東方幻影人   作:藍薔薇

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第231話

真一文字の斬撃に対し、浅く膝を曲げて回避する。その動きを目で捉えられ、先ほどの軌道に直角に交差するように振り下ろされる斬撃。左腕を円を描くように振り回し、手甲を刀の腹にかます。強烈な振動を妖夢の腕に与えつつ、甲高い音を立ててその軌道を逸らす。にしても、あの刀はやっぱり普通じゃないな。並大抵の刀なら圧し折れる力を入れているつもりだが、欠片どころか形すら変わる気配がない。

 

「どらッ!」

「ッヴ!?」

 

曲げていた膝を勢いよく伸ばし、がら空きの胴に頭突きをかます。深く奥のほうまで入った感触を一瞬感じ、その後壁まで吹き飛んでいく。壁に罅が走ったが、流石にこの程度の威力で穴が開くほどではないか。ふと、視界の端に緑色の布切れがひらひらと舞い落ちた。角で貫かないように気を付けたつもりだったが、服がちょいと引っ掛かって破れてしまったようだ。まぁ、このくらいなら許されるだろ。

 

「げほっ!ごほっ!…まだ、です…ッ!」

 

咳き込みながらも立ち上がるが、まともに構えられていない。刀を握っていた右腕はまだしびれが残っているだろうし、深くめり込んだ胴は吐き気の一つや二つがあると思うし、壁に叩き付けられた背中はまだ痛むだろう。それでも立ち上がったことは褒めてもいいが、この勝負はそういう問題じゃない。

 

「…おいおい」

 

溜め息を飲み込みつつ、駆け出しながら一本の鎖を投げ付ける。瞬間、妖夢の視点が鎖へ一瞬動く。僅かに前に出て鎖が妖夢に巻き付く瞬間前、鎖に向けて刀を斬り上げた。弾かれた鎖を元の軌道に戻そうと動かしたときに、その軽さに僅かに困惑する。どういうことかと見てみれば、ガチャリと綺麗に切断された鎖の一部が床に落ちていた。

 

「…ふぅん、前よりマシにはなってるのか」

「当然ですよ。鍛錬を怠ったことは一度としてありません」

「あっそう」

 

鍛錬、ねぇ。その鍛錬であんたは何を斬っていたのだろうか。薪か?空気か?それとも、頭の中で思い描いた仮想の敵か?

確かにあの時ですら磨き尽くされたと思っていた技術だが、今ではさらに細部まで磨き込まれている。光り輝くほどに美しい太刀筋。瞬きすれば見失うほどの一閃。水や空気ですら切断出来ると思わせる鋭利さ。一呼吸あれば八つ裂きどころか、細切れにすら出来てしまうだろう。

 

「で、お前が出した答えはこれ、ってことでいいのか?」

「…いいえ、まだ出ていません」

 

そう言いながら、妖夢は刀を鞘に収めた。…答え、出てないのかよ。ちょっと期待外れだ。…いや、時代の違いか。刀で人を斬ることはほぼなくなった現代で、斬る対象を見出すことはほぼ出来なくなった。より強い者と殺し合うこともなければ、不意を打って殺しに来る者もいない。代わりに出来た決闘は、平和な現代にお似合いの美しさを基本とした魅せるための人が死なない決闘モドキ。命名決闘法案、スペルカードルール。

私の考えが古いのだろう。殺しの経験は、その咎の重さに潰れてしまえばそれまでだが、背負うことが出来ればその者を強くする。肉体的にではなく、精神的に。敵の動きから次の一手二手先を読むとき、背後から不意の攻撃をされたとき、そんなときの咄嗟の判断は今までの経験が強く出るものだ。

だが、現代は違う。そんな経験がないから、想定外に弱い。型から外れたときに脆い。この場合はこう動く、その場合はそう動く、あの場合はああ動く。技術とは、極論そういう集合体だからだ。そういう意味で、この妖夢は絶対的に型に嵌まり切っている。つまり、刀がその手にあり、自らの体を思うように動かせ、斬るべき対象が認識出来ている。これが大前提に存在する。そして、質が悪いことに多少の不利不都合を押し退けられるほどにその技術を体得してしまっている。

だから、私のような届かない格上や、想定外を突き進む規格外の相手にはとことん弱い。相性が悪いと言ってもいいかもしれないが、それを超えることだって出来るはずなのだ。だが、その答えはまだ出ていないらしい。

 

「それじゃあ、あんたは私にどうして挑んできた?」

「貴女を斬れば分かる。そんな気がしたからです」

「…ふぅん、そっか」

 

私が考えていた答えは大きく分けて三つ。一つ目は、その技術をあらゆる想定外に対応出来るよう昇華させること。二つ目は、その型を一度捨てて技術抜きのものを会得すること。そして三つ目は、その技術に対応出来る者を全て殺すこと。

そうだ。想定外の行動をする者だって、その前に一撃で殺してしまえばいい。そうすれば、その技術は絶対不可侵のものとなる。一撃必殺の技術。殺しの技術なんて回りくどいことなんか考えずに、その一手で終わらせるものだけでいい。次の一手があるとすれば、本当に死んでいるか確認するために徹底的に潰すためで十分。…まあ、そう考えているような奴はもうほとんどいないんだろうけどな。

 

「それじゃ、私を斬ってみせろよ」

「…ええ、そうさせてもらいます」

 

そう言いながら、その手を静かに刀に添えた。その構えに、不思議と緊張が走る。時間の流れがやけに遅く感じ、鞘からキラリと光る刀身が見えた。

 

「人符『現世斬』ッ!」

 

次の瞬間、妖夢の刀は私の右手の親指と人差し指から小指にビッシリと挟まれていた。…ああ、本当に美しい太刀筋だ。だがな、あんたの太刀筋は美し過ぎる。その構えからどういう軌道を描くのか分かってしまうほどに。

答えとは思っていないようだが、あんたは三つ目を選択しようとしていた。だが、それは一番過酷な茨の道だろうと思っている。何故なら、知っている者は対策出来るから。その技術で負けた、という敗北感が絡みつくから。型に固執すれば、型が効かないと知ってもどうにも出来ない。そんな人間を、私は腐るほど見てきた。

 

「…なぁ、妖夢ちゃんよ。この程度で私を斬れるつもりだったのか?」

「くっ…!このっ!」

 

ピタリと挟まれて動かない刀を必死に抜こうと押したり引いたりしているが、ピクリとも動かない。このまま力をさらに込めてしまえば、この刀は多分圧し折れてしまうんじゃないかな。そうなれば、あんたはその未だに抜かないもう一本の刀を使うのだろうか?それとも、戦意喪失してしまうのだろうか?…いや、止めておこう。この時代には似合わないほどの業物だ。壊すのは惜しい。

 

「ほらよ」

 

刀が押された瞬間に手を離し、その勢いのままに妖夢の体が前に傾く。重心が前へとズレる。その体をまともに支えられていない脚を払い、体を宙に浮かす。

 

「そぉらよっ!」

「が…ッ!?」

 

そして、深く腰を落として地面ギリギリを掠めた拳が噴火の如く一気に妖夢の腹に突き刺さる。降ろしていた体を上げると共に腕を上へ上へと押し上げていき、最後まで伸ばし切る頃には妖夢は天井に叩き付けられていた。口から血反吐を吐き出すんじゃないかと思ったが、幸か不幸か透明な液体しか出てこなかった。そんな液体が顔に付かないように手で守り、すぐに払う。

少し遅れて落ちてきた妖夢に対し、私はまだ追撃するつもりはない。立ち上がるならそれでいいし、倒れたまま不意を打ってくるならそれでよかったし、倒れたまま動かないならそれでもよかった。ただ、あちらが再び動いて続ける意思を見せたなら、私はまた相手をすると決めた。

 

「…あ、が…っ。ぐ…、ふーっ、ふーっ…。ま、だで、す…ッ」

 

そして、立ち上がった妖夢を見て少しばかりホッとした。あのくらいで終わってしまっていたら、多分私はこいつに対する興味が完全に失せると思っていたから。

ただ、やはりその体はとてもまともに動かせるようなものではなく、刀を持つ手が僅かに震えている。だが、その眼は未だに私を射殺さんばかりに鋭く睨み付けていた。

 

「さ、続けよう。終わるまでに答えが出るといいな」

「言われなくてもッ!」

 

そう吠えた妖夢の連斬を一太刀ずつ避けていく。右に、左に、右に、下に、右に、右に、左に、下に、右に、左に、左に…。私に攻撃させまいと刀を止めることなく斬り続けていく。あの状態でこれだけ出せるのか…。いや、むしろ前より早くなっているか?

…これはちょいと楽しくなってきたかもしれないな。

 


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