそうに話し合っていたようだが、私達たちに気付くとすぐに話を止めてこっちにやって来た。

 

「よろしくー!」

「よ、よろしくお願いしますぅ…」

 

群青色の瞳を爛々と輝かせながら溌溂とした挨拶をする青色の妖精メイドと、赤色の瞳をユラユラと揺らしながらオドオドと挨拶をする黒色の妖精メイド。…まるっきり対照的だな。

そんなことを考えていると、黒色の妖精メイドが霊夢の後ろに隠れてしまった。それと同時に扉が開き、月への侵入の主犯、レミリア・スカーレットが現れた。

 

「お待たせ。早速だけど出発するわよ!」

「おいおい、大図書館から出発するのか?ここって地下だろ?天井は?屋根は?」

「パチェが何とかするわ。そんなことゴチャゴチャ言わなくてもいいでしょう?」

 

そう言うと頭巾を被り、三日月型の机に手をかけながら言った。

 

「後は霊夢が住吉三神を喚べば、もう飛び出せるわ!」

 

 

 

 

 

 

窓から見ていると、さっきの鎖を持った妖精メイドが横切った。そのまま鎖はロケットを縛るように締め付ける。南京錠を持ったパチュリーが上へ行くのが見えたと思ったら、下りるときにはその手は空だった。

準備が終わったらしく、パチュリーは妖精メイド達を共にロケットの周りをグルリと囲み始めた。そして二拝二拍一拝してから、頭を垂れて祈り始める。かと思えば、賽銭をロケットに投げつけ始めた。

 

「なあ、アレは何の宗教だ?色々混じってるように見えるぜ」

「さあね。私は宗教に興味はないから」

「それはそうと霊夢、賽銭箱持って来たか?」

「…あるわけないでしょ」

 

一瞬物欲しそうな目で飛び交う賽銭を追っていたが、すぐに元に戻り、真っ白な鉢巻を額に巻いた。

 

「賽銭は神社でなくても全く構わない。そもそも、神社も神棚もただの飾りで、同時にいくつ存在してもいいし、神様の宿る器さえあればなんだろうと問題ない」

 

そう言うと、神棚の前に腰を下ろした。それを見たレミリアはゆっくりと机の下に潜り込み、三人の妖精メイドも何処かに掴まり始める。

 

「つまり、このロケットは空飛ぶ神社なのよ」

 

瞬間、地震でも起きたようにロケットが大きく揺れ始める。ブツブツと何かを呟く霊夢は、僅かに光っているようにも見えた。咄嗟に窓枠に掴まって揺れに耐えていると、窓の景色が下に流れていく。…いや、このロケットが飛んでいる。

窓から一瞬、満足そうに微笑むパチュリーといつからいたのか知らないが、フランが大きく手を振っているのが見えた。そして、大きく開いた天井を抜け屋根を抜け、そのまま夜空を急上昇していくロケット。窓から見える景色はどんどん小さくなり、やがて豆粒ほども見えなくなっていく。

 

「…ここが宇宙か」

 

揺れが収まるまでは数秒か、数十秒か、数分か。時間の感覚が吹き飛んでしまうような経験だった。船内を見ると、満足げな笑みを浮かべるレミリア、早速紅茶を淹れ始めた咲夜、それぞれの仕事をし始める妖精メイド達。そして、神棚の前に座り祈り続ける霊夢。

 

「長い航海(たび)になりそうだぜ」

 


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