東方幻影人   作:藍薔薇

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第208話

幻香が…、いや、『禍』が人間達五十四人を返り討ちにしてから、もう一週間になる。生きている者は既に出来得る限りの治療を終え、後は自然と治るのを待つだけである。ただし、体が治ったからと言って、そのまま元通りに日常へ戻れるとは言い難い。顔、腕、脚等が砕かれているだけならまだしも、四肢を欠損している者もいる。義手義足はあっても、それでまともな生活を送れる者は極僅かだ。さらに言えば、『禍』に憎悪を抱く者、恐怖に支配された者もいる。

亡くなった九人は、早々に埋葬された。その遺体は非常に痛ましく、惨たらしく、とてもではないが見ていられるようなものではなかった。遺族の方々は顔をグシャグシャにしながら咽び泣き、今も冥福を祈っている。

 

「…何故なんだ」

 

そして、私は寺子屋を休講にして部屋の隅で横になっていた。

この被害者の大半は私の寺子屋に通っていた元生徒達。さらに言えば、その内の一人は今でも通っているような子供だ。私が寺子屋を始めて相当時間が経っているのだから、そうなってもおかしくはない。分かってはいても、辛いものだ。

特に、その子供は父と『禍』のどちらが悪いのか、と私に訊いてきた子だ。私はその問いに対し、自分で決めろ、と言った。その結果がこれだ。

 

「あぁ…。私は悲しいよ。どうしてそんなことをしてしまったんだ…」

 

そして、亡くなった人の中で最もなぶり殺しにされたであろう男は、門番でそれなりの地位に立っていた者だ。生徒の頃から人をまとめるのが得意だった。彼が一声かければ自然と人が集まり、そしてその一声がこの惨劇をもたらしたのであろう。

『禍』が許せない、と言っていた。排除出来ればどれだけいいだろうか、とも。過激派で最も力のあった元妖怪退治専門家の爺さんの代わりに立つように、そのまま彼は新たな頭となった。同じ思想を持つ同志を集め、次に里に近付いたときに強行するようなことを仄めかしていた。

 

「何故なんだ。…幻香」

 

返り討ちにするのは分かる。しかし、私はどうしても思ってしまう。殺さなくてもよかったじゃないか?殺さずに済むことも出来たんじゃないか?…そんなことを。

人間の立場。妖怪の立場。その両方を私は知っている。人間が抱くものも、『禍』が抱くものも理解している。それゆえに、私はどちらが悪いとは言えない。人間側に立てば『禍』が悪く、妖怪側に立てば人間が悪い。

だからこそ、辛い。

そんな時、カツン、と硬いものが落ちる音がした。それは私の目の前に転がってくる。

 

「…これは」

 

棒状の護符。手に取って見るが、確かにそれだ。しかし、机の上に置かれていた者が転がってきたわけではないらしく、机の上にも棒状の護符があった。…これは、もしかしなくても…。

 

「はは…、そうか」

 

どうやら、悲しんでいる時間はもうお終いらしい。

 

 

 

 

 

 

「そらっ!不死『凱風快晴飛翔蹴』!」

 

炎を纏った脚で萃香を軽く蹴り上げ、浮かんだ体より早く上をとり、がら空きの腹に追撃で蹴りつける。そのまま地面に叩き付けると同時に噴火の如き炎を噴き出す。

 

「ッ、と!お返しだ!酔夢『施餓鬼縛りの術』!」

 

私の脚と炎を振り払いながら距離を取り、蛇のようにうねる鎖を投げ付けられる。回避しようにも、気付いたときには既にグルグル巻きにされてしまった。この鎖に巻かれていると力が抜けてしまうことはもう何度も体感している。

 

「うげ!ちぃ!焔符『自滅火焔大旋風』!」

 

舌打ちしつつ全身に炎を纏い、荒れ狂う竜巻のように纏っていた炎を解放する。体に巻かれていた鎖が融け落ちているが、これもいつものように萃めて戻してしまうのだろう。

迷いの竹林にある、日の当たらない開けた地。私と萃香は、今日もここで組み手をしている。

次はどう攻めようか、と思ったところでヴォウ、と火が上がる音が聞こえた。

 

「おっと。もう終わりか」

「どっちが勝ち?」

「んー…、微妙だよなぁ」

 

安い麻紐を導火線にし、その先には油を染み込ませた綿がある。導火線の長さや燃え方にもよるが、一回の組み手の時間は大体三分から五分程度。

 

「んじゃ引き分けで」

「そうだな。…ここ最近ずっと引き分けじゃないか?」

「確かに」

 

そう言って笑いながら瓢箪の酒を煽っている。その手には、既に萃めたらしい鉄の塊が握られている。いつの日か鎖の形にするのが面倒だと呟いていたが、また違う日には壊れてしまうことを前提に使っているとも言っていた。

 

「萃香、私にも一口くれよ」

「ん?いいぞ」

 

投げ渡された瓢箪を掴み、一口含む。かなり強いが、私にはちょうどいい。いつもの味だ。

 

「さて、この後どうするか?」

「あー…、この前やってた将棋、だったか?あれやろうあれ」

「お前駒の動かし方ボロボロだっただろ…」

「飛車って斜めだよな」

「それは角行な」

「そうだったか――ん?」

 

誤魔化すように笑いながら目を逸らそうとした萃香が、突然ゴソゴソと探り始めた。

 

「…どういうことだ?」

「それ、あそこの護符だろ?」

 

怪訝な顔を浮かべながら取り出したのは球体の護符。ただし、何故か二つある。

 

「…ちょっと待ってろ」

「待たねぇよ。私も行く」

 

組み手の後処理もせずに、私は自分の家へと駆け出した。私のすぐ後ろには萃香が付いて来ている。乱暴に扉を開け、そのまま部屋へと滑り込み、硬貨型の護符が仕舞ってある引き出しを引っ張った。

 

「…やっぱり」

 

そこにあったのは萃香と同じように二つに増えた硬貨型の護符。これは、つまり…。

 

「行くぞ、萃香」

「そうだな、妹紅」

 

護符を手に取り、私達は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「「じゃんけんポン!」」

「あっち向いてホイ!」

「勝ったー!」

「チクショー!負けたー!」

「あはは…、チルノちゃんこれで七連敗…」

「チルノ弱過ぎなのだー」

「私達全員に負けてるもんねー!」

「…最初いつもグーだからね」

「せめてチョキを出せばねぇ」

「パーであいこだからね」

 

非常に珍しく、チルノちゃん、リグルちゃん、ルーミアちゃん、サニーちゃん、ルナちゃん、スターちゃん、ミスティアちゃん、そして私の八人が揃っている。ミスティアちゃんがここに来ることは比較的少ないのにもかかわらず、ここに来ているのは理由がある。

『禍』、もといまどかさんが人間の里の方々を返り討ちにした。それの伴って、商売がし辛くなったから。ミスティアちゃんはそのことは気にしていなかった。けれど、それよりもまどかさんのことを気にしていた。

 

『幻香さ、一瞬だけなんだけど、凄く悲痛な顔になったんだ…。『禍』として、って自分に言い聞かせてて、見てられなかった…』

 

それを聞いたときは、まどかさんがまた大きなものを背負ったんだろうな、と分かった。ルナちゃんが持ってきた新聞にも載っていた。五十四人中九人死亡。生き残った者も一人残らず全員重症。

まどかさんは、許さないと言っていた。けれど、やりたくないとも言っていた。だから、里から出て来ないことを、心の何処かでは願っていたと思う。けれど、現実は残酷で、結果は散々だ。

 

「…大ちゃん、そんな無理矢理な笑いしちゃって。何かあった?」

「ううん、違うの。ちょっと思い返してただけだから」

 

ついさっきまで思い出していたミスティアちゃんに訊かれ、さらに作り笑いを浮かべてしまう。確かに楽しい。けれど、心の底から楽しめない。

まどかさんが壊れてしまいそうで。何故だか分からないけれど、そんなことが頭から離れない。せめて、私達に出来ることがないだろうか…。

 

「ん…?大ちゃん、落としたよ」

「え?ありがとう…あれ?」

 

まどかさんから受け取った布の護符を拾ってくれたのは嬉しいけれど、仕舞っていたところにはちゃんと布の護符があった。

…そっか、そういうことなんだよね?分かったよ、まどかさん。

私は意を決して、ここにいる皆に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

「…よく出来てるわね」

「ありがと、パチュリー」

 

一枚の紙に描いた魔法陣。本に書かれていたことが正しければ、魔法陣の中心から前方に強い風が吹き出るはずだ。

 

「試していい?」

「いいわよ。ただし、魔力は最小限にね」

「…むぅ、分かってるよぅ」

 

最初の頃に、どのくらい込めればいいのか分からずに一気に流し込んだら、パチュリーが椅子ごと吹き飛ばされて本棚に叩き付けられてしまったことがある。あれは焦った。それ以来、いつもというわけではないけれど、一週間に一回くらいの頻度で注意される。

 

「分かってるならいいわ。…ふふ、ここのところずっと守っているのだから、もうわざわざ言うこともないかしらね?」

 

そう言って笑うパチュリーに見せつけるように魔法陣を発動させる。もちろん、最小限の魔力で。一瞬の突風が吹き、髪の毛が舞い上がる。

 

「フラン、この短期間でよくこれだけ覚えられたわね」

「頑張ったからね。けど、パチュリーが手伝ってくれたからだよ?」

「どういたしまして。…それにしても、レミィは今更フランの何を警戒してるんだか」

「さぁ?知らないよ、お姉様のことなんか」

 

肩を竦ませ、パチュリーの隣に置かれた椅子に座る。体を伸ばしていると、イヤリングに加工してもらった水晶型の護符が揺れる。

最近になって、ようやく紅魔館の敷地内に限って自由に出入りすることが出来るようになった。しかし、外に出るにはやっぱり紅魔館にいる誰かと一緒でないといけない。最後に外に出たのは、新月の夜に妖精メイドと一緒に霧の湖へ行ったことだ。星空を映す湖を跳ねたとても大きな魚は、ほんの僅かな間だけど見惚れてしまうほど幻想的であった。

 

「あー、そろそろ自由に外に出られないかなぁー…」

「まだ難しいでしょうね。私がもう大丈夫だろう、って言っても駄目だったから」

「そうなの?」

「そうなのよ」

 

本を読みながらそう言ったパチュリーは小さくため息を吐いた。一度嵌め直された枷は、なかなか外してくれないものだ。

そんな時、カツン、という音が二つ聞こえた。音の出所を見ると、床に指輪と水晶が転がっていた。…これって、私の水晶の護符とパチュリーの指輪型の護符だよね?右耳にあるイヤリングに触れたけれど、水晶が落ちたわけではないみたい。

パチュリーも本から目を離して床に転がっている二つの護符を見てから、私のイヤリングに目を遣っていた。そして、右人差し指に嵌められた指輪を確認した。

 

「…増えた、わね」

「これって、おねーさんの…?」

「そう、ね。けれど、どうして…」

「決まってるじゃん。呼んでるんだよ、私達を」

 

どうやって複製したのかなんて分からない。けれど、こうして私達にしか貰っていない護符を複製したということは、そう言うことだと思う。

 

「ふふ、確かにそうね」

「行こ、パチュリー!」

「ええ、フラン。行きましょう?」

 

パチュリーの手を掴み、無理にならない程度の歩幅で引っ張っていく。

待っててね、おねーさん。すぐ行くから!

 


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