東方幻影人   作:藍薔薇

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第196話

消火の際に撒き散らした水が紫色の毒煙幕を巻き込んだため、見た感じ問題はない。けど、わたし自身は大問題。手は震えるし、足はおぼつかないし、頭は痛いし、体は動かし難いし、吐き気はするし、目眩はするし。

そんなわたしに対して、この服本当に凄いなぁ…。ただの布にしか見えないのに、耐熱耐冷耐火耐水耐電耐溶耐斬耐突耐壊耐破等々とふざけたことを言っていたけれど、さっきも燃えていなかったし穴も開いていない。流石月の都。一般兵にもこれだけの装備を与えられている。

ただ、そうなっていないだけでこの服に毒が付着しているだろうから、後で服も全身も洗いたいところだ。だけど、近くにある川は人間の里へ流れているんだよなぁ…。そんなところで洗ったら災害待ったなし。…一瞬だけそれでもいいか、と考えてしまった。慧音がいるのに。

 

「…あと、この子も、ぅ…、どうにかしないと」

 

ピクリとも動かない劇毒少女。このまま放っておいて妖怪に食われる、なんてことはないと思うけれど、それでもこのまま置いて行くのは気が引ける。せめて、あの鈴蘭畑にでも帰してあげたい。

とりあえず、川を見ながら大量の水を複製し、滝のように落として自分を洗い流す。服も脱ぎ、一枚一枚丁寧に水に通す。そして、口の中に大量に水を放り込む。普段なら喉を通る途中で妖力に戻ってしまうから、そのまま水でい続けるよう意識しながら。

 

「んッ!ぉおええぇぇっ……」

 

そして、腹の中からさっき入れたばかりの水を吐き出す。腹の中にあるかもしれない毒と一緒に吐き出す。解毒薬は出来ないけど、代わりの処置なら出来る。これでちょっとでも楽になればいいんだけど…。

 

「げほっ!ごほっ!…あー、キッツいなぁ…」

 

飲んでは吐くをさらに三回繰り返し、吐き気が大分楽になったところで止める。そうしたから、という思い込みの問題かもしれないけれど、さっきまでよりは動けている気がする。今ならちょっとくらいは飛べそうだ。

周囲に撒き散らした水同士が繋がっている分だけでも回収し、近くに転がっている樹も回収する。最後に緋々色金の魔法陣を探そうと思ったけれど、きっとどこかに吹き飛んでしまったのだろう。実際に場所を探っても相当遠いところにあった。…よし、この子をどうにかしてから取りに行こう。不自然な動きをしたら炸裂…、じゃなくて霧散かな。

さて、とりあえず背負っていくかな…。距離はそこまで遠くないし、どうにかなるでしょ。

 

「…熱っ」

 

そう考えたのだけど、この子の腕を掴んだ右手にジリジリとした熱いような痛みが走る。咄嗟に離して手のひらを見ると、見事に赤くなっている。親指と薬指の腹を擦り合うと、何かがズレる感触。…うわぁ、皮剥けちゃったよ。

まあ、よく考えれば鈴蘭畑に棲んでいて、尋常じゃない量の毒を吹き出すような少女が無毒なわけないか。

 

「…板、創ろう」

 

さっきわたしが複製した樹は彼女に触れても妙な変形をしなかった。つまり、植物に対してはそこまで効果があるわけではなさそう。…ただわたしに対して有効な毒を選んで吹き出していたとすれば、本当に厄介だけど。

この子が横になってもはみ出ない大きさで厚みのある板を創り出す。素材は考えていなかったので、いつもの薄紫色の未知物質。もう右手は爛れているのだから、気にせず少女を掴み、板の上に乗せる。背負えないなら、触れずに運べばいいじゃない。

 

「よし、運びますか…」

 

板を持ち上げ、慎重に浮遊する。中央に向かって少しだけ窪んでいるように創ったけど、大きく傾ければ滑って転がって落ちてしまう。水平を保つんだ、わたし。

川を越え、鈴蘭畑の手前に降り立つ。息が荒くなっているのを感じる。いつもなら、このくらい疲れなく出来るはずなんだけどなぁ…。月の都では調べ事ばっかりで動くことがあんまりなかったこともあるけれど、やっぱり毒の害は大きな枷だ。わたしに重く圧し掛かっている。…二、三日あれば治るかな?

 

「さて、どうしましょうかねぇ」

 

板の上で横になっている少女を見下ろし、考える。ここに放っておく?…却下。あそこに残していた場合と大して差がない。鈴蘭畑の真ん中に転がしておく?…うーむ、保留。鈴蘭畑の中に好き好んではいるような生物がいるとは思えないけれど、いないとは限らない。

 

「起きるまで待つかな、うん」

 

この少女をこうしたのはわたしだし、せめて目覚めるまではわたしが責任を持って待っていよう。起きたら少しだけ話して、さっさと別の場所へ行きましょうか。

やることがないので、何となく空を眺めることにした。…いや、ここで出来ることはちょっと考えればいくらでも出てきただろう。しかし、月の都では物音を立てないように指先から髪の毛まで神経を張り巡らせていた。こうしてボーッとするなんてことはなかった。だから、ちょっとの間でいいから、難しいことを一切考えずに休みたかった。

 

「…ん?」

 

誰かこっち来てる。この距離だと点にしか見えないけど、徐々に大きくなっていく。そして、その姿は思った以上に早く分かった。頭から生える捻じれた二本の角。…萃香だ。ていうか、飛ぶの滅茶苦茶速いんですけど。…やっぱり、わたしの飛翔速度って遅いんだなぁ。

 

「よっ」

「久し振りですね、萃香」

「ああ、久し振りだな、幻香」

 

そう言うと、萃香はわたしの隣に胡坐をかいた。いつものように瓢箪を煽りながら、ケラケラと笑い出した。

 

「いやー、妹紅の家に行こうと思ってたら急に火柱が立ったのが見えてなぁ。気になって来てみればあんたがいるじゃないか」

「うわ、そんなに目立ってました?」

「かなりな。他にも誰か来るかもよ?」

「えー…。それは面倒だなぁ…」

 

そう思いながら、髪の毛を人差し指にクルクルと巻いて弄る。一体誰が来るのかは分からないけれど、この染めた髪を見られては困る人がいる。ロケットに搭乗した人達。彼女達には見られたくない。

 

「ん、どうかしたか?」

「この黒染めを抜きたいって思ってただけですよ。それと、さっさとこの子が起きないかなぁ、とも」

「へぇ、ちょっと貸してみな」

「か、貸す?…って、ちょっと!引っ張らないで!」

 

髪の毛を掴まれたと思ったら、グイッと萃香の元へ引かれていた。突然の出来事で、首がちょっと痛い。

 

「ふぅん。…これなら出来そうだな」

「え、もしかして脱色出来るんですか?」

「こんなの、アレと比べれば簡単過ぎる」

「…アレ?」

「…いや、あー、あれだ」

 

失言だった、と言わんばかりにちょっと誤魔化そうと目線が泳いだが、それでも嘘や誤魔化しは言いたくないらしく、アレの真相を語った。

 

「…あんたの意識を萃めるより簡単ってこと」

「意識を萃める?…あぁー、あのときってそんなことしてたんですか?」

「そ。幻香の意識だけを萃めて隅に押しやった。それで『破壊魔』を表に引きずり出したんだよ。…ま、完璧ってわけにもいかなくてな、ちょっと混じったけど」

「…ふぅん」

 

思ってもみなかったところで『紅』が遺された理由を理解した。ほとんどは向こう側で消え、わたし側に萃められた少しが『紅』となって遺っている。つまり、そういうことなんだろう。

 

「もういいだろ?…さ、やるぞ」

「どうやるんですか?」

「あー、何て言えばいいかなぁ…。うぅむ、…髪の毛の中にある黒を取り込んで抜く、って感じかな」

「へぇー、そんなことも出来るんですか…。それじゃあ、ついでにわたしを侵す毒って抜けますか?」

 

髪の毛を手のひらで根元から毛先へ撫でるように滑らせる萃香は、わたしの言葉にちょっとだけ驚いたようだ。だって、髪の毛をピンと伸ばしているほうの手がビクッと動いたからね。…ちょっと痛いです。

 

「毒ぅ?…悪いけど私自身なら出来るんだけど、誰かにやったことはないな」

「やってみようとは?」

「思わないね。体を疎にしてそこから毒を排除するから」

「…うわぁ」

 

流石に霧みたいになって生存出来るとは思えない。再び萃めたところで、わたしは元通りになるだろうか?形だけ元通りになっても、わたしはそこにあるだろうか?…怖いから止めておこう。

 

「よし、こんなもんだろ」

 

何回も私の髪の毛に手のひらを滑らせ、時には手櫛をしてくれた萃香はそう言って手を髪の毛から離した。早速髪の毛を見てみると、しっかりと色が抜けていつも見ている真っ白な色になっていた。その代わりに萃香の手のひらが真っ黒になっていたけど。

 

「次はこいつを起こせばいいのか?」

「起こせるんですか?」

「意識を萃めればどうにかなるだろ。それで寝てるのを起こそうとしたこともあったし」

「ま、それで目覚めてくれれば嬉しいですが。あ、触れないほうがいいですよ。毒ですから」

「はっ!その程度で引き下がるかよ」

 

わたしの小さな警告は萃香にとっては些細なものらしく、時に気にすることなく両頬に手を添えた。そのままの姿勢で数秒。

 

「ん…っ?」

「お、起きた起きた」

「本当に起きた…」

 

モゾモゾと瞼を動かし、小さく呻き声をあげたのが聞こえた。かなり長い間ここで待っていることを視野に入れていたけれど、こんなに早く目覚めるとは。

 

「何から何までありがとうございます、萃香」

「おう。じゃ、私は妹紅のとこ行ってくるから。面倒だし、あとは任せた」

「そうしてください。起きたら一人増えてた、何てあったら面倒そうですし」

「違いない」

 

そう言うと、萃香は射られた矢の如き速さで飛んで行った。

さて、もう少しで覚醒する少女に何を言われるだろうか?ちょっとだけ心配だ。

 


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