東方幻影人   作:藍薔薇

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第194話

近くに石ころの複製がなかったから、ここはわたしにとって未開の地。複製把握範囲拡張をしてもいいんだけど、どうせならこの未開の地をある程度開きたい。それに、動かないでいた時間がかなり長かったこともあって、体が多少鈍っている。家に帰るのを目的にして、後は思うがままに歩き回るのも悪くない。

 

「不思議ではあるけど…。ま、これもこれであり、かな?」

 

こんな四季折々の花々が咲き乱れているのに、一直線で帰るなんて味気ない。使えそうな花は摘み取るつもりだけど、見て楽しむくらいはしたい。そう思い、隣り合って咲く菫と桔梗を愛でる。

それにしても、わたしがいない間、幻想郷は何か変わっただろうか?この花々は小さな異変として、わたしが知りたいのはそれ以外。例えば、里の人間共やフランの状況。他にも色々あるけれど、この二つは特に知っておきたい。前者はわたしの今後に大きく関わるし、後者はわたしが大きく関わったから。

 

「お土産、いつになったら渡せるかなぁ…?」

 

やけに丈の短いスカートの内側に新しく縫って作った小さな空間。四辺をしっかりと塞いだから、糸が解けなければ中身が出ることはないはず。中には、宝物庫みたいなところから一つだけ奪ってきた小さな紅い玉が入っている。まあ、箱の中に同じようなものが大量に入っていたから、一つくらいならバレないと思いたい。それにしても、この紅い玉は歪みが一切見当たらず、さらに『紅』で見ても『目』がないという不思議なものだった。お土産には悪くないだろう。

しかし、これを渡すのはちょっと時間がかかりそうだ。何故なら、わたしには黒色の妖精メイドに成り済ましていた、という痕跡がある。この黒色に染めた髪の毛をどうにかしないと、紅魔館に行き辛い。気付いているか否かというのは問題ではない。気付かれる可能性があることが問題だ。気付かれて、フランの処遇が悪化することが問題だ。けれど、今のままなら黒色の妖精メイドが忽然と姿を消しただけで済むはず。逆にフランがこっちに来てもらうという方法もあるのだけど、こんな太陽が燦々と照っているときは止めたほうがいいし、夜になってもわたしのところに来れるかどうか分からない。

 

「ま、なるようになれ、って感じかな?」

 

いざとなれば黒く染まった髪の毛をバッサリと切り落とせばいいし、何らかの手段で色を抜いてもいい。その手段はまだ思い付かないけど。

近くにあった樹の中で最も高い樹を登り、上から顔を出して周りを見渡す。…んー、妖怪の山はあっちで、人間の里はあそこ。紅魔館は豆粒ほどだけど見える。いやー、色が目に付くほど目立つから小さくてもすぐ分かる。けど、どれもこれも遠いなぁ…。

手元にあった枝を圧し折ってから樹から飛び降り、枝を地面に立てる。枝が倒れた方向に何かあるまで進もうかな。さて、どの方向に倒れるかな?

 

「ふぅむ、こっちですか…」

 

倒れた方向は家から離れていく方向。ま、別に構わないけど。あっちの方向って何があったっけ?えぇーっと、確か白い花が点々とした花畑があった気がする。とりあえず、そこまで行こうかな。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ…。こんなに鈴蘭が咲いてる…」

 

転々とした白い花は、どうやら鈴蘭だったようだ。前に毒性植物の抽出液を作っていたことを思い出し、久しぶりに作りたくなってくる。けど、今わたしの手元にそれらの道具はない。

 

「ふふっ…。ないなら創ればいいじゃない」

 

せっかく月に行って出来るようになったんだ。ある程度時間をかけてでも、やってみよう。

まずは、月の都でも普通に使われていたガラスの主成分を思い出す。えーっと、確か二酸化ケイ素。分子構造も一応覚えた。というか、各原子の質量数陽子数中性子数電子数を覚えた。これがあれば一応創れる。

頭の中で形を強く思い浮かべる。ボンヤリとしたものをより明確にしていき、数を合わせていく。そして、時間をかけて一つの二酸化ケイ素分子が頭の中で完成した。しかし、このまま創造してしまうと、あのときみたいな砂粒になってしまう。だから、次は形を明確にする。頭の中で一度完成した二酸化ケイ素をそのまま保持し、隣に創りたい形を浮かべていく。そして、この二つをかみ合わせて創造。

 

「…ふぅ。よし、出来た…!」

 

ドッと疲れた…。熱くもないのに額に流れている一筋の汗を拭いながら、手元にある漏斗を見遣る。月の都で会得した新たな能力の発展。それは、分子構造と形を頭で認識することでものを創造すること。正直、ようやくここまで来れたと思っている。

けど、やっぱり欠点は多くある。まず、高分子物質のような分子構造が複雑なものはまだ出来ない。大量の原子を思い浮かべていくうちに、最初のほうに考えたものが曖昧になっていくからだ。次に、雑多な不純物を含んだ物質のような多種多様の分子を使用するものもまだ出来ない。これも同じ理由からだ。他にも、形が複雑になると最初に思い浮かべた分子構造が曖昧になってしまうから簡単なものにせざるを得ない。そして何より、時間がかかる。複製は一瞬だというのに、こんな小さなものを作るのに数十秒使っている。今みたいに時間をかけても問題ない状況ならいいのだけど、戦闘中でこれは致命的だ。まだ実用圏内に入らない。

 

「さーて、次はすり潰すための棒と器かなぁ」

 

小休憩を挟みながら、必要なものをどんどん創っていく。そして、全部創り終えたときには、当分考えることを放棄したいくらいに疲れ果ててしまった。陽子中性子電子の数を数字としてではなく、形として正確に頭に残し続けるというのは、思った以上に頭を酷使してしまう。この辺も課題かなぁ…。とりあえず、反復練習をして数だけで、名前だけで出来るようになりたい。決まりきったものとして定着させたい。

 

「…水は、あー、あそこかぁ…」

 

倦怠感を覚えつつも近くに流れる小川へ歩いて行き、ガラス製の器で水を掬う。光を通して汚れが混じっているか見てみるが、見た感じ問題はなさそうだ。これで久しぶりに抽出が出来る。

いそいそと道具を持って行き、鈴蘭畑手前に腰を下ろす。まあ、鈴蘭の毒の抽出は水に挿すだけで出来てしまうのだけど、こうしてすり潰して漏斗にかけてやったほうがわたしは好きだ。どっちのほうがいいかなんて知らないけど。

早速始めようと鈴蘭の茎に鋏を伸ばそうとしたところで、誰かがわたしに近付いてくるのが見えた。…まずい、鈴蘭に浮かれて気付かなかった。どうする?急いでここを立ち去る?

 

「…あ?…うぶっ!?」

 

そう考えたのだけど、手から鋏が滑り落ち、体が思うように動かない。手足が痺れて感覚があるんだかないんだかよく分からなくなってくる。頭がガンガン叩かれるようなギリギリと締め付けられるような痛みが走る。視界がチカチカと点滅しているような目眩。ほとんど入っていない腹の中身が口から吐き出そうになる。

震える左手を何とか口元まで動かし、吐き気を何とか抑える。出したくもない涙で歪む視界の奥に、金色の頭に真っ赤な服を着た幼い少女が見えた。

 

「今年のスーさんはね、なんだかとっても咲き過ぎなのよ」

 

鈴のような声が聞こえたにも関わらず、数瞬何を言っているかも何が放っているかも分からなかった。ようやく目の前のわたしに近付いて来る少女の声だと分かり、内容も何とか理解出来た。それほどまでに、今のわたしは余裕がない。

 

「だからとっても強いのよ。分かる?」

「…あぁ、これは、うぷ…、貴女の、所為、ですか…?」

「そう。貴女が私の鈴蘭に手を出そうとしたから」

「へぇ…。それじゃあ、帰り、ぅえ…、ますから、見逃す、なぁんてのは…?」

「ないよ」

 

知らなかったとはいえ、勝手に彼女の鈴蘭を盗ろうとしたのは悪いとは思っているけれど、ここまでされるとは思っていなかった。この感じは今よりも軽い症状だけど何度かなったことがある。手足などの末端部位の痺れ、頭痛、目眩、嘔吐、等々…。毒性植物の抽出で失敗したときとか、誤って口に含んでしまったときなんかになる症状に非常に似通っている。

毒。非常に厄介な相手を敵にしてしまった。…あぁ、本当に嫌になる。

 


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