東方幻影人   作:藍薔薇

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第229話

ルーミアが広げた闇の中で空中に投げ出された十六夜咲夜の居場所を見極めるのは、半分は勘だった。闇の中に無差別に放った虫達から割り出したけれど、止まった場所に人がいることまでしか分からない。けど、足首を掴んだときに聞こえた声が目的の者であったから、そのまま引っ張ってきた。動揺しているうちに連れ出すために、闇から程近い部屋を先に見つけておいたのは、結果を見れば正解だったと思う。

 

「…行くよ、ミスティア」

「うん、リグル。けど、無茶はしないようにね?」

「分かってる。けど、これは再戦で挑戦なんだ。少しくらいは見逃してよ?」

 

隣にいるミスティアは、私の言葉に呆れたように肩を竦めたけれど、そこから否定する言葉は出てこなかった。代わりに一歩下がり、呼吸を整え始めた。

 

「こ、これは…?」

 

立ち上がった咲夜が周りを見渡すと、ギョッと目を見開いた。そりゃそうなると思う。だって、私が使役する虫が壁にも天井にも隙間なくウジャウジャと止まっているのだから。

そんな咲夜に対し、私は人差し指に一匹の虫を止めて彼女に指差した。

 

「久し振り、でいいよね?」

「ええ、そうね」

「私達は貴女に再戦を申し込む。内容はもちろんスペルカード戦。スペルカードはお互い四枚、被弾もお互い四回。私達は両方とも合わせて四枚と四回で」

「…仮に、受けなかったら?」

「私はここにいる虫全てを使って盛大に好き勝手させてもらう。幻香にはそうしろ、って言われてるからね」

 

咲夜に虫に関する知識が備わっているかどうかは知らないけれど、それでもこの数を考えれば躊躇の一つはしてくれるだろう、とのこと。

そう言われて私は、毒針を持つ蜂、触れるとかぶれる毛虫、血を吸う蚊などの比較的分かりやすい虫を多めに選んだ。まぁ、体液全てが毒のマメハンミョウとか、触れると毒液を噴き出すアオカミキリモドキとかの人間に対して危険な虫ももちろん用意した。本当はこれだけの数を操るのは非常に大変なのだけれど、壁に止まらせるくらいなら問題なく出来る。

まぁ、煙を焚かれたり炎を出されたりしたらコロッと死んでしまうわけだけど…。それでも、一部の虫が持つ毒は死んでも残る。死骸に触れれば毒に侵されるし、燃やされれば燃えカスと共に宙を舞う。この閉め切った部屋の中でそのようなことをすれば、無傷では済まないはずだ。

 

「…ッ。ええ、いいわ。受けましょう、その勝負」

 

幻香の言う交渉は、正直私もえぐいと思う。だって、相手からすれば、こちらは交渉と言っておきながら、その中身は脅迫と大して変わらないようなものだからだ。拒否権なんてものは、あってないようなもの。こちらが求めていない答えを選んだ場合の損害が非常に著しく感じる。

けど、そのことを私に言わないってことは、きっと私の後ろにいる幻香が考えたことであると理解しているんだと思う。そして、幻香なら平然とそれをやってのけると。…まぁ、実際はこの虫を使って盛大に遊ぶだけなんだけど。周りを巻き込んで、盛大に。

けど、そんなことが伝わるはずもなく、咲夜は私とスペルカード戦をすることを選んだ。苦い顔を隠すことなく浮かべながらも了承した。そして、両手に一本ずつナイフを構えた。

 

「前と同じようにサクッと退治して、先に行かせてもらうわよ」

「そう簡単にやられるつもりはないね。私だって前とは違うんだ!」

 

自分自身を鼓舞するように大声を張り上げ、私は弾幕をばら撒いた。そして、相手も同じように弾幕を放つ、…え、弾幕を放った?何で?その両手に構えたナイフを大量に放たずに、どうして貴女が弾幕を?

いや、それはもういい。私を動揺させて失敗を誘う罠なんだ、きっと。そう考えよう。相手の時間操作は非常に厄介であることは、身を持って体験している。そう考えれば、ナイフの有無なんて些細な差だ。

私の後ろに言うミスティアも、少量ながら弾幕を張ってくれている。

 

「それじゃ、私は歌うから。…リグル、任せたよ」

 

そして、歌い始めた。今までずっと封じていたという、人を狂わせる歌を。それを聞いた咲夜の様子はまだ変わったようには見えない。けれど、これは長く聴けば聴くほど深く精神を狂わせるらしい。だから、すぐに効果が表れるわけではないと。

私は大丈夫なのか、と訊いたけれど、大丈夫だと言われた。上手く人間だけに作用するように調整すると。そんな久し振りなのに出来るのかと言いたかったけれど、その時のミスティアにはとてもではないが言えなかった。その表情が真剣そのもので、もしかしたら私以上の決意を秘めていたから。

 

「これは、目が…?」

 

そして、ミスティアは歌うと同時に咲夜を鳥目にしている。弾幕、歌、鳥目。三つも熟しているミスティアの労力は私の比ではないだろう。きっと回避は普段より遅いものになる。だから、私はミスティアのことも考えて行動しないといけない。

本当は私一人で挑戦したかった。けど、ミスティアが心配だからと付いてきたのだ。断ることは出来たけれど、一人では勝てないことは心の何処かでは分かっていた。だけど、それでも出来るだけ私一人でやりたかった。そうしたら、ミスティアはこうすると言った。私がリグルを後ろで支えるから、と。

だから、私自身のためにも、ミスティアのためにも、この勝負で負けたくない。

 

「くっ…、なかなか当たらない…っ!」

 

けど、これだけやっても当たらない。人間業とは思えないように速度で駆け回る咲夜に、私の弾幕が掠りもしないのだ。確か、自分以外の時間を遅くすることで相対的に自分の速度を上げているらしい。私達の時間の流れが二分の一になれば、咲夜は私達から見れば二倍速になるとかなんとか。まぁ、難しく考えるとよく分からなくなるから深く考えなかったけれど、とにかく咲夜が素早くなるってことは分かった。

けど、その咲夜が放つ弾幕は、何と言うか不慣れに感じる。鳥目で私達が見えていないだけとは思えないくらい不器用に見える。魅せようという意思のない、統一性のない疎らな直進弾幕。規則性がない分避けづらいと言えばそうかもしれないけれど、この程度で被弾するほど私は弱いつもりはない。ミスティアに当たりそうなものを打ち消す余裕すらある。ただ、部屋一面にいる虫達は勝手に避けようとしているけれど、いくらか当たってしまっていることがちょっとばかり悔しいけど。

 

「よしっ、まずはこれだ!蛍符『地上の恒星』!」

 

私の周りに大型の妖力弾を並べる。前と僅かに違うところがある。その中に光の弾幕を混じらせていること。このほうがより恒星らしいと思う。

鳥目は弱い光は見えなくなり、強い光はより強く見えてしまう。きっと、私が出した光の弾幕は目に突き刺さることだろう。それも含めてより恒星らしい。太陽は直視したら目を傷めるからね。

 

「行けっ!」

 

そして、私の周りに留めていた弾幕を解放する。輝く光の弾幕を先行させ、大型の妖力弾を追走させる。私が見たわけではないから分からないけれど、多分光の弾幕が強く目立って。後に続く大型の妖力弾に気付かない、というものを期待している。

 

「ッ!…ふっ!」

 

目論見は半分成功したと思う。確かに光の弾幕を最初に素早く避け、後に続く大型の妖力弾に被弾しかけた。けど、悔しいことに寸前で止まり、その隙間をすり抜けていく。

…惜しい。けど、もしかしたら行けるかもしれない。そう感じることが出来た。あれだけ遠かった存在が、こんなにも近い。自分一人の力じゃないことは分かっているけれど、それでもその事実が嬉しかった。

 

「…やれる。行くよ、ミスティア」

 

改めて後ろにそう伝えると、ミスティアは嬉しそうに頷いてくれた。幻香は遊びでいいと言っていたけれど、遊びだからって負けたらやっぱり悔しい。だから、私は全力で勝ちにいくよ。ね、それでいいでしょう?

 


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