東方幻影人   作:藍薔薇

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第209話

「はぁ…、はぁ…。うぐ…ッ」

「だ、大丈夫…?」

「…全然。けど、これは必要なことなんです」

 

わたしが迷い家に帰ってから既に一週間が経った。彼女は、わたしが思い出せること全てを記憶に刻み込んだ。頭を流れていった膨大な情報も、それに付いてきた反応と条件の数々も、感情の些細な変化も、何もかも。消えていった者が消えてしまわないように。

だから、わたしは生きていく。彼女が、彼女達がここにいたことを、わたしが証明するために。自己満足?大いに結構。結局、わたしのやっていることなんてその程度のものだから。

 

「少し休む?」

「…えぇ、そうします」

 

そう言いながら、横にいる橙ちゃんに体を預ける。わたしの家は程近いけれど、今はそこに行けるような状態じゃない。頭が軋むようだ。捩じ切れそうだ。張り裂けそうだ。

橙ちゃんに支えてもらいながら、ゆっくりと足を踏み出す。覚束ない足取りだけれど、それにも合わせてくれている。

 

「…少ししたら、わたしの友達が来ます」

「うん、分かった。けど、本当に大丈夫?何をしたの?」

「…友達をここに呼ぶためにちょっと、ね」

 

わたしがやったことは空間把握。ただし、表面を流れるなんてちゃちなものじゃない。大気を満たす分子を流れていく空間把握。これなら、地表からいくら離れていようともう関係ない。おそらく、あの瞬間だけは幻想郷の全てがわたしの妖力で満たされていた。その確信がある。そして、わたしは六つの護符を見つけ出し、その全てを複製した。それも、ただの複製ではない。護符内部へと妖力を侵食させ、その全ての分子を把握。まぁ、次の瞬間には曖昧になってしまうから、そうなってしまう前に複製した。きっと気付いてくれると信じている。

しかし、代償は大きい。まず、緋々色金五つ全てを消耗してさらにわたしが保有していた妖力を残り一割程度まで削り切るほどの膨大な妖力。次に、幻想郷の全てを一度に頭に叩き込まれる圧迫感。最後に、この二つに付随してわたしの肉体精神共に疲労困憊。

 

「ほら、横になって」

「…すみません、水貰えます?」

「ちょっと待ってて!」

 

わたしの家に連れ込まれ、布団に横になるように言われた。特に喉が渇いているわけじゃないけれど、気分を落ち着けるために水が飲みたかった。

 

「はい、どうぞ」

「…ありがとうございます」

 

ゆっくりと流し込み、大きく息を吐く。…うん、少し落ち着いたかな?

 

「ふぅ…。わたしはこんな調子ですから、申し訳ないんですが代わりに皆を出迎えてくれませんか?」

「いいけど…。ここに連れて来ればいいの?」

「ええ。それまでわたしはここで横になっていますから」

 

とは言っても、まだ誰かこっちに来ている気配はない。一緒に持って来ているという確証はないけれど、区別がつかないなら護符の複製も一緒に持って来ていると思う。

横になって休んでいる間に思い出すのは、護符の内部へと妖力を侵食させたときのこと。内部に侵食させた瞬間、わたしの頭に分子構造とはまた別の情報が流れ込んできた。詳細はわたしにはまだよく分からないけれど、多分パチュリーの言っていた術式というものだろう。迷い家へと入るための鍵となっているであろう術式。これを全て覚えて、適当に創ったものに入れ込めば、それも護符になるのだろうか?…試すのは止めておこう。妖力がもう残り少ないし、緋々色金は全て使い切っちゃったし。

 

「あのさ、幻香。皆をここに呼んで何をするの?」

「…知りたいですか?」

「うん」

「…そう思うなら、皆がここに集まったときにここにいてください。どうせ伝えるなら、全員まとめてです」

「そっかぁ、分かった」

 

橙ちゃんがそう言ったとき、複製が近付いているのを感じた。布の護符の複製。そのことを橙ちゃんに伝えると、早速扉から飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

「せ、狭い…」

「流石にこの人数は想定外だろ、この家」

 

わたしの呟いた言葉は、扉に近い壁を背に立っていた妹紅にまで聞こえていたらしい。尤も至極である。

最初に来てくれた大ちゃんを始めとする霧の湖の妖精妖怪達だけで八人。その次に来た慧音と妹紅と萃香で十一人。最後に来たフランとパチュリーで十三人。そして、わたしと橙ちゃんも加えて十五人。明らかにこの家に入っていいような人数じゃない。既に床に足を付けるのを諦めて天井ギリギリに浮いている大ちゃんとミスティアさんと萃香を見ていると、ちょっと失敗してしまったと思えてしまう。

 

「あのー…、私の家のほうが広いし、そっち行く?」

「行く!まぁまどかー、いいだろー?」

「ちょっとチルノちゃん…」

「…そうですね。移動しますか」

 

チルノちゃんを止めようとした大ちゃんも、この状況をよしと思っていないようなので、橙ちゃんの提案を受け入れる。するとすぐに妹紅が颯爽と出て行き、周囲を警戒し始めた。滅多なことがなければ人は来ないと思うけれど、それでも警戒を怠らない妹紅に感謝だ。

一人一人わたしの家から出て行き、橙ちゃんの後ろを付いていく。全員が出て行ったのを確認してから、わたしは家を出る。すると、扉を出てすぐ横にいた慧音に肩を叩かれた。

 

「歩きながらでいい。訊きたいことがあるんだ」

「いいですよ。…慧音の訊きたいこと、何となく分かりますから」

 

わたしの後ろに警戒を続けている妹紅が最後尾になって付いて来ている。最前列付近は萃香がいるし、真ん中には日傘を差したフランとパチュリーがいる。よっぽどのことがなければ問題ないだろう。

隣を歩く慧音に目を遣ると、非常に言い辛そうに口を開けたり閉めたりしていた。…しょうがない、わたしから言うか。

 

「わたしは彼等を必要以上に傷付けて殺したのは、大きく分けて三つ理由があります」

「三つ?」

「まず、その前に色々あって消耗し切っていて手加減出来る余裕がなかった」

 

人差し指を伸ばしながら言うと、慧音は続きを促した。なので、端的に言う。

 

「メディスンちゃんの多種多様の毒を受け、風見幽香に心臓を穿たれたから」

「し、心臓だと!?」

「ええ、流石に死んじゃうかと思いましたよ。…ま、どうにか延命しましたけれど。あ、今はもう治ってますから大丈夫です」

 

後ろにいる妹紅もギョッとした顔でわたし、特に心臓の辺りを見遣っているのが分かる。そんな風に見られても、心臓が治ったことに嘘はない。

 

「次に、『禍』として襲ってきた者がどうなるか伝えたかったから」

「…そうか」

 

中指を伸ばしながら言うと、慧音はわたしがそうした結果、里がどうなったかを答えてくれた。

 

「里の人間達のほとんどは恐怖に支配されているよ。ただし極一部、憎悪に支配された。おそらく、新しい過激派は彼等になるだろうな」

「でしょうね。全員恐怖で縛られるとは思っていませんよ。…出来れば、そんなものよりも外へ出ることを躊躇ってほしいんですがね」

「躊躇ってはいるだろうよ。…ただ、それを上回る怨恨だってある」

 

分かってる。あの爺さんがそうだった。あの爺さんだけがそうだなんて思っていない。他の人だって、同じように危険を冒してまで『禍』を討とうと思うだろう。それに比べると、あの男は危険を冒しているつもりなんてなかったのだろう。無事に『禍』を屠り、何事もなく人間の里に平和が訪れると信じ切っていたのだろう。

 

「最後はその他ですね。面倒だったから。振り抜いたら勢い余って首が捻じれたから。殺さないで放っておいて、また来たら嫌だったから。踵落としを叩き付けたら頭蓋骨が粉微塵になったから。『俺達は死なない』とか抜かす馬鹿に現実を教えたかったから。気紛れで止めを刺したくなったから。…まぁ、そんな感じの個人的でつまらない理由の集まりですよ」

 

薬指を伸ばしながらそう言うと、慧音は押し黙ってしまった。

 

「…以上の三つです。慧音が訊きたいこと、これであっていますか?」

「………あ、ああ、そうだな。すまない、幻香」

「それはわたしの台詞ですよ、慧音。人間の里に残る貴女に無用な苦悩を与えたのはわたしなんですから」

 

それでも、わたしは後悔していない。

 

「さ、着いたよー。入って入って!」

「一番乗りー!」

「あっ!待てチルノォ!」

 

ちょうどよく橙ちゃんの家に辿り着いたようで、先頭にいたチルノちゃんとリグルちゃんが駆け出していった。…そんなに慌てても、全員集まってからじゃないと話さないのに。

 

「さ、行こう!おねーさん!」

 

わたしが扉の前に歩いて行くと、扉の前で待っていたフランに手を引っ張られていく。先に部屋に入っていたパチュリーが僅かに微笑んでいる気がした。

わたしの家より数段広い部屋を見渡し、一応全員いることを確認する。チルノちゃんがリグルちゃんと睨み合っていたり、萃香が瓢箪を煽いでいたりしているが、まあいいか。

 

「まずは、わたしの呼びかけに気付いてくれてありがとうございます。さて、わたしが皆を呼んだ理由を単刀直入に言いましょう」

 

わたしは一週間考えていた。どうすれば人間共は大人しくなるだろうか、と。たくさん思い付いた。今までのように恐怖で縛ってもいい。けれど、それよりも確実な方法がいくつか見つかった。その全てを細部まで見直し、本当に大丈夫であるかも確かめた。そして、一つの結論へと至った。

これでわたしは、もうあの人間共に煩わされないで済む。

 

「異変を起こします。協力してくれませんか?」

 


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