東方幻影人   作:藍薔薇

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第233話

僅かな揺れを感じ、異変解決者が紅魔館に入ってきたことを知る。一体そこにはどれだけの人数がいるのだろうか。そして、時間差で他の異変解決者が来ることはあるだろうか。また、入り口以外、例えば窓からの侵入者はいないだろうか。

そのような疑問を幻香に訊いてみると、それならそれで別に構わない、と当然のように答えた。妖精メイドさん達と一緒に余った人が巡回する予定ですし、と付け加えて。つまり、余らなければ妖精メイドだけで対処する必要があるということ。

しかし、それは余りにも考えなしではないか、と思った。だから、私は幻香には無断で魔術結界を張った。私の足元に描いた魔法陣の魔力が尽きてしまわない限り、出入り口以外からの侵入が容易ではなくなるはずだから。レミィのその性格から、裏からコソコソとすることはないと踏んだ、少し危険な賭け。まあ、今こうして結界が壊されていないのだから、賭けには今のところ勝っているのだろう。まさかレミィがまだ来ていないなんてことはないでしょうし。

 

「…ふぅ」

 

私は普段通り本を読む、…つもりだったのだけど、現在進行形でこの紅魔館で異変解決者とやり合っていると考えると、やはり気になるものだ。そして、幻香の異変はこのままで上手くいくだろうか、と少しばかり不安にもなる。長いこと考えていたようだけど、さっきみたいな穴は随所にあるでしょうから…。

小さくため息を吐いたそのとき、小さく光るものを感じた。…誰かは知らないけれど、こんな時にここに一人で来る?妖精メイドの可能性もあるけれど、その妖精メイドは幻香と大妖精に頼まれて、紅魔館の巡回をしているはず。ならば、誰?

 

「…ここね」

「あら?」

 

やって来たのはアリスであった。しかし、その表情は普段の彼女からは考えられないくらい険しい。異変を起こした張本人がこの紅魔館にいるからだろうか?もしそうならば、彼女は見当違いのところに来たことになる。何故なら、張本人である幻香は普段レミィが使用する部屋にいるのだから。

そこまで考えていると、アリスが大股でわたしの元へ近付いてくる。そんな彼女の眼を見てようやく気付いた。理由は知らないけれど、ここが彼女の目的地らしい。

 

「…パチュリー」

「まさか貴女がここに来るなんてね、アリス。それで、この大図書館に一体何の用かしら?」

「ここに人里の崩壊を止めるものがあるでしょう?…教えなさい」

「…崩壊?」

 

…申し訳なのだけど、何を言っているのか分からない。全く理解出来ない。強いて言えば、本来は発動者であるフランが止めるか、フランが何処に設置したのか分からない魔法陣を破壊する必要がある紅霧を半強制的に払う、いわゆる非常時解除用魔法陣ならある。しかし、年単位で紅霧が蔓延されるならまだしも、少しくらいなら放っておいても多少健康を害する程度なのだけど…。

それに、人里には既に幻香の協力者である慧音がいる。それなのに、幻香がわざわざ人里を崩壊させるなんてことがあるだろうか?確かに、幻香はとある出来事を境に人里に足を踏み入れたことがなく、本人も決して近付きたくないというほどで、崩壊させてもおかしくはないかもしれない。しかし、仮にあったとしても、一緒に巻き込むなんてことはしないだろうから、慧音を外へ逃がす必要がある。さらに言えば、慧音は異変に深く関わらないことを代償に、抑止力として人里に留まることを任されている。つまり、これは矛盾だ。

 

「ないわよ、そんなの」

「今はそんな嘘や冗談を言っていい場面じゃないのよ!正直に言って!」

「だから、崩壊を止め――」

 

そこまで言いかけたところで、分かった。分かってしまった。何故アリスがこんな唐突に意味不明な妄言を吐いた理由が。そして、そうするように仕向けたであろう幻香のヘラヘラと笑っている顔が頭に浮かび、私は頭を軽く押さえる。

ある時の幻香は、出来ればこの人と相対したいという希望はあるか、と私達に問いた。その時の私は、同じ魔法使いである魔理沙かアリス、と答えた。またある時の幻香は、これ以上関わるつもりはあるか、と私に問いた。その時の私は、もしもここに来るならば、と答えた。そんな私の希望は、今こうして叶えられている。

こうなるとアリスが異変解決者として紅魔館にやって来たのが偶然だとしても、大図書館にやって来たのは偶然とは思えない。つまり、幻香は何らかの手段でアリスに虚偽の情報を吹き込んだのだ。おそらくは、ルーミアを通して。幻香がここに戻ってきてすぐにルーミアに長々とほぼ一方的に話していたけれど、それの結果がこれなのだろう。

…全く、こんなことを考えるくらいなら、もっと別のことを考えたほうがよかっただろうに。

 

「はぁ…。ええ、あるわよ。人里の被害を強制的に抑え込む魔法陣」

 

なら、私はこの流れに乗ることにした。幻香が私達に求めた、異変解決者の撃退もしくは足止め。それをすることにした。けど、アリスに嘘を言うつもりもない。だから、アリスの問いから得られる答えをすり替えた。崩壊から、被害に。実際には規模が小さくなり過ぎているが、被害という単語は実に幅が広い。

 

「やっぱりあるのね!今すぐそれを渡してちょうだい!」

 

ゆえに、被害の意味が私とアリスで大きく異なるものとなる。私にとっては紅霧による健康被害。アリスにとっては未知なる人里崩壊。

私は椅子から立ち上がり、机に置かれていた一冊の本を手に取る。そして、一歩だけアリスに向けて足を踏み出した。

 

「無論、ただで渡すわけがないでしょう?深く関わるつもりはなくても、せっかく任されたものなのだから」

「…そう。貴女には悪いけれど、人里がかかっている以上、無理矢理でも奪い取るわよ」

「別に構わないわ。貴女とは同じ魔法使いとして一度やり合ってみたかったし」

 

私が普段使う魔術は、思考を基礎に起き詠唱を無理矢理短縮させる精霊魔法。喘息ゆえにそうせざるを得なかったのだが、ここ最近は調子がいい。詠唱を短縮させてもなお長い規模の大きな精霊魔法も問題なく使えそうだ。そして、この本に描かれた魔法陣も使用すれば、その規模はさらに大きくなる。

対するアリスは、小さな人形を十二体周りに浮かべた。六体はアリスの顔を余裕で覆えそうなほどに大きな盾を片手で持ち、もう六体は私の肘から手ほどありそうなほどに長い槍を片手で持っている。どちらもその小さな体には不釣り合いな大きさで、普通なら両手ですら持ち上げることも出来ないと思うのだが、それを軽々と持ち上げているあたり、やはりそんなくだらない常識のままに考えてはいけないらしい。

 

「ルールは…、そうね。基本はスペルカードルールで構わないでしょう?スペルカードは五枚で、被弾は五回。降参は認めてあげるし、動けないようならすぐに止めてあげる」

「いいわ。この勝負、絶対に勝たせてもらうわよ」

「私が勝ったら、そうねぇ…。異変が終わるまで話し相手にでもなってもらおうかしら。とっても面白いことを教えてあげるわよ?」

 

そう言って微笑みながら、私は本を開いた。それが合図となり、槍を持った人形達が私に向かって突撃してきた。その六体を視野に捉え、精霊へ燃やし尽くすよう思考する。瞬間、人形が炎に包まれた。見た目からして、基本は布で縫われたものであろうと推測していたけれど、こうして容易く燃えていることから熱に対する対策はほとんどないらしい。

しかし、ただで燃やされるはずもないだろう。そう考え、精霊へ私の周りに簡単な結界を張るよう思考する。瞬間、私の周りに僅かに黄みがかった薄い結界が張られる。そして、その結界に数十発の細かい弾幕が被弾する。破壊されると弾幕を炸裂させるようにしていたようだけど、この程度ならこの結界を破ることはない。

 

「やっぱり簡単にはいかせてくれないみたいね。呪符『ストロードールカミカゼ』」

 

つまり、この結界を破るような威力のものを使う必要がある。強力な弾幕を引き連れた人形が、私に向かって高速で突貫してくる。そして、そこまで分かれば迎え撃つのも容易い。

 

「火金符『セントエルモピラー』」

 

頭上に火球を浮かべ、アリスに向けて飛ばす。私に向かって来ていた人形ごと、炸裂した弾幕ごと燃やし尽くし、それでも一切勢いと弱めることなくアリスへ飛んでいく。すかさず六体の人形が盾を構えたが、果たして…?

 

「きゃあっ!」

 

結果は、アリスは二体の人形と一緒になって吹き飛んだ。しかし、その体も服も焼け焦げた様子はなく、被弾することは守ることが出来たが、防ぎ切れなかった余波によって吹き飛ばされた、といったところね。

しかし、被弾させることが出来なかったのは確か。まだ勝負は始まったばかり。この先、どう引っ繰り返るかはまだ分からない。

 


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