東方幻影人   作:藍薔薇

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第221話

本棚からどれを読むかは特に決めずに一冊の分厚い本を引き抜き、開き癖が付いていたからか、やけに開きやすいところで開いた。中にある長ったらしい文章と小難しい挿絵に一瞬目を通したけれど、わたしの頭の中はそんなことよりも、これからの計画についていっぱいになっていった。

どれだけ考えても、完成したとはとてもではないが言えない。よりよいものにすることは出来ても、一切隙のない完璧な計画にすることは不可能だ。だから、わたしは思い付く限りの可能性を網羅し、それに対して一つずつ手段を用意しておく。対処出来るものを増やし、異変の目的の成功の可能性を少しずつ上げていく。

まぁ、ここまで来ればもうほとんど成功したようなものなんだけど…。それでもやっぱり気が抜けない。そうだから、わたしの後ろに近付いてきた萃香にすぐに気が付き、すぐに振り返った。

 

「どうかしましたか?」

「いや、思い出したことがあってさ」

 

そう言うと、人差し指と中指と薬指を伸ばした。そして、すぐに薬指を折り畳む。

 

「まず、異変を解決しようとするやつなんだけどさ。紫も来るんじゃないか?」

「え?紫?…あぁー、そういえばすっかり忘れてましたね。出て来ないことが分かり切ってたので」

「はぁ?どうしてそんなことが分かるんだよ」

「ちょっと交渉して、わたしが異変を起こしている間だけ干渉しないことを約束しましたから」

「…それ、信用出来るのか?」

「さぁ?この約束を破ることで八雲紫が受ける損害を可能な限り大きくしたので、出て来ないと思うんですけど…。どうなんでしょうね?」

 

幻想郷全壊を天秤に掛けたのだし、よっぽどのことがなければ出て来ないと思うけど。まぁ、わたしが見えないところでコソコソと何かしている可能性もあるわけですし、注意はしないといけないよね。もし、八雲紫の干渉に気付いたら、遠慮なく幻想郷を崩壊させよう。わたしも死んでしまうかもしれないわけだけど、まぁ別に構わない。

しかし、そもそもが夢の中の話。あれはわたしの夢が勝手に生み出したものであって、本物の八雲紫ではない可能性だって極僅かに存在する。もしそうだとすれば、八雲紫は特に気にせず外に出ているだろうし、それによってわたしは幻想郷を崩壊させかねない。…そのときはどうしようかなぁ。気にせず壊してしまうか?…それでいいか。

そんなことを考えていると、萃香は中指を折り畳んだ。

 

「それと、次は慧音からの伝言」

「慧音からの?」

「『こっちは任せろ』だってさ」

「…返事を伝えられないのが悲しいですね」

 

わたしがこれから人間の里へ赴くわけにはいかない。計画が色々と破綻しかねないし、そもそも行きたくない。これからあの人間共に煩わされずに済むようにするっていうのに、わざわざ会いに行きたくない。

 

「終わってからでも十分だろ?」

「…ええ、そうですね。全て終わってから考えましょう」

 

今はこれから起こす異変のことを考えよう。そして、萃香は最後に残された人差し指をわたしに向けた。

 

「最後だ。どうしてわざわざここを占領した?異変を起こすだけなら何処でやろうと変わらないだろうに、どうしてわざわざ紅魔館を選択したんだ?」

「フランとパチュリーが中にいるから。それと、目立つから。…まぁ、この二つが大きいかな」

「細かいのはいい。最初はいいとして、次だ。さっきは目立たないほうがいいとか言ってたじゃねぇか。矛盾してないか?」

「異変を起こす、という行為自体は目立たせる必要があるので」

 

そう言うと、萃香の表情がよく分からんと極太で書かれているようなものになった。

 

「…意味分からん。何が違うんだ?」

「異変を目立たせて、目的を覆い隠す。つまり、異変が終わった頃には目的は達成されているんですよ」

 

追加で説明すると、さらに文字は太くなってしまったようである。しかし、その表情は少し経つと元に戻った。どうやら、考えることを後回しにしていたと見える。

 

「ま、私からはそれだけだ。邪魔したな」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

どうせ本の中身は全然頭に入っていなかったわけだし。しかし、そのことを伝えるのは少し恥ずかしかったので、萃香を黙って見送ることにした。

そして、読むつもりのない本をパラパラと一定の速さで捲り続けながら、わたしは計画について考えを深めていった。

 

 

 

 

 

 

「…あ」

 

最後の一枚を捲ってしまった。始めたところから考えると、かなり長い間計画を練り続けていたことになる。…このくらいでいいや。考え過ぎても疲れるだけだし、あとはその場の雰囲気で何となくやればいけそうかな。全て決まりきった路線を進めるわけじゃないのだから、ある程度遊ばせてもらうつもりなのだし。

 

「…『禍』」

「またですか?」

 

本棚に本を仕舞い、仮眠でも取ろうかなと本棚の間から出て行くと、またもや阿求さんに呼び止められた。机に乗っている紙を見下ろすと、わたし達が話していた内容が並んでいた。

 

「改めて問います。貴女はなぜこのようなことをするのですか?」

「それは貴女達がそう望んだからで――」

「違います、それはもう聞きました。それに、それは貴方の理由ではないでしょう?」

「…一応、理由の一つなんだけどなぁ」

 

まぁ、彼女に言ったその理由は全体の小さな欠片程度の大きさでしかない。そのくらいどうでもいい理由だったのだが、どうやらバレてしまったらしい。別の見方をすれば、鎌掛けてより多くの言葉を引っ張り出したかった、何てことも考えられるけれど、まぁ別にそうであっても構わない。この手の探り合いはよくやった。

 

「で、どんな理由がお望みですか?」

「真実を」

 

真実、ねぇ…。

 

「平和のため」

「嘘を言わないでください」

「酷いなぁ。真実ですよ、これ」

「…そんなはずないでしょう、『禍』」

 

ほらやっぱり。真実を求めているとか言っているくせに、実は自分にとって都合のいい答えを求めている。『禍』という括りから外れたような答えは最初から望まれていない。まぁ、分かっていたけど。

だから、彼女がいかにも望んでいそうな言葉に言い直す。まぁ、かなり虚構が混じっているけれど、これもわたしの理由の一つに成り得るし、これでいいや。

 

「…はぁ。じゃあ、こう言ってやるよ。わたしが巻き起こす禍災で人間共を恐怖のどん底に叩き落とし、苦痛と絶望に歪む表情を眺めて悦に浸りたい。貴女達が望んだからやっていることでもあるけれど、わたし自身も望んで行っています。…はい、これで満足?」

 

というか、混じっている嘘を取り除くと少し前に訊かれたことの答えを言い直しただけである。それでも、阿求さんが求めていた答えであったようで、わたしを強く睨みつけながら諭すような言葉を吐いた。

 

「貴女は、人里あっての幻想郷であることを知らないのですか?私達人間がいるからこそ、幻想郷が成り立っていることを。だからこそ、人里に妖怪が攻め入らない。それを分かって言ってのことですか?」

「知ってる」

「じゃあっ!」

「わたしは幻想郷が崩壊しようと別に構わないから」

 

まぁ、貴女がそういうことを言うことは既に予想済みだから。今更そんなことを言われても、どうとも思わない。

 

「…く、狂ってる」

 

しかし、阿求さんは予想外であったようで、そんな言葉を呟いた。うん、わたしが異常者であることはよく言われるから。この容姿も、この能力も、この思考も、まとめて全部おかしいって。

 

「まぁ、自覚はありますよ。破滅願望と消滅願望は確かにありますからね」

 

そう言うと、阿求さんは口元を押さえて蹲ってしまった。…多少の破滅願望と消滅願望は誰にだってあると思うんだけどなぁ。だた、それを実行しようとすると理性によって抑え込まれるだけで。

わたしから見れば、貴女だって十分狂人だ。記憶はほとんど引き継がれないといっても、何度も転生して編纂を続けようなんて考える、阿礼の遺した秘術に縛られた人形。

 

「それじゃ、頑張ってくださいね」

 

まぁ、そう思っても口にする必要はない。そんなことは、もう彼女は分かり切っているのだから。

 


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