東方幻影人   作:藍薔薇

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第223話

雲が九割方を占める夜空を見上げ、隙間から覗く月と星を眺める。特に何かをするでもなく、ただただボーっと見続けていた。どのくらい経ったかは知らないけれど、短くはないだろう。夜明けも近い気がする。そして、夜が明けてしまえば、わたしの異変も本格的に始まる。あれだけ考えた。出来るだけのことはしたつもりだ。わたしの目的は、達成出来るだろうとは思っている。けれど、それでも上手くいくかどうか分からない。最良の結果を得られる、なんて甘い考えは持ち合わせていないつもりだが、最悪の結果を得てしまう可能性だって、当然のようにある。そのときは、あの八雲紫にわたしは縛られるわけだが…。それも既に賭けたこと。今更覆すつもりはない。

布が擦れるような音を耳が拾い、少しばかり警戒する。音は…、紅魔館の中からか。これは、多分フランかな。そう考えながら、開かれた近くの窓を見遣ると、そこから抜け出てきたフランと目が合った

 

「おはよ、おねーさん」

「おはようございます、フラン」

 

こっちに飛んできながら挨拶してくれたフランに、こちらも挨拶し返す。そして、フランはわたしの隣に腰を下ろした。

 

「もう起きてたんだ」

「大分前に目が覚めちゃいましてね。けど、二度寝しようとは思えなくて」

「そっか」

 

元々仮眠だったというのもあったけれど、わたしは夜が明けてから割と早くにここを一度出て行く。だから、二度寝して寝坊なんてことをしないように、起きていようと考えていた。

何もせずに待っている、というのはかなり苦痛であったが、何かをして無駄に消耗する気にもなれなかった。

 

「それにしても、よくここが分かりましたね」

「んー…、何となくだけど、ここにいる気がしたんだ」

「へぇ。予想的中じゃないですか」

「そうかもね」

 

そう言って笑うフランに、わたしは一つ問い掛ける。吸血鬼だからこその質問を。

 

「ところで、一つ訊きたいんですが。レミリアさんのあの傷は、もう治っていると思いますか?」

「んー…。あれって銀でしょ?それなら、多分まだじゃないかな。…けど、もし人の血を吸ってたら、もう完治してる」

「何人程度?」

「五…、いや六人くらいかな?」

 

五、六人吸血をすれば完治かぁ…。そんなことしていないだろうな。何せ、博麗神社にいるのだし。

そう考えていると、フランはわたしと同じように空を見上げた。眉を僅かに落とし、小さな吐息の後でフランは小さく言った。

 

「…上手くいくのかな」

「それは、わたしのほうですか?それとも、フランのほうですか?」

「両方。私はパチュリーが手伝ってくれるからそこまで心配してないけど、…おねーさんはどうなの?」

「…大丈夫ですよ。上手くやっていきますから」

「なら大丈夫だよね。私、信じてるから」

 

微笑むフランは、わたしの言葉に何の疑いも抱かずにそう言いながら立ち上がった。そして、何処からか懐中時計を取り出すと、蓋を開いてわたしに見せつけてきた。その時刻は五時少し前。

 

「そろそろ日の出だよ。さ、戻ろ?」

「そうですね。さっさと戻りましょうか」

 

日の出から一時間後にフランには役目がある。それに、皆には日が昇る前に色々と伝えたいことがあるのだから、ちょうどいい。

フランが開けっ放しにしていた窓から紅魔館の中へと戻り、途中ですれ違った妖精メイドさんに、軽い朝食の準備と大図書館にいる皆を起こしてくれるように頼んだ。快く承諾してくれた妖精メイドさんは、勢いよく駆け出していった。

見送っていると横から強い光を感じ、咄嗟に手で目に影を作る。どうやら、太陽が昇り始めたらしい。

 

 

 

 

 

 

満足のいく魔法陣を描き切り、ホッと一息吐いたところで、ゴガン、と扉を無理矢理開けた妖精メイドが続々と大図書館に入ってきた。そして、ここで寝ていた人達の耳元で声を出したり、肩を掴んで揺らしたり、布団を剥ぎ取ったりと様々な方法で全員を起こしていく。その中でも妹紅は妖精メイドが起こす前に飛び起き、それ以外の人達は目を擦り欠伸をしながら目覚めていく。最期まで眠り続けていた萃香は、妹紅によって文字通り叩き起こされていた。

そして、それとは別の妖精メイドが次々と現れてくる。その手に持っているのは、大量の軽食。軽食に対して大量、という言葉を使うのは少しばかり違和感を覚えなくはないけれど、この人数で分けると考えればそうなるだろう。

 

「あ、皆起きてるみたいですね」

「おはよっ、皆!」

 

最後にここに歩いて入ってきたのは、かなり前に目覚めてここから出て行った幻香と、ついさっき目覚めてここから飛び出して行ったフラン。その二人の片方、幻香が私の元へと歩み寄ってきた。

 

「魔法陣、どうですか?」

「出来たわよ。こっちは普通に魔法陣に最低限の妖力を流せば問題ないわ。多く流せばそれだけ大きくなるはずだけど、継続時間は変わらず約三十秒で使い切り。それで、こっちは最初に流し込んだ妖力量で強度が変わるけれど、貴女の言う少ないで十分のはずよ」

「ありがとうございます。後でちゃんと使わせてもらいますね」

「どういたしまして。何に使うかは知らないけれど、これが助けになるのなら私は嬉しいわ」

 

ここ最近で十指に入るほど集中したのではないだろうか?少しばかり疲れてしまった。肩の荷を下ろし、目を瞑って疲労を外へ押し出すようにゆっくりと息を吐く。

 

「パチュリー」

「…何かしら?」

「水、飲みますか?」

 

目を開くと、幻香の手にはガラスのコップが握られていた。

 

「ええ、いただくわ」

「では、どうぞ」

 

手渡された一杯の水を一気に飲み干し、改めて一息吐く。そして、空になったコップを返すと、幻香はそのコップをすぐに回収した。そのまま幻香は何故か私をジッと数秒見つめ、軽く手を振りながらクルリと振り返りここにいる全員を見渡した。

 

「…さて、もう日の出です。次の段階へと移行しますよ」

「遂に来たな。私達の役目は、異変解決の阻止でいいんだな?」

「ええ、大体そんな感じです。各々、気に入った方を足止め、もしくは撃破です。手段は…、まぁ問いません。どうぞ、お好きなように遊んでください」

「よーし!やっるぞぉー!」

「遊びかぁ。…よし!頑張るぞ!」

 

軽食を食べながらの話し合い。これからの大事なことを話しているはずなのに、普段と大して変わっているようには見えない。これは、他ならぬ幻香自身が普段通りであるからだろう。あのレミィですら、紅霧異変を起こしたときはそれなりに気を張っていたというのに、幻香はどうとも思っていないように見える。いつも通りの自然体で、異変を起こす。

 

「あと、阿求さんの件ですが」

「…ッ!」

 

名を呼ばれただけで、その体に緊張が走ったのが一目で分かった。動揺を押し隠そうとしているように見えるけれど、とてもではないが隠し切れていない。

 

「少しの間、わたしはここを出て行きます。その間に逃げ出すなんてことはしないと思いますけれど、万が一ってこともある。ということで、リグルちゃん、ミスティアさん。頼めますか?」

「分かった。ちょっと見張っていればいいんでしょ?」

「了解。目を離す何てこと、絶対にしないから」

「それは頼もしい。わたしも早く戻るつもりですが、くれぐれも重傷何てことはしないでくださいよ?」

「分かってるって!この先に必要なんでしょ?」

「ええ。それなりに大事です。…ですから、頼みましたよ」

 

二人の肩に手を置いた幻香は、二人の顔を交互に見ながらそう頼んだ。頼まれた二人は、早速稗田阿求を挟むように座り込む。リグルは少しばかり睨むように、ミスティアは普通に阿求を見詰める。そんな二人を見て、幻香は次の人達の元へ歩いて行く。

 

「妹紅、萃香。わたしがいない間のここの警戒は、貴女達に任せます」

「おう、任せとけって。兎一匹通さないからな」

「おいおい、そこは普通鼠じゃないのか?…まぁ、任された。こっちの心配はしなくていいぞ。あんたは、気兼ねなくやることをしろ」

「ふふ、了解です。キッチリやることやってきますね」

 

妹紅と萃香が出した拳に幻香の両拳を軽く当て、二人は不敵に笑った。その表情を見て、幻香は安心したように次の人達の元へ向かう。

 

「大ちゃん、他の皆をまとめておいてください。それと、ルーミアちゃんは後で話があります」

「分かりました。…ほらチルノちゃん、もう少しだからね」

「私にお話しー?」

「ええ、貴女にちょっとした役目を。帰ってきたらすぐに伝えますね」

「了解なのだー」

 

目線を合わせ、無邪気に笑うルーミアの頭を撫でながら妖精達に目を遣った幻香は、大妖精の妖精をまとめる姿を見た。これなら問題ない、と次の人の元へ立ち上がった。

 

「フラン。分かってますね?」

「うん。大体六時にやればいい?」

「んー、はい。その時間でよろしく」

「分かった。それじゃ、私は先に行くね」

 

そう言って大図書館を出て行くフランを見送った幻香は、最後に私と目を合わせた。

 

「パチュリー。貴女は、これ以上関わるつもりはありますか?」

「…そうね。それは、少し難しいところね」

 

幻香が私に対して考えていることが、何となく分かる。私がレミィに対して敵対し、ここから出て行かざるを得ない可能性を考えている。

私の推測ではあるけれど、レミィはまだ私が敵対しているとは思っていない。何故なら、最初に彼女と交わしたことはこの大図書館の自由。そして、現在はさらにフランの監視を頼まれている。どちらも、今のレミィに着いて行ったら出来ないこと。さらに言えば、私はレミィに『私と大図書館のどちらが大事か』とかなり昔に問われて『僅差で大図書館』と既に公言している身。直接目の前に出て行き、攻撃を仕掛けない限りはどうとでも言える。

確かに、同じ魔法使いとして魔理沙やアリスと相対したいとは思う。しかし、それは飽くまで希望であって、現実は難しい。

 

「…ここに誰か来れば、でいいかしら?」

「十分ですよ。それでは、よろしくお願いしますね」

 

そう言うと、幻香は大図書館を出て行った。

…さて、私はここでいつものように本を読もう。ここに誰かが来るまで、私は普段通りを装おう。異変が終わるまで、私は何事もなかったかのようにやり過ごそう。

 


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