東方幻影人   作:藍薔薇

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第225話

勢いよく弾き出され、紅魔館の庭を思い切り削りながら減速し、紅魔館の壁に軽く叩き付けられてようやく停止する。

 

「ッ、と。…ぅえ、気持ち悪ぅ…」

 

創造物を重ねて移動する技術は、瞬きをするよりも短いくらいの時間で移動出来ることはいい。しかし、超長距離を弾かれて移動するのは、頭が掻き回されるような、内臓がごちゃ混ぜにされるような、そんな感じがして気持ち悪くなる。さらに言えば、距離が遠ければ遠いほど、そこへ弾かれるために必要な力が強くなっていく。直線で結ぶには障害物が多過ぎたため、二回に分けて移動したとはいえ、それでもなかなか辛い。あまりにも距離が遠過ぎると、おそらく途中で外へ弾き出されてしまうと思う。この感じだと、流石に月まで飛ぶのは無理がありそうだ。

さっきも含めて、最近割と創造することの多い二酸化ケイ素は透過率が高い。余裕があるならば、その辺にあるものを複製して弾かれるより、二酸化ケイ素を創造して弾かれたほうが相手にバレにくい。

チリチリと痛む右手を開いたり閉じたりしながら扉を開け、紅魔館の中へと入る。

 

「おかえり、おねーさん!」

「うわ、っと。ただいま、フラン」

 

開いてすぐに飛びついてきたフランを受け止めつつ、扉を閉める。

 

「上手くいったみたいですね」

「うん。パチュリーの魔法陣を発動させるだけだったから簡単だったよ。確か、このまま放置しても大体一週間、霧散するには私がちょっと手を加えればすぐだって。もし継続させるなら、消える前にまた魔法陣に妖力を流せばいいみたい」

「へぇ、意外と持つんですね」

 

まぁ、どれだけ長くても別に構わない。解除が容易に出来るというのなら、特に気にするようなことではない。

 

「よし、ちょっと急ぎますよ」

 

それより、ああしてわざわざ挨拶をしに行ったんだ。きっと、彼女はすぐに来る。わたしも急がなくては。

やらなければならないことが、まだまだあるのだから。そう考え、大図書館へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

まるで深い深い水の底にいるような、そんな感覚。遠くから誰かが私を呼び掛けている。その声の元へ、私は泳ぐように浮上していく。

 

「――い加減起きなさい、咲夜」

「…ん、ぅ。…お、お嬢、様…?」

「私もいますよ、咲夜さん」

「…美鈴。ここは?」

「博麗神社よ。起きて早々で悪いけれど、私の紅魔館を奪還しに行くわよ」

 

そうお嬢様に言われ、私は両手を軽く動かす。…いつも通り、何の問題もなく動く。起き上がると、私の体が余りにも軽くて驚く。…手持ちのナイフがあれだけ捨てられてしまったのだから当然なのだけど。

しかし、そんなことを言い訳に逃げ出すつもりはない。

 

「承知しました。行きましょう、お嬢様」

 

美鈴が出してくれた手を掴み取り、立ち上がる。障子を開けて外を見ると、あの時と同じ紅色の霧が支配していた。

普段よりも足早に進むお嬢様に付いて行くと、そこには既に準備を終えていたらしい霊夢が立っていた。

 

「遅い。置いて行くところだったわよ」

「ふふ、そういうことにしてあげるわ」

 

その顔付きは普段のものとはまるで違い、全てを見逃さんと目付きを鋭くし、一片の油断もせんと口元を閉じている。一本のお祓い棒を手に、額に純白の鉢巻をきつく結ぶ姿は、誰も疑いようもない博麗の巫女であった。

 

 

 

 

 

 

箒に跨り、目の前に迫り来る木々を速度を落とすことなく避けて突き進む。奥は紅色の霧で視界が悪いが、そんなこと気にしている場合ではない。

目的地で急停止し、その扉を思い切り開ける。その音に驚いたらしいアリスがビクッと体を震わせてから、恨めしいような目付きで私を睨んだ。そんな視線で動じる私ではないが。

 

「おいアリス!外を見ろ、外!」

「…せめてノックくらいしなさいよ、魔理沙」

「そんなことはどうでもいい!行くぞ!」

「え?行くって――キャッ!」

 

新しく作ったらしい人形を操っていたアリスの腕を問答無用で掴み、そのまま外へ飛び出す。持っていた箒に勢いよく跨り、アリスを私の後ろに無理矢理座らせてから一気に最高速まで加速していく。

 

「ちょっと!いきなり何なのよ!」

「何って、異変だ異変!まぁたレミリアの奴がふざけたんだろ?」

「そっちじゃない!あぁもう、これから新しい機能を付けようって考えていたところなのに…」

「そんなもん、いつだっていいだろ?さっさと行かないと霊夢に先を越されちまうぜ!」

「…はぁ、分かったわよ。付き合ってあげるから、後で埋め合わせしなさいよね」

「分かってるさ!行くぞ!」

「もう行ってるでしょうに…」

 

 

目指すは紅魔館!アリスのツッコミは聞き流し、私は最高速を超えようとさらに力を込めていった。

 

 

 

 

 

 

「…またか」

 

二太刀で垂直に四つに斬り分けるはずが、僅かにずれてしまっている。これで三度目だ。

現世では紅色の霧が立ち込めている。そのことがやけに気に掛かり、いつもの稽古が身に入らない。

 

「あら、今日はやけに不調じゃない。どうかしたの?熱でも出した?」

「いえ、そんなことはないのですが…」

 

縁側に皺ってお茶を飲んでいた幽々子様にも伝わってしまったようで、僅かに顔が熱くなる。しかし、太刀筋が鈍ってしまったのは事実。それを隠そうとしている自分が恥ずかしかった。

 

「外が気になるのかしら?」

「…!え、ええ。実は、少し」

 

すぐに言い当てられ、つい口籠ってしまう。すると、幽々子様に手招きをされたので、屑を払ってから納刀して隣に座る。

 

「そんなに気になるのなら、行って来なさい」

「ゆ、幽々子様。それは…」

「一日くらい平気よ。それより、貴女の不調をどうにかしなさい」

 

そう微笑みながら私は軽く叱りつけられてしまった。ちっとも痛くないけれど、突き立てられた人差し指が触れた額が猛烈に熱い。

しかし、そんな私を気にすることなく、幽々子様はどこか遠くのほうを見遣った。

 

「それに、彼女がかかわっている気がするのよねぇ…」

 

妖しく笑いながら見ているその視線の先にあるものはもう一本の西行妖。幻香が創り出した、今はもう何も身につけていない西行妖。最後の最後で成すべきことを成せなかった原因。あれが目に入ると、私は自らの失敗を嫌でも思い出す。

その西行妖が挑戦状でも叩き付けたかのように私と睨み合った。何故かは分からないけれど、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

窓から外を見ると、紅色の霧が激しく自己主張をしている。いつもなら外で遊んでサボっている兎達も、今日に限っては部屋の中で大人しくしている。…まぁ、あれはあれで仕事をしてくれなくなっているから、サボっているのと変わりないのだけど。

私はお師匠様に呼ばれてここにいる。こちらに顔を合わせることもなく机に向かっているお師匠様が私に告げた。

 

「優曇華。貴女はここにいなさい」

「…どうしてでしょうか?この紅霧はあの時と同質のものでしょう?なら、吸血鬼の住まう紅魔館へ行くのが妥当かと…」

「それはどうせ他の者がやる。貴女がやる必要は皆無よ」

「そ、そうですか…」

 

速攻で否定され、ほんの僅かに頬が引きつる。頭の奥底で戦いたいと願う私がいることに気付き、それを無理矢理押し潰す。しかし、どれだけ潰してもそれ以上小さくなることはなく、むしろさらに膨らんでいる気もする。

 

「それなら、私は何をすればいいでしょうか?」

「出来ることなら、いつも通り薬を売りに行ってほしいところだけど、それは出来そうもない。『禍』の二の舞になりかねない」

「…はぁ、そういうものですか」

「それより、ただでさえサボって手が足りない作業を貴女が代わりにやったほうが有意義よ」

「う…。はぁーい…」

 

肩を落としている私に数枚の紙を突き付けられた。そこには、目が痛くなるほどの小さな字で私がやるべきことがズラズラと書かれていた。

再び紅霧異変を起こした吸血鬼に心の中で撃ち抜き、ついでにてゐも撃ち抜く。…こんなことをしていると、急に空しくなってきた。

しょうがない。私はゆっくりと立ち上がり、紙に書かれている指示に従って薬品庫に足を運んだ。

 


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