東方幻影人   作:藍薔薇

214 / 474
第214話

目を凝らすと、遠くのほうに紅魔館が見える。少し前にここまで熱くなってくるような炎が燃え盛り、幻香が異変を始めたことを伝えてきた。

けれど、私を含めたここにいる皆は幻香に待機を頼まれた。次のために休むなり、学ぶなり、訓練するなり、乱入するなり、裏切るなり、好きなようにして構わないとも言われた。

 

「ねー、何して待ってるかー?」

「そうねぇ…。私としては星でも見ていたいのだけど」

 

木の枝に腰かけているルーミアとスターがそんなことを話しているのを聞き流しながら、私は光の弾幕をサニーに放つ。しかし、その弾幕はサニーに当たる直前で鋭角に曲がり、あらぬ方向へと飛んでいく。

 

「ちょっとリグルー!もう休もうよぉー!」

「そうだね。少し休もうかな」

「…お疲れ、サニー」

 

ルナがサニーを労うのを見ながら、私は僅かに火照る体を休めるために樹のふもとで腰を下ろした。その隣には少し前からいつものように眠っているチルノがいる。チルノの周囲は少し冷えるけれど、今の私にはちょうどいい。

 

「お疲れ様、リグル。…大丈夫?」

「大丈夫だよ、ミスティア。けど、ただ待っているだけなんて嫌だからさ」

「なら、どうにか出来ないか幻香に頼んだらよかったのに。フランさんみたいに」

「…かもね」

 

けれど、私達と同じように待機するように言われていたフランが幻香に何度も頼み込んだ結果、フランに見えない位置で困ったような顔を浮かべていたのを私は知っている。だから、私はここで待つことにした。ただ待つだけじゃなくて、次のために少しでも体を動かしておくことにした。

 

「あのさ、リグル」

「何?」

「一段落したらすぐに分かるって言われたけど、どう思う?」

「んー…。さっきみたいに派手なことをするんじゃないかな?」

「だよねー!さっきの炎!ドッカーン!って感じで!」

「ちょっ、サニー。チルノが起きる…」

「あ、ごめん」

 

言葉だけの謝罪を聞き流し、眠っているチルノを見る。眉をほんの僅かにひそめたけれど、すぐに穏やかな寝息を立てているのが聞こえてきた。よかった、大丈夫そう。

…よく見たら、サニーの後ろにいたルナが成し遂げたような顔をしながら私に親指を立てていた。

 

「コホン…。幻香がすぐに分かる、って言ったんだから、それこそ一目見れば分かるようなことをするよ。そうしたら、私達は紅魔館へ行く。そう言われたでしょ?」

「…うん、そうだよね。ゆっくり待ってる。そのときまで、ね」

 

それにしても、ただ待機するんじゃなくて、こんなことをしたらどうかと付け加えていた。私にはせっかく出来るようになった光の弾幕をもう少し使えるようにしたらどうかとか、チルノには弾幕を凍らせてからそれをどうするか考えてみたらどうかとか、サニーには光の屈折を隠れるだけに使うのはもったいないだとか、ルナには無音にすること自体は強力なことなのだから基礎を向上させたらどうかとか、そんなことを私達全員に言っていた。

何て言うか、幻香にとっての待機は私の知っている待機とは違う気がしてきた…。

 

 

 

 

 

 

流石に夜になると、人間の里は相当静かだ。仮に真っ昼間に私がここをうろついていたら色々グチャグチャ言われることだろう。実際言われたから分かる。

コソコソと動くのは得意ではないから、道の真ん中を堂々と歩む。隠れるようにポツポツと小さな明かりが灯っているのは、妖怪を対象にしている店らしい。いかにも怪しい道具や動物の血液なんかを売っているとか。普通の人間に見つかったらヤバい店らしいから、こうして寝静まった夜にしか開かれない。それでもバレたときは閉めざるを得ないとかなんとか。そんなことを幻香が言っていたことを思い出した。

しかし、私はそんな店に用はない。目的地は慧音に教えてもらったが、本当に合っているだろうか?少し心配だ。慧音の情報がではなく、私がちゃんと覚えているかが。

その心配は杞憂だったようで、ここら一体で最も大きな屋敷の正門に着いた。そこには夜通し見張りをしているだろう男が二人、刺又を持って立っていた。

 

「…ここに何の用だ?」

「お前には関係ないことだ。何せ、すぐ眠るんだしなぁ!」

 

両腕を振るって二人の刺又を同時に圧し折り、驚愕で固まっている間に片方の男の腕を掴み、もう片方の男に向けて投げ付ける。二人を巻き込んで地面を粗く削りながらかなりの距離を滑っていく。少し待って二人してピクリとも動かず、伸びてしまっているのを見ると、少し悲しく思えてくる。

正門を堂々と跨ぎ、屋敷の入り口の扉をブチ破る。その音に気付いたのか、それともさっき二人を伸ばしたときの音で警戒していたのか、数人の付き人らしい者が刺又を手に現れた。

 

「貴様、何者だ!」

「この屋敷を何処と心得ておる!」

「鬼。知らね」

 

実際知らない。ここでの役目はしっかりと覚えているのだけど、ここの名前なんか訊いていないから分からない。

先頭を突貫してきた者が伸ばす刺又を掴み、そのまま横に振るって壁に叩き付け、後続に投げ返す。倒れる者達に混じって恐れ戦き腰を抜かす者がいることに気付くと、哀れみすら覚えてくる。

 

「…ちょっと弱過ぎないか?」

 

全員が全員持っている武器が刺又なのは、捕縛を前提としているからなのだろう。…温い。温過ぎる。平和なことはいいのだろうが、その弊害だってある。時間ってのは残酷だ。あの頃の人間は、もっとまともな動きをしていた。脅威から身を守るために練り上げられた武器や体術、卓越した技術の数々。それらは時間と共に擦り減り、削れ、摩耗し、少しずつ失われていき、そしてついには忘れ去られてしまった。それが悲しく思えてくる。

奥のほうでドタバタという足音が聞こえ、そちらへと向かう。おそらく、あの足音の主が私の目的までの道案内役になるだろう。そう思い、廊下を一気に駆け出す。

道中すれ違う者は問答無用で壁に床に天井に吹き飛ばし、私の接近に気付いたからかさらに加速する足音めがけて走り続ける。

 

「お逃げくだ――ガフッ!?」

「よっと。ここかな?」

 

そして、襖を開けてそう叫ぶ男を後ろから蹴飛ばす。そのまま壁まで真っ直ぐと吹き飛び、大穴を開けて外に転がっていった。

寝起きであろう部屋の主は、近くにあった蝋燭に火を点けてから寝惚け眼ではあるものの、私を睨み付けた。

 

「何者ですか?」

「伊吹萃香。鬼だよ」

「一体、私に何の用ですか?」

「歴史を編纂してるくせに分からないのか?なぁ、稗田阿求さんよ」

 

一歩近付くと、阿求が布団から出て後退り、さらに詰めれば後退る。繰り返すこと数回、遂に後ろは壁となり、もう逃げ場はない。顎に手を伸ばしてグイッと引き上げ、顔をギリギリまで近付ける。その状態で中指を首元に伸ばし、二、三回触れると息を飲むのが伝わってくる。

そのまま震えて動かず黙っている阿求が答えるように、ほんの僅かに爪を立てる。薄皮一枚を破り、あとほんの少し動かせば思い切り血が噴き出すことだろう。そのまま数秒、ようやく阿求は口を動かした。

 

「…お、鬼、攫い」

「大正解。よかったな、この幻想郷で鬼に攫われるなんて滅多にない。貴重な経験になるだろうよ」

「ふ、ふざけないでください」

「ふざけるな?…ハッ、それを私に言うか?悪いが、もう決まってることなんだよ」

「決まってる?…もしや、誰に頼まれたんですか?」

「お、いいとこ気付くね。もし問われれば正直に答えるように言われてるんだよ」

 

どうせ隠す必要はないから誤魔化さなくていいですよ、と言われた。ただし、どうせ名前を言っても伝わらないだろうからこう答えるように、と付け加えられたことを思い出し、それを口にする。

 

「『禍』」

「わ、『禍』…。災厄の、権化」

「鬼攫いの再来だってよ。ちょっと語呂がいいと思わないか?」

 

それにしても、災厄の権化ねぇ。『禍』本人を見たらどう思うのやら。

 

「さてと、おしゃべりはここまでだ。全員おねむだと思うが、援軍が来られると面倒だしな」

「な…!」

 

眼を見開くのも気にせず米俵でも担ぐように阿求を肩に乗せる。ちょいと暴れるが、どうってこともない。それより、いくら女子供だからってこんな貧弱な力しか出せない人間がいることに驚いた。握られた拳で叩かれているにもかかわらず、ほんの少しの痛みも感じない。

 

「あっと、そうだ。紙と筆も一緒によろしく、って言われたんだった。危ない危ない」

 

近くにあった机の上に置かれていた紙束と筆を数本、墨も二つほど手に取る。多分、これで忘れ物はないはずだ。肩で何かゴチャゴチャ騒がしい阿求の言葉は一切無視し、さっきブチ抜けた穴から外へ出る。

 

「舌噛むなよ」

「へ?――うひゃっ!?」

 

上空まで急加速し、屋敷を飛び立つ。目指すは紅魔館だが、私が到着するまでに終わっているだろうか?終わっていなかったら、ある程度遠くでそのまま終わるのを待つように言われたんだが…。待っているのは億劫だ。そう思い、いつもより何倍もゆっくりと紅魔館へと向かった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。