東方幻影人   作:藍薔薇

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第188話

「よいしょ…っ。…ふぅ」

 

黒色の妖精メイドがようやく二段目に上ったのだけど、一段目を切り離すギリギリまで何をしていたのかしら?そう思って見てみると、その両手には数冊の分厚い本があった。そのまま本棚の陰に隠れ、首元を撫でながら持ってきた本を広げ始めた。

 

「あぁー、今日で五日目か。宇宙旅行っていってもずっと同じ景色でつまらんな」

「ずっと青い空のままですからねぇ。少しずつは色が薄くなってるみたいだけど」

 

紫色の妖精メイドが調理をし始める音が響く中、窓の外を眺めていた魔理沙の愚痴に同意する。たかだか二週間程度と考えていたのだけど、まだ半分の過ぎていないというのに怠惰な生活を強いられている気分になってくる。

 

「咲夜、今日の紅茶はまだかしら?」

「…今、淹れますね」

「メイド長ー!準備出来てまーす!」

「あら、気が利くわね」

 

青色の妖精メイドが示したところには紅茶の茶葉と陶器のやかん、それにティーカップ。それらを手に調理場へ行く。隣では大き目の鍋に野菜を中心としたスープが温められていた。

 

「どう?」

「問題ない」

 

サッと見た感じ、私自身も問題ないだろうと感じた。香りも悪くない。

 

「あら?」

 

しかし、ここで問題が一つ発生した。油が見当たらない。昨日はあったはずなのに…。いくら考えても何処に仕舞ったか思い出せない。

…仕方ない。あの子に訊こう。そう思い立ち、本棚の陰にしゃがみ込んで本を開いている黒色の妖精メイドの元へ行く。

 

「ねえ」

「…な、なんでしょう」

「油をどこに仕舞ったか覚えてないかしら?」

「…仕舞ってないですよぉ」

「え?」

「一段目に残したまま…。き、切り捨てちゃいましたよ?」

 

そう囁くような声で言われ、思わず頭を押さえてしまう。そう言われれば、確かに私は油を上へ持って行っていない。…ああ、やらかした。

いや、ちょっと待って。紫色の妖精メイドは調理に火を扱っていた。油がないのに?そう考えていると、黒色の妖精メイドはメイド服のスカートの中から一本の瓶を取り出した。

 

「あ、あの…。ちょっとだけなら…」

「…!あるなら先に――火炎瓶?」

 

渡された瓶は油で中を満たし、細く切った布がヒョロリと導火線のように伸びていた。

 

「し、侵略するなら、ぶ、武器も、ひ、必要かなぁ…なぁんて」

 

本の陰に顔を隠しながらボソボソと言い訳めいたことを言うけれど、今ここに油があることに変わりはない。

 

「ありがとう」

「…どういたしまして」

 

つまり、紫色の妖精メイドも同じようなものを持っていたってこと?二人が持っていたとなると、もう一人持っていてもおかしくない。

 

「え?持ってますよー?」

 

訊いてみたら軽い感じで答えられた。そして、自慢気に見せつけてくれたそれを奪い取る。

 

「あぁっ!何するんですかー!」

「誰が考えたか知らないけれど、今は油がないの。それに、お嬢様が侵略する月の都を火の海にするなんて許さないわ」

「えぇー…。ま、ならしょうがないですねー。それじゃ、後はよろしくお願いしますねー」

 

こうして得た二つの油で満たされた小さめの瓶。これで二日くらいは持つだろうけれど、それ以降は何か他の燃料を考えなくてはならない。…しょうがない。借りは作りたくないけれど、魔理沙に頼むことにしよう。正確には、魔理沙の持つミニ八卦炉を借りる。何を吹っ掛けられるだろうかと考えると、少しだけ憂鬱になる。

それにしても、比較的優秀な妖精メイドを選んだつもりだけど、三人とも代償と言わんばかりに欠点がある。青色の妖精メイドは先を読むように準備をしてくれているけれど、後処理をしない。紫色の妖精メイドは調理掃除が手早く上手だけど、言葉足らずで不愛想。黒色の妖精メイドは記憶力が飛び抜けて高いけれど、ああして何処かに小さくなったり隠れたりすることが多い。

役立つには役立つ。メイド長として、癖の強い三人の妖精メイドをちゃんと扱えるだろうか…。そんな小さな不安を吹き飛ばすように、やかんに火を点けた。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、お嬢様」

「遅かったわね。何かあったのかしら?」

「あ、いえ。大したことじゃないんです」

 

そう言いながら微笑む咲夜だが、長い間見てきた私には分かる。この表情は、今は大丈夫だけどもう少しで問題になる、って表情ね。けれど、こうして誤魔化したから、起きたとしてもそこまで重大な問題ではない。私の気にすることではないわね。

 

「ま、いいけど。それにしても、上空になればなるほど紅茶の味が変わってきてるような」

「なんだかお湯の沸点が下がってるみたいです」

「けど、悪くないわ。毎日違う味を楽しめるもの」

 

いつも紅魔館で淹れてくれる紅茶は最高級の味。しかし、ここで飲む紅茶は幾分か質が落ちていることは否めない。けれど、いつも同じ味だとつまらないもの。こうして違う味になることは、私の退屈を僅かながら紛らわしてくれる。

部屋に漂うスープの香り。チラリと目を遣ると、紫色の妖精メイドがスープを器に移し、こちらへ持ってくるところだった。

 

「どうぞ、お嬢様」

 

スープで満たされた器を静かに置くと小さく会釈をしながら、鍋へ戻って行く。一口掬い、味わってから喉を通す。…今日はアッサリとした味ね。これも悪くないわ。

 

「おいおい、沸点が下がってるって、もしかしてロケットの空気が漏れてるんじゃないのか?」

「あら、窓の外も普通に空気はあると思いますけど」

 

何やら魔理沙が慌てているが、今はスープを味わいたい。そう考えていたのに、突然強風が舞い込み、スープが中身ごと吹き飛んでしまった。後ろのほうで器が割れる音が聞こえ、窓を開けた咲夜を少しだけ恨みがましく睨む。

 

「宇宙に空気がないってのは都市伝説だったのか…?」

「え、ないのー?あったじゃーん!」

「だから都市伝説だったのかって言っただろ!…いや待て。そう言えば重力だって地上と変わってないな」

 

青色の妖精メイドに怒鳴りつけた魔理沙の言葉が、ほんの少し引っ掛かった。重力。パーティーの何の騒めきの中にあった気がする単語。フワッとした朧気な記憶が頭を掠めていく。…あれは誰の声だっただろうか?…駄目ね、分からない。

 

「ねえ、もう一杯いただけないかしら」

「分かった」

 

後ろで割れた器の破片を拾い、スープが飛び散った床と壁を拭き取っている紫色の妖精メイドにそう言うと、先ほどまでより少し早く作業を進め、鍋の元へ歩いて行った。

 

「ああもう!集中出来ないじゃないの!」

 

新しいスープが来るのを待っていると、神棚の前で座り両手を合わせて祈り続けていた霊夢が不満を爆発させたような声を上げ、ダンと床を叩きながら私達を睨んだ。しかし、その不満気な表情は溜め息と共に霧散し、落ち着いた表情になってから咲夜に対してハッキリと言った。

 

「上がって早々悪いけど、ロケットの二段目を切り捨てるわよ。上に行く準備をして」

「あら。もうそんなに来たかしら?」

「上筒男命から『退屈だからそろそろ代われ』って言われたのよ。十分以内でお願い」

 

それだけ言うと、霊夢はさっさと上へ行ってしまった。

 

「それなら私も」

「待って」

「…おい、まさか私が持って行けって言うのか?」

「そう」

 

霊夢の後を追うように慌てて魔理沙も上へ行こうとしたが、紫色の妖精メイドに止められ、鍋を渡されていた。ここで言い争って時間をかけるよりも上へ持って行くほうが早く済むと考えたようで、面倒臭そうな表情を浮かべ文句をブツブツと呟きながらも鍋を持って上へと上って行った。

 

「お嬢様。私は妖精メイドと共に忘れ物がないか入念に確かめてから行きますので、先に上っていてください」

「そう。任せたわよ」

 

咲夜が妖精メイドと一緒になって部屋の中を探しているのを見てから、私は三段目の部屋がさっきより狭いことに、ちょっとだけ不満を感じながら梯子を上った。

 


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