東方幻影人   作:藍薔薇

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第202話

「ゴヘェッ!?」

「あ、やっちゃった」

 

先陣を切って突撃してきた男に対し、両手で握り締められた包丁が突き出される前に間合いに肉薄し、右腕を鞭のようにしならせて顎に手の甲を打ち付けた。すると、グシャリ、と何かが砕ける音と共に数本の歯と血飛沫を撒き散らしながら吹っ飛んでいった。…しまった。ここまでするつもりはなかったのに、手加減が出来なかったよ。

 

「あーあ、次は気を付けないと」

「ブッ!?」

 

左から回り込んで来た男に気付いたときには、左手が既に動いていた。少し尖っていた鼻を容易く潰し、追撃で体全体の捻りを加えた右拳を平たくなった顔面に叩き込んだ。

 

「…って言った傍からまたかよ」

 

特に意識していたわけではないけれど、わたしの思考は既に撃退濃厚。その所為で、近付いてきた奴に対して半ば勝手に体が動く。

周囲から各々の武器を突き出しながら突進してくるのをクルリと躱し、後頭部に肘を突き出せば勝手に倒れていく。けれど、今回は手を抜き過ぎた所為か、何人かはすぐに起き上がって見るからに焦点も狙いも合っていない苦し紛れの反撃を繰り出してきた。けれど、そんな攻撃も武器を持っている手を蹴り上げ、そのまま踵落としを叩き込むとすぐに動かなくなった。

 

「はぁ…、つまんないの」

 

かなり前に似たような状況があったから、どうしても比べてしまう。ちょっと前に尋常ではない昂奮があったから、どうしても比べてしまう。動きは遅く、攻撃は単純で、明るくて見やすく、呪術もなく、威圧感もなく、重圧感もなく、狂気もなく、理不尽ではなく、無慈悲ではない。

つまり、この男共はやる気はあっても殺意はないのだ。今尚「いける、勝てる」などと抜かす男には、どこにそんな根拠があるのか笑ってやりたくなる。十の動かなくなった仲間を見ても、僅かな動揺を与えられても留まるには至らない。その若さから来る屈強なやる気は認めてもいいけれど、若いだけあって勇気と蛮勇の区別もついていない。

 

「よ、っと」

「ゲフッ!?」

 

右から飛んで来た棍棒を右腕で受け止め、がら空きの鳩尾に人差し指、中指、薬指の三本の先を三角のように揃えて鳩尾を穿つ。棍棒を取りこぼしながら鳩尾を両手で押さえて悶絶し始めた男の顔に右膝を打ち上げ、少し浮いた体をさらに蹴り上げる。

後方からやって来る音が聞こえたので、蹴り上げた勢いを殺さずに体を後ろに逸らして両手を地に着け、両腕をばねのようにして体を宙に打ち上げる。一瞬呆けた男の表情が見えたが、気にせずそのまま顔を両足で踏み潰した。足場が崩れる前に飛び降り、その背中を蹴飛ばす。何かが来る気配がして上を見上げてみると、遥か上を包丁が飛んでいた。…いや、あれは流石に狙いが酷過ぎるでしょ。その軌道だと、わたしがあそこに留まっていたとしても当たらないよ?

 

「…挟撃、か」

「喰らえぇい!」

「死ねやぁあ!」

 

右は刀を振り上げ、左は包丁を突き出そうとしている。体を左へ傾けると、馬鹿正直に包丁を突き出してきた。その包丁の腹を押して軌道を逸らし、そのまま回転しながら男の後ろに位置取り、背中に手を添えた。

 

「いっ!?」

「なっ!?」

「…さよなら」

 

背中を思い切り押し出すと、真っ直ぐと腕を伸ばした手に固く握られた包丁が男の腹に深々と突き刺さり、一手遅れて振り下ろされた刀はまるで仕返しするように男の頭を二つに割った。飛び散る血と何か。非常に分かりやすい同士討ち。お互い完全に致命傷。この惨状を回避することだって出来た。出来たけどやらなかった。分かっていてやった。だって、そんなことをいちいちするのはもう面倒くさかったから。

 

「うっ、ぉぉおおおおっ!殺すッ!」

「ふーん」

 

それを見た男の一人が、眼をこれでもかと充血させて我武者羅に突撃してきた。その手には持ち主の身長よりも明らかに長い物干し竿。射程を生かして突き出してきたのはいいけれど、そこからの第二撃が出ない。出せない。何故なら、わたしがその長ったらしい棒を左手で掴んでいるから。物干し竿の主導権を得ようと押したり引っ張ったりしているが、わたしの左手を振り払えない。そんな男の貧弱さを少し哀れみながら、左手を滑らせて男へと駆け出し、回し蹴りを横っ面に思い切り叩き込んだ。グシャリ、と何かが砕けて潰れる感触。そのまま蹴り抜くと、首が捻じれて強制的に顔が後ろを向いた。

 

「ガ、ァ…」

「あっそう」

 

力なく崩れる男を見下ろすこともなく、数手遅れた激昂に駆られて一挙に押し寄せてくる男共を見遣る。手にある物干し竿を握り締めて迎え討つ。

体全体を使い、遠心力を生かして薙ぎ払う。脇腹を抉るような一撃は横にいた男共を巻き込んでいき、倒れながら持っていた刃物で味方を傷付け合う。わたしはというと、そのまま一回転してから物干し竿を投げ付けた。横に回りながら飛んで行くそれは、五人の男を巻き込んだ。

薙ぎ倒した男共の顔面を一人ずつ踏み付け、意識を潰していく。その数、十三。そうしている間にも突撃してくる男共は、往なして足を払ってこかした。すぐに起き上がってまた無帽にも突撃してくるが、特に気にせず同じように対処する。そのときのわたしは、物干し竿で倒した男共の意識を潰すことしか考えていなかった。

 

「馬ッ鹿じゃないの?」

 

本当、何のためにわたしに挑んできたのやら。前のほうが辛かった。前のほうが苦労した。それがどうだ?この勝負はどうだ?敵は変わらず素人。武器も使い慣れているわけじゃない。武術に心得があるような奴もいない。…何も変わらない。いや、それ以下だ。

 

「ぉぉおおああああっ!」

「ん?…なぁんだ」

 

男共を割って出て来たのは、たった一人の小さな餓鬼。その両手に携えているのは二振りの刀。その小さな体には荷が重いだろう二刀流。けれど、その体に宿る黒い執念がそれを可能としていた。見ろよ、馬鹿共。お前等全員よりも、たった一人の餓鬼のほうがよっぽどいい眼をしているよ?

 

「けど駄目」

「グベッ!?」

 

重さに振り回されながらも刀を振り回す餓鬼の顔を蹴り潰し、怯んだ胴体に追加でもう一発加える。軽々と吹き飛んでいき、無抵抗に背中から落ちていく。その体はピクリとも動かない。

 

「アハ…。まともなの、いるじゃん」

 

けれど、その手には刀がしっかりと握られていた。これまでの男共は、意識を失えば武器を手放していた。その程度だった。この餓鬼だけだよ?最後まで武器を離さなかったのは。

さてと、これ以上はもういいや。全員、意識か命を摘み取ってしまいましょうね?

 

 

 

 

 

 

「気分はどう?」

「ガッ…!」

 

最後に残った一人。最後の最後まで馬鹿を言っていた男。その両肘両膝はわたしによって砕かれ、両手は刀によって地面に縫い付けられている。そんな無様な男の後頭部を容赦なく踏み付け、顔と地面を無理矢理密着させている。

 

「『俺達は誰も死なない』でしたっけ?…何人死んじゃったかなぁ」

「グ、ググゥ…ッ!」

 

二人は包丁と刀で同士討ちさせた。一人は首を真逆へ捻じり圧し折った。一人は頭と体が千切れて分断した。一人は心臓を貫いて血飛沫を撒き散らせた。一人は頭を砕いて脳を飛び散らせた。一人は両腕両脚を千切られ致死量を超えた血液を噴き出した。一人は拾った刀で縦に二等分した。

 

「八人だよ。君を含めた五十四人の内、八人も死んだ。八人も殺した」

「…ゆ」

「ゆ?」

「…許ざ、ない…!」

「ふーん」

「ウグッ!?」

 

だから最初に訊いたのに。『殺すってことは、逆に殺される覚悟だってしてありますよね』って。覚悟があれば受け入れられる、何て言うつもりはない。けれど、せめて覚悟さえしていればもっと違った結果になっただろうに。

 

「で、気分はどう?君がまとめ上げた男共が皆動かなくなった気分は?殺せるとか抜かしていた『禍』に返り討ちにされた気分は?こうして地面に顔を埋もれさせられた気分は?」

「グギ!グギガァアッ!」

「…ま、いいや。君は生かしてあげるよ。これはただの気紛れだ。ここに倒れた男共をどうにかする役目を与えよう。ついでに死んでる男共を埋葬する役目もね」

 

そう言って踏み付けていた足を離した。すると、地面に縫い付けられていた両手を斬り捨て、砕かれた四肢を狂ったように動かし、わたしに突進してきた。…へぇ。

 

「気が変わった」

「ガッ!…ゴプッ」

 

最後に見せたそのドス黒い執念。ある種の敬意を表するよ。だから、わたしがしっかりと完膚なきまでに終わらせてあげる。肋骨を砕き、その内側にある熱い心臓を掴み、握り潰す。

 

「気紛れで生かそうと思った気が変わったんだ。ま、許さなくていいよ。恨んでも構わない。そのくらいの咎は背負うから」

 

血の気が失せていく男を振り払い、全身が血塗れになったわたしは周りを見渡す。動かない五十四の男共。その内の九人はわたしが殺した。出血量によっては、さらに多くの人間が死んでしまうだろう。罪悪感は当然ある。彼らには彼らの人生があり、それを終わらせたのだから。

人は簡単に死ぬ。今日は死なないと思っているし、明日も死なないと思っていたとしても、人は死ぬのだ。事故で事件で病気で寿命で災害で死ぬ。斬られても折られても貫かれても壊されても砕かれても潰されても焼かれても溺れても死ぬ。

そんな中で『禍』に殺されるというのは、彼らにとってどうだっただろうか?…その答えは、彼らにしか分からない。

 


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