東方幻影人   作:藍薔薇

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第227話

高速で飛び込んで一人、また一人と連れ攫われていく声が聞こえた。隣にいたはずの魔理沙も、幼く勝気な声色の何者かに連れ攫われてしまった。私は、何も出来なかった。

闇が晴れ、そこに残されていたのは相当少なくなっていた。お祓い棒を構える霊夢、顔を床に埋め込まれたレミリア、その背中に腰かけて後頭部を掴んで離さないフラン、両腕を広げて楽しそうに笑う少女、そして今更のように人形を操る私。

 

「フラン!離しな――ガッ!」

「はいはい、お姉様は黙ってて、後で私と一緒に遊ぶんだから」

 

レミリアが口を開いた瞬間、後頭部を僅かに持ち上げて再び床に叩き付ける。既に床に浅く入っていたひびが、さらに深く走る。

それを一瞥した霊夢は特に何かすることはなく、私の視界を闇に染めたであろう少女に一歩近付いた。

 

「…どういうつもりかしら?」

「きゃはっ!だーいせーいこーう!えっとー、次はどうするんだっけー?」

「人の話を聞きなさいよ」

 

しかし、少女は霊夢を気にもせずに両腕を広げながらトテトテと私に近付き、ジーッと見詰めてくる。隣に浮かぶ人形にも目を遣り、ようやく口を開いた。

 

「貴女がー、…アリス・マーガトロイド?」

「え?…えぇ、そう、だけど…」

「そっかー!」

 

まるで、この少女だけ住んでいる世界が違うよう。自分の思うことしか聞いていない。それ以外は聞こえない。クルクルと回りながら戻る少女を見ていると、そう思えてくる。

 

「まど…『禍』に会いに行けるのは一人だけだってー。二人以上いたら、稗田阿求、だっけ?その頭を人里に送り付けるってさー」

「あた…ッ!?」

「えっ…?」

 

そんな少女は、何気ないような口調で私達の度肝を抜く言葉を口にした。

 

「そしたらー、残った体は私が食べていいんだってー!美味しいところを持ってかれちゃうのは惜しいけど、それもいっかー!」

 

…ああ、この少女はやっぱりただの少女ではなかったのか。人喰い妖怪。しかも、肉食の。

 

「あ、やばっ。これ以上ここにいたら面倒かも」

「何を――ぬぁっ!?」

 

突然そう言ったフランのほうに目を向けると、空いていた手を握り締めた。バン、と何か硬いものが壊れる音と共に二人が消え去ってしまった。一体何事かと思ったら、答えはさっきまで二人がいたところに穴が開いた、というとても簡単なものだった。

少女のほうに目を戻すと、霊夢が今にもその少女の襟元を掴みかかりそうなほどに詰め寄っていた。

 

「ちょ、霊夢!?」

「アリス、アンタは来ないで。私が行くわ」

 

そう霊夢が言ったとき、少女は確かに笑っていた。さっきまでの無垢な印象を一瞬で覆す、声を出すのを堪えようとしているが、それでもキキ、と漏れてしまっている。そんな、人を馬鹿にしたような笑い方。しかし、その顔は残念ながら霊夢には見えていないようである。

そんな笑いを押し隠し、さっきまでの無邪気な笑顔を浮かべた少女は跳ねるように二歩後退し、霊夢に言い放った。

 

「場所は、すぐ分かると思うってさー!それじゃ、いってらっしゃーい!」

「言われなくても…ッ」

 

霊夢が少女の横を駆け抜けていき、私と少女だけがここに残される。ここを離れていく霊夢に大きく手を振って見送っている少女は、その霊夢が見えなくなるとすぐに私に言った。

 

「アリス、だよねー?貴女は大図書館へ行ってねー」

「…何故かしら?」

「行かないならそれでもいい、ってま…『禍』は言ってたよー?人間の里を崩壊させるのを止めるために必要なものをそこに置いている、ってさー」

「ッ!」

 

何故、そんなことを私に言う?そんな事実を言う必要は全くないというのに。ならば、嘘?けど、本当であるなら…?待って、霊夢が『禍』に勝利すればそれで…。いや、最後の最後で道連れにするかもしれない。いや、もしかしたら――

 

「どうかしたのかー?」

「きゃっ!?」

 

そう考えていると、目の前に少女の顔があった。思わず距離を取ってしまい、人形を私と少女の間に配置する。しかし、対する少女はそれ以上近付いてくることはなく、その場で心配そうに尋ねてきた。

 

「行かないのかー?なら、私と遊ぶー?」

「い、行くわよ!」

 

まだ決めかねていたのに、勢いに任せて言ってしまった。けど、行って無駄骨であった場合と、行かないで出る損害を天秤に掛ければ、後者のほうがすぐに下に落ちる。ならば、私は大図書館へ行かなければいけない。例え、それが相手に乗せられていることは分かっていても。

それぞれ連れて行かれた皆、特に魔理沙のことが頭を過ぎったけれど、私は大図書館へ足を伸ばしていく。行ってらっしゃーい、と少女に後ろから言われながら。

 

 

 

 

 

 

私は、フランドール・スカーレットを引き連れた『禍』によって、この部屋に連れて来られた。一緒に連れて来ていたフランドール・スカーレットは、私と『禍』が部屋に入った途端、すぐに出て行ったが、それは『禍』が起こす異変を解決するために来る者を妨害させるためであろう。

 

「んー、皆楽しんでるかなぁ…?外に出れないから分からないんですよねぇ」

 

かなり短い時間ではあったが、その時間のみを切り取って見ると、『禍』は相当慕われているのが分かる。妖精に、妖怪に、魔法使いに、吸血鬼に、鬼に、そして人間に。異変を起こすとかいうふざけたことに手を貸していることからよく分かる。話し合っているときの自然な表情を見ていれば、嫌でも分かる。しかし、その『禍』が私達人間に災厄をもたらしたのは事実。許されることではない。

 

「ま、わたしはわたしでやることやりましょうか」

 

それにしても、最初にここに入ったときはまだまともな内装だった。違和感を覚えるくらい豪華な椅子とか、趣味の悪い装飾物とか、紅一色の壁や床とかはあったけれど、それでもまだマシであった。

しかし、今はこんな呑気なことを言っている『禍』が何処からともなく出現させた薄紫色の未知の物体が部屋の半分以上を埋めるように敷き詰められている。仮にこれが上から落ちてくれば、私なんかは間違いなく圧死してしまう。それほどに巨大で、明らかにこの部屋には似合わない。薄紫色が紅色を侵食しているようにも見える。

そんな『禍』は親指の爪を人差し指の腹に突き刺して滲み出た血を使って、私が使っていた紙の一枚に何かを書いていた。そして、残念ながらここからは読むことは出来なかったそれを、不可思議な模様が描かれた封筒に封入する。

 

「はい、どうぞ」

「…何ですか、これは?」

「何って、手紙ですよ。一応妖怪が書いているのだし、妖魔本…じゃないか。枚数が圧倒的に足りない」

 

私の前に差し出された封筒には手を出さずに、様子を伺う。何せ、妖怪自身の血で書かれた手紙だ。もしも、妖怪自身の血で書かれた妖魔本なんてものがあったら、それは非常に物騒なものになるだろう。この紙一枚ですら、何が起こるか分かったものではない。

 

「ま、貴女には開けませんよ。そういうことになってますから」

 

その不可思議な模様が一種の封印を担っているのだろう。だからといって、その封筒が安全であることの証明にはならないのだけど。

 

「あれ、受け取ってくれない?」

「…当然でしょう」

「そっかー。…ま、しょうがないか」

 

そう言いながら『禍』は私に向かってその封筒をピンと弾き、それに目がいっているうちに一つの魔法陣を私の前に突き出した。魔法陣が淡い光を放ったと思ったときには、私と『禍』の間に透明な壁が現れていた。足元もさっきまで踏んでいた床と感触が異なっている。気付けば、私は透明な結界に閉じ込められていた。

 

「だ、出してくださいッ!」

 

自分が出せる力を精一杯使って結界を叩くが、びくともしない。むしろ、叩いた自分の手のほうが痛い。しかし、そんな私を見た『禍』は首を傾げている。嘲るというより、戸惑っているように。

 

「…あれ?えぇっと、出してください、かなぁ…?何か喋ってるみたいだけど、聞こえないや。…つまり、わたしの声も聞こえてないってこと?んー、それはそれで不都合なんだけど」

 

読唇術か、それとも勘か。私の言った言葉を当ててみせたが、どうやら私の声が届いていないらしい。しかし、『禍』の言葉は一方的に届く。そのことは気付いていないようであるが…。

 

「ま、それならそれでいいや。聞こえていないなら、これはただの独り言だ。結界っていうのは、大きく分けて二つの役割があると思う。守護か、封印か。今回は前者として使わせてもらう。ここがそのまま戦場になる予定だから、無防備で貧弱な貴女を放置するわけにはいかないからね。貴女にはここにいてほしいから、こうさせてもらった。けど、安心してほしい。事が終われば、この結界は解くつもりだから。まぁ、『禍』の言うことなんか信用出来なくて不安だろうけれど、そう思うならこれからここに来るだろう異変解決者がわたしを討ち倒すことを願っていればいい。きっとこの結界を安全に解いてくれるでしょうから」

 

そう言い切ると、私にはこれ以上言うことはないとばかりに視線を切った。そして、息を大きく吸ってから部屋の大半を埋め尽くしていた薄紫色の物体を消し飛ばした。そんな『禍』は、髪と服を激しくなびかせながら部屋の中を歩き始める。

ふと、足元に落ちていた封筒が目に付いた。結界に閉じ込める際の視線誘導に使ったと同時に、強制的に私に渡されることとなった封筒。開けることは出来ないらしいが、その中には何が書かれているのだろうか。きっと、私達人間に対した言葉なのだろう、と予感めいたものを感じた。

 


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