東方幻影人   作:藍薔薇

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第217話

「ォラアァッ!」

「がァ…ッ!?」

 

全身を生かして放つ神速の掌底が門番の鳩尾へめり込んだ。どれだけ強固な壁であろうと関係ない。この掌底は外側に一切衝撃を伝えない。布を抜け皮を抜け肉を抜け内側のみに衝撃を加える。

ゆえに、この掌底はあらゆる防御を突き抜ける。

 

「ま、だまだ…。こんな程度で終わる私じゃない!」

「へっ、だろうよ。確かに抜けた感触はあったが、軽く乱された」

 

対象の壁となるものがどのようになっているか把握して適切に打ち込む。これは言葉で言うと単純でも、実際にやると難解だ。ちょっと間違えれば手前の壁に衝撃が逃げる。そして、衝撃が通る瞬間に壁が変われば衝撃は分散する。それをやってのけるこの門番は真に強者だ。

それでも無傷とはいかないようで、前よりもキレが削がれた足刀を受け流す。しかし、こちらも完全には受け流せず、手甲が僅かに痺れる。続いて放たれたもう片方の足刀を腕で受け止め、ミシリと嫌な音が聞こえてきた。しかし、嫌な音が響いたところが一瞬燃える感触を覚え、気付けばもう元通り。

門番の脚を弾き飛ばし、一旦距離を取る。これまでの攻防で自然と力んでいた体を落ち着かせ、両腕をだらりとぶら下げる。構えない構え。自然体。どの動きにも対応出来る、私が見出した最適解。さて、どう来る…?

 

「はい、そこまでです」

「な!?」

「ッ!?」

 

そんな私と門番の間にフワリと降り立った者のその両肩には、見覚えがあるような気がしないでもない二人が担がれていた。片方が紐でグルグル巻きにされ、もう片方は四肢が欠損して全身ボロボロ。そんな二人をここに持ってきた血塗れの幻香は、平然とした顔で私達を見回した。

私はここから動こうとは思えなかった。それは門番も同じようで、幻香がここに降りてから一歩も動いていない。今動いたら何をしでかすか分からない。そんな危うい雰囲気が幻香から漏れ出ていたから。

そして、そんな幻香が私を見たところで顔を止め、口をゆっくりと開いた。

 

「見て分かる通り、占領完了です。ですから、これ以上は趣味の領域ですよ」

「ってことは、それがレミリアか?」

「ええ。紅魔館の主、…いや、元かな」

 

そこまで言うと、今度は私の反対側にいる門番に向き直った。

 

「美鈴さん、…いえ、紅美鈴。貴女に解雇通知です。紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは落とされました。よって、貴女は紅魔館の門を守護する役目から外されます。これまでの勤労、お疲れ様でした」

 

無警戒、としか思えないような足取りで門番、美鈴に歩み寄っていく幻香を見ていると、頬が引きつる。自然と重心が前へと傾き、いつでも飛び出せるように自然体が崩れていく。

しかし、そんな私の警戒は無用であったようで、美鈴は幻香に対し構えを取ってもそこから続くことはなかったのだから。

幻香が美鈴のすぐ目の前に止まると、続く言葉を放った。

 

「そして、貴女に採用通知です。紅魔館の新たな主であるフランドール・スカーレットに仕え、新たな紅魔館の門番として働きませんか?」

「…私の主はレミリア・スカーレットです」

「そうですか。それは残念」

 

残念と言いながら、全くそんなことを思っていない。むしろ、知っていました、と言っているようにすら感じる。

 

「それじゃあ、この二人は貴女に渡しますね。どうぞ、好きなように扱ってください。咲夜さんがいちいちうるさかったので気絶させたことも、レミリアさんをここまで傷付けたことも許さなくて結構です。妬もうと恨もうとご勝手に。やることが思い付かないなら、こことは別の場所に紅魔城を建てる、なぁんてどうですか?」

 

最後だけははおどけた口調で言って、巻き付けていた紐を解いてから二人を美鈴に手渡した。受け取った美鈴は僅かに困惑しているようにも見える。

 

「よし、これでお終い。…さ、二人を連れてここからさっさと往ね。わたしが気紛れ起こす前に、さ」

 

そう言いながら放った妖力弾が、美鈴の頬を掠めた。薄く血が滲むと、今更のように湧き出たらしい激情を無理矢理抑え込み、それでもなお溢れる感情が右脚を地面に振り下ろされた。陥没する大地、舞い上がる土埃。

 

「…幻香さん」

「何でしょう?」

 

コテン、と首を傾げた幻香に、美鈴は名を言ったにもかかわらずその先を告げることなくこの場を離れていった。怒りの中に何故か僅かに悲しさを滲ませた表情を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

「わ、『禍』…。それに、あれはまさかレミリア・スカーレットに十六夜咲夜…?」

「お、流石編纂家。大正解」

「…茶化さないでください」

 

紅魔館の遥か上空に漂うように浮かんで妹紅の戦闘を観戦していたら、両肩に二人を担いだ幻香が紅魔館の窓から飛び出してきた。一瞬だが、確かに私に視線が向いたのが見えたので、私が既に鬼攫いを終えたことは分かっただろう。

 

「…何を話してるんでしょうか」

「さぁな。聞こうと思えば聞けるが、あんまりやりたくない」

 

意識を繋げたまま自分を疎にするのは割と疲れる。それに、一応妖霧になるのは約束を破ることになる。必要とあれば構わず破るが、必要なければやらないようにしている。

美鈴、だったか?妹紅とやり合っていた紅魔館の門番が、幻香に渡された二人を担いで素早く去っていった。

 

「さ、降りるか」

「え?――きゃっ!」

 

浮遊を止め、重力に従って地に降り立つ。全身を使って衝撃を逃がし、担いでいる稗田阿求を出来るだけ揺らさないように気を遣う。反対の手に持っている風呂敷の中身が零れていないことを確認してから、幻香と妹紅のいる場所へ向かう。

 

「お、萃香。…と、阿求だったか?」

「そうですよ。ま、わたしの自己紹介は後でやるとして、わたしはやることがまだあるので。それでは、また後でね」

 

返り血に濡れながら微笑む幻香がそう言うと、のんびりと浮かび上がった。ただ、幻香の左手に穴が開いているのが少しばかり気になった。まさか、気付いていないのか?

 

「さてと。私達も行くか」

「おう、そうだな。次は何をするのやら」

「さぁな」

 

肩を竦めたいくらいだが、肩にいるものがあって出来ない。その肩にいる者がモゾモゾと体を動かし、妹紅のほうを向いた。

 

「貴女は、もしや死なない少女、藤原妹紅ですか?」

「…あぁ、そうだが。それがどうかしたのか?」

 

途中、僅かに眉をひそめたが妹紅は肯定した。私は阿求がそれを問う理由が理解出来なかったが、それは妹紅も同じようだ。

 

「どうして貴女のような方が『禍』に手を貸しているのですか?」

 

しかし、それに続く問いで空気に大きな亀裂が走った。確かに妹紅は人間で、幻香と私は妖怪。特に、人間の里では『禍』などと呼ばれている幻香と共にいるのを不思議に思うのは至極真っ当なことかもしれない。だが、その問いは明らかに失敗だ。誰が見ても明らかなまでに不機嫌な顔を浮かべる妹紅を見れば、それはすぐに分かるだろう。

 

「…悪いのか?人間は妖怪と共にいたらいけないとでも言いたいのか?」

「い、いえ…。そのようなつもりでは…」

「どんなつもりだよ。…いや、もういい。確かにそっちから見れば私は異質だ」

 

妹紅は話を続けることを拒み、足早に紅魔館の中へと歩んでいった。待って、と手を伸ばしても、その声は流され、その手は届かない。

 

「あーらら。残念ながら不正解だったな。くく…、満点逃しちゃったなぁ」

「…茶化さないでください。私の問いが軽率だったことは認めます」

「そうかい。…お、なかなか綺麗じゃん」

 

紅魔館の頂点に立った幻香は、天に手を伸ばしていた。その指先は薄紫色に瞬き、徐々に光が強くなっていく。そして、一点に収束していく光を天に放った。空高く昇る光は星に紛れ身を隠したと思ったら、一気に炸裂した。数秒と経たずに消えてしまったが、その鮮やかな幾千の光の筋は目に焼き付いた。

幻香は、異変が一段落着いたということを伝える狼煙を上げたのだ。

 

「さてと、私も行くか」

 

しかし、紅魔館の何処で集まればいいのか一切言われていないな。どうしたものかねぇ。

 


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