東方幻影人   作:藍薔薇

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第198話

風見幽香。大変危険極まりない、四季のフラワーマスター。こんなわたしでも知っている、桁が二、三つ違う妖怪。実際に遭うのはこれが初めてだけど、なるほどこれは近付いたらヤバい奴だとよく分かる。圧倒的重圧感。頂上に立って当然の存在。そんな感じだ。

飽くまで慧音に聞かされた話だけど、人間や妖怪と戦うことに対して全くの躊躇がなく、神経を逆撫ですることを趣味とし、その圧倒的な身体能力と無尽蔵とも言われる膨大な妖力を持った実に妖怪らしい妖怪。弱者に対しては限界一歩手前まで徹底的に苛め、強者に対しては自ら挑み叩き潰す。…まぁ、実際はそうやって自ら動くことは滅多にないらしいのだが。

そんな彼女が成し遂げたことを全部並べるには時間が足りないと言われた。それでも特に重要だと言ういくつかの話を聞かされ、その中で最近のことを挙げるとすれば『吸血鬼異変』となる。曰く、単身突撃して有象無象を薙ぎ払い首謀者であるレミリア・スカーレットを捻じ伏せることで『吸血鬼異変』を力業で終結させたそうだ。理由はもちろん強そうなのがいたから。つまり、単純に考えてレミリアさんより強い。

また、大昔には大賢者とかいう大仰な呼ばれ方をしているスキマ妖怪、八雲紫との永きに渡る決闘の末、絶命一歩手前まで追い詰めたと言う。その最後は、八雲紫に命からがらの撤退を許してしまった、という何とも微妙な感じだったけれど、これは実質的勝利と言っていいだろう。つまり、単純に考えて八雲紫より強い。

たまに人間の里にある小さな花屋に行って買い物、というより物々交換を済ませることもあるらしい。さっきまで聞かされた彼女の性格ではあまり考えられないほど紳士的な態度で対応しているそうだが、それを聞いたときはちょっと疑問に思ったものだ。何故妖怪なのに人間の里で平然と歩けるのだろうか、と。

その答えは単純明快。強過ぎるから。人間は誰も敵わないから。人間代表、博麗の巫女ですら、その例外ではない。各世代の博麗の巫女を全て返り討ちにした、と言うのだからそれはそれは恐ろしい話だ。…まあ、そのときのわたしは博麗の巫女という存在が何なのかよく分からなくてまるで実感が湧かなかったけれど、今なら分かる。つまり、単純に考えて霊夢さんより強い。

ゆえに幻想郷最強。仮に遭ったとしたら下手に刺激せず、標的にされないことを祈るように言われた。もしされていたのなら、藁にも縋る思いで頼み込んで運よく見逃してもらうか、無謀と理解していても死に物狂いで逃げるように、とも。

 

「この魔法陣なんだけど。…貴女はどう思う?」

 

そして今。そう言いながら指で摘まんでいる緋々色金の魔法陣をわたしに見せびらかしている風見幽香に対し、わたしはどうすればいいのだろう?

逃げる?…質問されたのに何も答えず逃げるなんてことをしたらどうなるか。考えるまでもない。つまり、わたしは答えるしかないのだ。

 

「…魔法陣については、よく知らないので」

 

その魔法陣は知っている。何せ、わたしの複製なのだから。しかし、そんなことを伝えたところで利点はほぼ皆無。なので、突然現れた貴女に緊張し切ってしまい、あの魔法陣という限定的なものではなく、魔法陣全体のことを問われたと勘違いした、という体で答えた。

 

「そう。これは火系の魔法陣ね。まだ無駄がチラホラ見当たるけど、この大きさにしては高い威力になるんじゃないかしら?それに加えて、魔法陣を描く素材は最高品質」

「…へ、へー。そうなんですか…」

「どこの誰かは知らないけれど、いい度胸だと思わない?」

 

…駄目だこれ。正直に言ったら即行で叩き潰されてお終いになるやつだ。わたしには全くそんな意図はないし、質の悪い偶然に過ぎない。けれど、そんなことを言ったところで意味なんてない。

このまま知らないと白を切るしかない、と結論付けたのはいいけれど、どう言えばいいだろうか。そんなことを考えていたら、風見幽香は指に挟まれていた緋々色金の魔法陣を手のひらに寄せ、そのまま握り潰してしまった。何をするのかと注意深く見ていたら、突然絡まった糸の塊のようになったものをわたしの額に向けて放り投げてきた。本能的に右腕が動き、それを掴み取る。きっと軽い苛めの一環だろう、としておく。対する風見幽香はというと、特に気にしてもいない様子で少しホッとした。

 

「ところで、貴女に訊きたいことがあるのよ」

「…訊きたいこと、ですか?」

「貴女、『禍』?」

 

そして爆弾発言。導火線は既に着火されているし、当然のように爆破寸前。というか、既に爆破している。

目を逸らすことも出来ずに固まっていると、続けて言った。

 

「花屋の子がそんなことを言ってたのよね…。八十六人の人間を返り討ち、一人殺害」

 

…はい、そうですね。そう頭で思うことが出来ても、口にすることが出来ない。

 

「思うのよ。…もしかしたら、ちょっとくらい強かったりするのかしら?興味があるのよね」

 

そう言って閉じた日傘をわたしに向け、その先端に光が収束していく。その瞬間、硬直していた体が一気に動き出した。右手に握りこんでいた元緋々色金の魔法陣を回収し、その妖力も含めて右腕に妖力を充填させる。

そして日傘から放たれた理不尽な妖力。一瞬遅れたが、わたしが巻き込まれる手前で右腕を前に打ち出し、溜められた妖力を解放した。膨大な妖力の衝突。明らかにわたしのほうが劣勢。僅かずつだけど押されているのが分かる。…普通に考えて、拮抗手前というのはおかしい。明らかに手を抜かれているのだけど、正直に言えば非常にありがたい。撃ってこなければ最高だけど、それは最早無理な話だ。

 

「ウギギ…、ッシ!」

 

押し返すのは途中で諦め、その膨大な妖力の範囲外へ弾かれる。無論、ただ横っ跳びしたわけではなく、向日葵を数本わたしに重ねて複製して一瞬のうちに弾かれた。わたしのすぐ横を流れる妖力に冷や汗をかきつつ、弾かれたことで崩れた態勢を整えて着地する。急な移動で体が痛いし、内臓がちょっと混ぜられたように気持ちが悪いが、そんなこと気にしていられない。

そのまま向日葵畑を焦土にすると思っていた妖力は、ギリギリで真上に軌道を変えた。そのまま太陽を粉砕してしまうんじゃないか、なんて馬鹿なことを考えてしまったけれど、見上げた途中で妖力が掻き消えているのが見えた。

それにしても、どうして急に攻撃してくる?花屋の子が言うようにわたしが『禍』だから?…いや、違う。それはただの言い訳に聞こえた。もっと確信的な理由がある。そんな風に感じた。

その答えは、すぐに分かった。

 

「うふ…。感じるわよ、貴女の妖力の流れ。…あの蝙蝠なんかより膨大で強大な流れが伝わってくる」

「…気のせいじゃないですか?」

「馬鹿にしないで頂戴」

 

妖艶な微笑。しかし、そこから伝わるものは嗜虐的思考のみ。

つまり、わたしは既に標的とされてしまったわけだ。強者として見られてしまったわけだ。なら、どうする?

 

「あぁもうっ!」

 

当然逃走。闘争なんてやってられるか。そこら中にある向日葵を一本の線になるように連ねて複製し、その端っこをわたしに重ねる。弾き出される方向はこのままだと右。しかし、後方へと進む意思を持って動こうとすると、その瞬間体は遥か彼方、端から端へと弾き飛ばされた。瞬きをするよりも早く向日葵畑を抜け、そのまま特に生えている樹を視界に収め、あの場を離れるように複製を続けていく。ただ、このまま向日葵や樹の複製を放置すると地面に落下してしまうので、弾かれて外に出た瞬間、まだ複製に触れている瞬間に複製を回収する。失敗してしまうと妖力消費が痛いが、成功すれば消費をほぼ零に抑えられる。

 

「待ちなさいよ」

「ッ!?――ガッ!?」

 

そんなわたしの全力逃走は、目の前に現れた者によって文字通り叩き落された。勢いを殺し切れず腹を地面に強打し、肺の中身が一気に吐き出る。呼吸が一瞬止まり、自分がどう動いているのかすら分からない。

苦しみ悶えるわたしの目の前に優雅に舞い降りた風見幽香は、そんなわたしを羽虫でも見るような眼で見下ろした。

 

「逃げるなんてつまらないことしないでほしいわ」

「げほっ、ごほっ!…ふざ、けないで、ほし…ごほっ!…ですね」

 

なくなった空気を吸い込み、咳き込みながらも何とか呼吸を整える。起き上がろうとすると毒に蝕まれた体が痛むが、拳が振り下ろされた背中がとてつもない自己主張をしている。滅茶苦茶痛い。それでもふらつきながらでも立ち上がり、目の前にいる敵、風見幽香を睨みつける。

この数少ない攻防だけでも分かった。彼女はスペルカード戦をするつもりが全くない。純粋な殴り合い、無慈悲な弾幕、生と死が混在する決闘を望んでいる。

 

「分かりましたよ、風見幽香ァッ!」

「その眼、その顔、その気迫。…いつ散ってしまうかしら?」

 

…もう、後には戻れない。わたしは勝てるはずのない勝負に身を投げた。

 


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