東方幻影人   作:藍薔薇

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第213話

外は満月が輝く夜。まどかさんが異変を起こす日。いや、もう起こしているのかもしれない。

 

「大丈夫でしょうか…」

「どうかしらね」

 

椅子に座って魔法陣を描き続けているパチュリーさんは、私には目もくれずにそう答えた。パチュリーさんがまどかさんに頼まれたことは詳しくは知りませんが、どうやらかなり難解なもののようですね。

わたしに頼んでくれたことは、紅魔館の妖精メイド達に『一緒に遊ばないか』と誘うことでした。チルノちゃんに合わせてなのか、本気で言っていたのか。眼を見れば後者であることは明白。異変を遊びと言い切ってしまうまどかさんには驚かされましたけど、せっかく頼んでくれた役目。わたしは、この日になるまで紅魔館の妖精メイド達を一人ずつ誘っていきました。皆が皆了承してくれたのは、やっぱり遊びたいという欲求が強いからでしょうね。

 

「不安?」

 

ふぅ、と一息吐いて休憩し始めたパチュリーさんが私に顔を合わせて訊ねてきた。

 

「…はい、とても。まどかさんがやろうとしていることを深く知らないからでしょうけれど…。それでも、やっぱり不安です」

「私も知らないわよ。けど、幻香ならやるわよ」

「どうして言い切れるんですか?」

「どうしてかしらね?」

 

そう言って小さく笑うと、また魔法陣に向かってしまった。けれど、私のことを無視するつもりではないらしく、言葉を続けてくれた。

 

「出来る出来ないを度外視すれば、思い付くという点で幻香は凄まじいわ。そんな彼女があれだけ考えて計画したもの。よっぽどのことがなければ平気よ、きっと」

「…それでもきっとなんですね」

「そりゃそうよ。考えもしなかったことが起きて、それが幻香に対処出来ないことならお終いね」

「それは…、そうですね…」

 

出来ることなら、そんな不安の助長させるようなことを言わないでほしかったです。

 

「ま、不安で震えて待つくらいなら、信じて待っていたほうがいいでしょう?信じなさい、幻香を。そして、皆を」

「…そう、ですね。信じましょう、まどかさんと皆を」

 

まどかさんは一段落ついたらここへ来てくれるそうですから、それを信じて待ちましょう。まだ少し不安は残っているけれど、それを払拭するためにも、分からないことを少しでもなくしたい。

 

「ところで、パチュリーさん」

「何かしら?」

「どんな魔法陣を描いているんですか?」

「詳細は秘密にしてほしい、って言われているのだけど…。どこまで言っていいのかしら」

 

そう言うと、魔法陣を描く手を止め、目を瞑り額に指を当てて少し考え始めた。それから十数秒。額に当てていた指を私に向けながら言った。

 

「今は二つ頼まれているのだけど、どちらも演出に使うそうよ」

「演出、ですか?一体どのような…」

「一つは少し前にやったから、もしかしたら分かるかもしれないわね」

「…ロケットの推進力でしょうか?それとも、まだ試作段階と言ってた座標移動でしょうか?」

「どちらも外れよ」

 

パチュリーさんが私の座標移動を調べ続けた結果、魔法陣による座標移動に成功した。ただし、非常に非効率で小物しか移動出来ないのに膨大な魔力を消費し、入り口と出口のように、二つの魔法陣の間でのみ可能であった。出来る、ということが大きな一歩だそうだけど、まだ満足はしていないようで、これから改良していくと言っていた。

 

「ちょっと悔しいですが、分かりませんね。それで、二つ目はどのような演出を?」

「これは初めてね。それっぽく見えれば十分、って言われたけれど。けど、出来るだけいいものにしたいじゃない?…まぁ、なかなか納得のいくものが出来ないのだけどね」

 

そう言って失敗作だという魔法陣を発動してみせると、火柱が真っ直ぐと伸びていった。

 

 

 

 

 

 

手元にあるのは、おねーさんのお土産の紅い玉。表面は鏡のように私が薄っすらと映るほど綺麗で、転がせばいつまでも転がってしまいそうなほど丸い。とても小さいから、なくしてしまわないようにキチンと仕舞ってある。

どれだけ目を凝らしても『目』が見当たらない。人差し指と親指で挟んで潰そうとすれば潰れてしまうだろうけれど、そんなことはしない。

 

「…遅い」

 

それにしても遅い。懐中時計を見ると、もう夜になっているはずだ。今日の夜に異変決行と言っていたのだけど、ずっと前からベッドの上でゴロゴロ転がったり、部屋の端から端を無意味に歩き回ったりしてまだかまだかと待っていた。料理を届けてくれた妖精メイドに『楽しみだね』とか『まだ夜には早いですよ?』とか言われたけれど、やっぱり待ち切れなかった。

 

「あっ!」

 

手のひらの上で転がしていた紅い玉がス…、と消えた。…ついに来た。異変の開幕。そうとなれば、私がやるべきことは一つ!ベッドから跳び出し、そのまま地下の扉を蹴破って駆け出していく。

おねーさんは最初、わたしは他の人と同じようにひとまず待機することが役目だと言った。けれど、どうにかならないかとおねーさんに頼みに頼み込んだら、少しの間考えてから別の役目を貰うことが出来た。無理言ってごめんね。けど、何もしないで待っているなんて出来なかったから。

 

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 

階段を駆け上がりながらレーヴァテインを取り出し、ところかまわず振り回す。斬り裂かれ砕け焦げ付き崩れる壁。振り撒かれる炎で燃え盛るカーペット。衝撃に耐えられず破砕する飾り物。好きなだけやっていいよ、って言われたけれど、これくらいなら大丈夫だよね?

私が目に付いた瞬間蜘蛛の子を散らすように避けていく。妖精メイドは傷付けない約束になっているから大助かりだ。そのまま何でもかんでも壊しながら、部屋の扉の『目』を潰し、吹き飛ばした。

 

「やっほー、お姉様」

「フ、フラン…?」

 

椅子に座って休んでいたのだろうお姉様は、私を見てすぐに目を見開いた。手に持つのは破壊の象徴、レーヴァテイン。体には煉瓦の破片とか焦げた布の切れ端とかが付いている。そりゃあ見開くよね。

私の役目はお姉様とやり合うこと。無力化出来ればそれで構わないし、最悪負けなければそれでいいと言われた。そこへ向かうまでは、お姉様とやり合う理由付けのためにいくらか破壊行為をすることもいいかもね、とも言われた。その場ですぐにすることにした。多少の罪悪感はあるけれど、別に構わない。

 

「ねぇ、遊ぼうよ。何だかさぁ、久し振りに壊したくて壊したくテタまラなイの」

 

あの時少しだけ聞いた調子外れの口調を真似して言うと、お姉様はダン、と大きな音を立てて立ち上がった。

 

「なくなったと思ってたけど、また湧いて出たのね…ッ」

「さァ?…ネぇ、遊ぼウ?」

「そう…。どうしても止まらないと言うのなら、やるしかないわね!」

 

その手に掲げたのは真紅の槍、グングニル。目付きは鋭く、既に臨戦態勢だ。それに対し、私はお姉様へ駆け出しながら四人に分かれ、一人一本レーヴァテインを持つ。前から、上から、右から、左から。囲むように同時にレーヴァテインを薙ぎ払う。

 

「チぇ」「避けラレた」「ケどまァ」「続ケルけド」

「く…ッ!」

 

刃に触れる一歩手前でお姉様は霧となって避けられてしまった。いくらか肌は焼けただろうけれど、そんな程度では止まらない。

霧の動きを輝く無数の『目』を見て追って天井を見上げると、そこに霧が集まりお姉様が現れた。その姿勢は、槍を投げ付ける一歩手前。

 

「フッ!」

 

私達に向かって飛来する一本の槍。吸血鬼の腕力に重力を加えた霞むような速度で打ち出されたそれを、冷めた目で見詰めた。

 

「アハァ」「駄目駄目」「こンなのジャ」「安直だヨ?」

「な!…ッ!」

 

まず一太刀でグングニルの先端を斬り砕き、二太刀で刀身の腹を正面から当てて打ち返す。残り二本は要らなかった。炎を纏った槍、というより棒はお姉様に突撃していったが、残念ながら避けられてしまった。…ま、この程度か。萃香との特訓のほうが難しかったかなぁ。

さてと、おねーさんは大丈夫かな?大丈夫だよね。だって、おねーさんだし。

 


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