東方幻影人   作:藍薔薇

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第195話

真っ先に解毒したいところだけど、わたしを侵す毒の種類が分からない。さらに言えば、そもそも解毒する手段がない。解毒薬も血清も持ってないし、それらの分子構造は一目見ただけで見る気が失せるほど複雑だったから創造なんて出来っこない。そもそも、頭がガンガンするこの状況で創造なんて時間のかかることが出来る気がしない。

 

「なら、とりあえず離脱かな…?模倣…っぷ『ブレイジングスター』」

「きゃっ!?」

 

鈴蘭畑を荒らしてしまったらなんて言われるか分からないから、右手を地面に向けて妖力を思い切り撃ち出す。膨大な妖力が大地を吹き飛ばし、砂塵を舞い散らしながらわたしの体が重力に逆らって浮かび出す。動かすのも億劫な体を鞭打って体勢を整えながら離れていく。ただし、鈴蘭畑には右腕を向けないように。

本当なら、普通に浮遊し飛翔していきたいところなんだけど、今の状況は普通とはかけ離れている。立っているのでいっぱいいっぱいなわたしには、そんな浮遊するなんて技術は出来そうもなかった。

 

「うげっ…。うぇえ…」

 

鈴蘭畑から離れ、開けた場所へ落ちた。足を地に着けて着地しようとしたのだけど、どうにも体が動かし難く、左肩から地面を僅かに抉りながら無様に落ちてしまった。少し擦りむいたかもしれないが、そんな些細な痛みは他の痛みで上書きされ、感じることはなかった。土を払う気にもなれず、起き上がる気にもなれず、木陰へ移動する気にもなれず、ただただ気持ちが悪いという感覚に支配される。

 

「待てー!」

 

せめて吐き気が収まるまではここで少し横になっていようかと思った矢先。さっきの少女の声がわたしの耳に届いてきた。…えぇー、どうしてこっちに来るのぉ…?

痛む頭を出来るだけ揺らさないようにゆっくりと起き上がり、空っぽのはずの腹の中身をぶちまけそうになりながら、震える両脚を支えに立ち上がる。対する少女は、わたしの前にゆっくりと降り立った。そして、わたしに向かってビシッと人差し指を突き出した。…多分格好つけているんだろうけれど、その童顔ではどうにも締まらない。

 

「私の鈴蘭に思いっ切り砂をまぶすなんて、覚悟は出来てるよね?」

「…あー、そういうことー…。おぇ」

 

確かにそうなっちゃったけどさぁ…。うげ、何だかさっきより気分悪くなってきた気がする…。この子が近くにいるからか、それともまた別の毒が作用し始めたのか…。

どちらにせよ、これ以上長居するわけにはいかない。今でさえきついのに、これ以上毒を喰らいたくない。だから、わたしは提案する。

 

「…スペルカード戦、って知ってます?」

「あー、一応知ってるよ?」

「…なら、うぷ…、よかった」

 

口を開けただけで吐き出そうになるのを堪えながら訊ねた答えにホッとしつつ、まともに動かない体に力を入れる。

 

「スペルカード三枚に被弾三回でしょ?私が負けたら見逃して、って感じ?」

「えぇ、そうですね。それじゃ、始めましょう?…ぉおえぇ」

「いいよ。今日の私は何にも負ける気がしないから!」

 

…駄目だ。吐き気が収まらない。吐きたくても吐けないって相当辛い…。けど、吐く行為ってそれはそれで辛いんだよなぁ…。

視界がチラつく中、少女に目を遣ると、無邪気に笑いながらわたしに向かって華やかな色合いの弾幕を放ってきた。聞いたことがあるだけで実際にやるのは初めてのようで、かなり粗い。しかし、流石に動かずにどうにかなるわけではないようで、おぼつかない動きで横に歩いて回避する。

歩きながら『幻』展開。速度重視で五段階に振り分け、直進弾用と追尾弾用で半分に分ける。つまり、各六個ずつ。…正直、やってから思うのもおかしな話だけど、『幻』を展開出来たことに驚いている。わたしにとって『幻』は浮遊よりも手軽なことだったのか…。

正直、この状況ではいつものように相手にスペルカードを使い切らせて勝つのは無理がある。だから、スペルカード一枚で一回を目標に、短期決戦で高火力の一撃を三回加える。その際に多少被弾しようと構わない。

靴の過剰妖力を一気に噴出し、少女の真上に跳び上がる。その際に弾幕に自ら跳び込むことになったけれど、しょうがない犠牲としよう。

 

「当たった!よしっ!これで一回!」

「複製『巨木の鉄槌』」

「…へ?」

 

わたしが被弾したことに喜んでいる少女を見下ろしながら、目の前に一本の樹を複製する。いつもなら思い切り投げ付けるスペルカードなんだけど、今のわたしにはそんなこと出来そうもない。だから、そのまま落とす。

 

「う、嘘…きゃああぁぁ!?」

「ぐへっ!…ごほっ、ごほっ、うぶっ…」

 

唖然とした声を零しながらも少女は咄嗟に範囲の外へ駆け出そうとしたけれど、残念ながら間に合わずに生い茂る枝葉に巻き込まれていった。枝がベキバキと圧し折れて重心がズレたことで樹が倒れていく様を、わたしは叩き付けられた地面を背に目だけを動かして何とか視界に収めることが出来た。

咳き込んでいると中身が出て来そうで怖い。口の中がちょっとだけ鉄のような味がし、口元を押さえていた左手に赤いものがこびり付く。…どうやら、落ちたときに少し切っちゃったみたい。

 

「うぅぅー…。何よあれぇ…」

 

熱いような痛いような体を持ち上げ、樹の下から這い出る少女を見遣る。服にくっ付いた葉を涙目で払っているが、そんな余所見をしている余裕はあるのかな?少女を視界に収めたことで、『幻』は独りでに動き出す。

 

「うわっとっと!あーもうっ!霧符『ガシングガーデン』!」

「…む、紫色の煙?…見るからに、っん!…ヤバそう」

 

少女の体から毒々しい煙が吹き出し、周囲に弾幕を無作為にばら撒く。濃淡に規則はなく、弾速は正直遅い。けれど、明らかに触れてはいけないと思わずにはいられないものが周囲を漂っている。とてもじゃないけれど近付けない。

 

「…煙幕、かなぁ?あの子、見えな、ぅえぇ…」

 

ま、いいや。弾幕はある程度見える。最初の煙幕の発生とその動きから、今のあの子の居場所は大体分かる。というか、ほとんど動いていない。一応動いているようだけど、普通に歩いている程度。

 

「鏡符『幽体離脱・集』」

 

けど、それでも勝手に決め付けた居場所がズレていたら、目も当てられない。ついでに弾幕も当たらない。だから、正確に狙う必要はない。ただ、あの辺りに進んでくれればいい。

 

「痛っ!痛たたた!」

「…おー、当たった当たっ、つぷ」

 

正直、煙幕に紛れて見えない弾幕は複製出来ていなかった。つまり、あの子の近くに弾幕は複製出来ていなかった。だから、あの子がばら撒く弾幕に相殺されてしまうんじゃないか、ヒョイヒョイ避けられてしまうんじゃないか、なんて考えていたんだけど、どうやら杞憂だったみたい。

しかし、若干薄くなっているとはいえ、わたしのいるところにまで紫色の煙が舞い始めた。吸い込んだ瞬間にツンと刺激臭がし、体の動きが極端に落ちていくのが分かる。さっきからそうなんだけど、咄嗟に回避なんて出来そうもない。

それにしても、あの子ちょっと過激過ぎじゃないか?仮にも死なない決闘であるスペルカード戦。それなのにこんなに毒をばら撒いていいのだろうか?仮にも妖怪と思うわたしがここまで影響を受ける毒なんて、普通の人間なら致死量な気がする。…まあ、あの子はこれがスペルカード戦の初陣だろう。そうじゃなかったとしても、初心者だと思う。手加減を知らない、といった感じだ。

 

「…けど、それは危険だよ」

「んー?何がー?」

「貴女は、よく言えば全力だ。うっ!…そして、悪く言えば世間知らずだ」

「…そうかもね。生まれてからあそこを出たことないもん。けど、今日は何だか行ける気がする!」

「なら、外を知ってちょっと挫折しろ」

 

喧嘩を挑んだらいけない相手がいることを。逃げる選択肢があることを。負けから得られることがあることを。…相手にしたら死ぬかもしれない者がいることを。

 

「はぁ!?どこからどう見てもフラッフラな貴女が言う!?」

「言うよ。こんなどうしようもなく絶不調でも、勝てないって思える相手がいることを」

「いない。譫妄『イントゥデリリウム』!」

 

急速に広がる毒の煙幕。さっきまでより明らかに濃く、わたしの動きを阻害する。もう、立っているのさえギリギリだ。こんな状態では、あの子の放つ弾幕なんて避けれないだろう。

 

「えっ!?な、何で…っ!」

 

だから、もう避けるつもりなんてなかった。服にある過剰妖力を一気に噴出し、弾幕をものともせず肉薄する。いくつも当たる。当たる。当たる当たる当たる。けれど、構わない。目の前に来るまでは二秒とかからなかった。狼狽えた表情が目の前にある。

震える手で仕舞ってあるものに触れ、わたしと少女の間に複製する。それは糸のように細く、煌びやかな模様。それは、緋々色金の魔法陣。

 

「複製『緋炎・劫火』」

 

パチュリーに作ってもらった魔法陣。その威力は複製する際の過剰妖力で調節することが出来る。しかし、魔法陣としての質が相当高いらしく、過剰妖力なしでも焚き火が手軽に作れる。

 

「ひっ…!アアアァァアアァアアァアア!!」

「悪いけど、手加減なしだ。…んぷ、仮にも妖怪だろうし、この程度の火傷なら大丈夫でしょ」

 

魔法陣の中心から噴き出す炎は、一瞬でわたしの視界を緋色に染め上げる。圧倒的熱量で一気に膨張する大気に軽く吹き飛ばされながら、炎に焼かれる少女を見遣る。そして、遠くに見える川から大量の水を複製して撒き散らし、辺り一面を消火する。

人形のように倒れて動かない少女を見下ろし、生きているか確認する。…呼吸よし、心拍よし。…多分、大丈夫でしょ。

ところどころ赤くなった少女の顔に浮かぶ表情は非常に悔しそうで、今にも涙が出て来そうだった。

 


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