東方幻影人   作:藍薔薇

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第235話

「だーっ!避けられたーっ!」

「あーっ!いちいち寒ぃんだよチクショーッ!」

 

チルノが使った二枚目のスペルカード、雪符「ダイアモンドブリザード」を避け切った。しかし、前にやった時と比べると弾幕が圧倒的に濃い。この環境がチルノに完全に味方していることがよく分かる。

それよりも辛いのは、チルノが放った弾幕と共に周りに吹き荒れる冷気。それがまた一段とこの部屋の気温を下げる。寒さで手足は悴むし、歯は気付けばガチガチ言っているし、体は震えが止まらない。止まっていればそのまま動けなくなりそうで、動けば風を感じてもっと寒くなる。被弾とはまた別の意味で厄介だ。

正確に時間を刻む時計を見れば、思ったより短い時間かもしれない。しかし、私からすればかなり濃密な時間であった。私はスペルカードを二枚使い、一回被弾している。それに対し、あちら側はスペルカードを同じく二枚使っていても、被弾はない。いくら相手が五人だからって、たかが妖精。それなのに、私は劣勢である。

 

「くそっ、かなり面倒だな…」

 

チルノとサニーの組み合わせは、正直舐めていた。私が普段放つ弾幕はチルノに触れそうになった瞬間、連鎖的に凍らされる。もう一種類の光弾はサニーと呼ばれた妖精に近付くと、すぐに明後日の方向へ飛んでいく。後者はまだしも、前者は明らかに妖精という括りから逸脱しかけているようにすら思える能力。

遠くのほうで一緒になって広範囲弾幕を張り続けているルナ、スターと呼ばれた弾幕もなかなか厄介だ。あいつらが私に当てようとするならまだ楽だった。それなら動き回るだけで避けられる。しかし、これは私の動きを阻害するための弾幕。素早く移動して攪乱するために必要な空間を減らす障害物として放たれた弾幕。何処に行っても変わらず私を阻害する。あいつらに私が弾幕を放っても、この距離だと余裕を持って避けられてしまう。

部屋の隅でこの勝負に参加せずに、しかし観客というわけでもない複数人の妖精メイド達は、何となくだがこの真冬のような異様な寒さの原因だろう。見た目とか、目付きとか、雰囲気とか、そんなのがどことなくチルノに似ている気がする。この状況、長期戦になればなるほど私は不利だ。

しかし、私がボソリと吐いた悪態は目の前をウロチョロと飛び回るチルノとサニーでもなく、遠くで鬱陶しい弾幕をばら撒いているルナとスターでもなく、部屋の隅っこに固まっているいかにも冷たそうな妖精メイド達でもなく、一人転々と飛び回りながら微笑んでいるたった一人の大妖精に向けてである。

 

「ほっ、と」

 

こいつ、大妖精だ。光を逸らし、一瞬で移動し、火と水と風と土を操る。そして、今は手の平に握り拳大の氷を凍らせて作って横に振るい、目の前を飛来した弾幕を三つ打ち消した。チルノが冷気、もとい氷で飛び抜けているのなら、大妖精はその芸の広さが飛び抜けている。一つ一つは強大とは言い難いが、既に七つの能力を見せてきた。ここまで来ると、それ以外にも出来てしまうのだろうと思える。…くそっ、パチュリーかよこいつは!

しかし、それでも私は負けるつもりなんて毛頭ない。

 

「ほらよっ!」

 

スカートの中に手を突っ込み、目当ての物を手に取る。それを目の前に入るチルノとサニーに向けて投げ付ける。そして、その小瓶に向けて一発撃ち込む。

 

「こんなものっ!」

「駄目っ!チルノちゃん避け――」

 

小瓶が破壊され、その中身が空気と接触して激しく反応する。閃光、発火、そして爆裂。普段なら絶対に使うことはないだろう、数多の調合の末に見つけ出した爆発物。氷なんて一瞬で砕いて吹き飛ばし、逸らすことなんて出来ない可燃物。

正直、使いたくはなかった。普通なら弾幕を放っていたほうが有効的だし、数は限られている。それに、これの威力は一切手加減が出来ない。

 

「痛っ、たた…っ!」

「チルノ!?」

「チルノちゃん!?」

 

後味の悪いものを感じながら、しかし二人まとめて当てるつもりで使った爆発物。だが、結果はチルノがサニーを背中に回して盾になりつつ、凍らせるつもりで手の平に出したであろう氷をそのまま大きく広げて分厚い壁とし、威力を抑えつつ被弾を一つに抑えた。

 

「今のは効いたよ魔理沙!やっぱり凄いなぁ!」

「ハッ!こんなもんで凄いなんて言ってたらこの先続かないぜ?」

 

体は深くはないが浅くもない傷が付いても楽しそうに言うチルノに対し、私は内心歯噛みしながらそんなことを口走る。そういや、先程真っ先に危険を察知したのも大妖精だったな…。より一層の警戒が必要だな。

さっきのチルノの被弾によってか、遠くにいるルナとスターが放つ弾幕が多くなった。避けれないほどではないが、他三人も加えるとその辺の妖怪なんかよりよっぽど強い。数が一つの武器であることがよく分かる。

そんなことを考えながら周りを見渡す。…微妙に狭いが、まぁ許容範囲内だな。広い場所を前提としたスペルカードだし、こんな寒い場所でやったら凍えてしまうが、確実に勝つためだ。少し自棄になりながら、箒の穂先にミニ八卦炉を捻じ込む。

 

「轢かれて泣くなよ…?彗星『ブレイジングスター』ッ!」

 

私の体を青白い魔力が包み、ミニ八卦炉から放つ魔力を推進力にして一気に加速する。あーっ!寒い寒い寒い!生半可な覚悟でやるんじゃなかった、と少しばかり後悔したが、それでも目の前にいるチルノとサニーに突撃する。

 

「喰らえっ!氷塊『グレートクラッシャー』ッ!」

 

チルノとサニーは斜め後ろに避けつつ、チルノが両手にチルノの身長を大きく超えた大きさの氷塊の鈍器を作り出した。そして、そのまま私に向けてぶん回してきた。大丈夫か?…いや、大丈夫だ!躊躇して勢いを落としたら、壊せるものも壊せない。そのままブチ抜け…ッ!

 

「あれ…?」

「はっ!甘いな!」

 

ガシャアンッ!と盛大な音を立て、氷塊が砕け散る。ぶつかる瞬間に目を瞑ってしまったが、勢いは殺すことなく突き進み、そのまま前へ前へと飛ばしていく。

 

「ちょっ、まず…!?」

「す、スター…っ!」

 

目標は遠くで弾幕をばら撒き続けていたルナとスター。大妖精が出した指示から察するに、避けるのが苦手と見た。私に向けて放つ妖力弾を、私が纏う魔力が打ち消していく。この程度の威力じゃあ、この魔力を貫くことは出来ないぜ?

 

「ごめんなさい」

「きゃっ!」

「ひゃっ!」

「ガフ…ッ!」

 

しかし、二人を吹き飛ばす直前で大妖精が二人の間に現れ、それと同時に二人を両側へ押し出す。そして、その場に残された大妖精は私に思い切り轢かれ、吹き飛んだ先の壁に叩き付けられる。私は壁に激突する前に大きく旋回し、次の突撃を敢行する。

 

「大ちゃぁんッ!オォォオオオッ!樹氷『フロストツリー』ッ!」

 

大妖精が吹き飛ばされたのを見たチルノが大声を張り上げながら、巨木を思わせる氷塊を私に向けて投げ飛ばしてきた。投げ飛ばしてきた瞬間の表情は、さっきまでとはまるで違う怒りの表情。正直、悪かったとは思っている。だが、もう止まるわけにはいかないんだよ。

上から来る氷塊に対し、私は下から昇っていく。位置関係は私のほうが不利だが、果たしてどうなる…?

 

「ぐッ!」

 

ぶつかった瞬間、さっきよりも明らかに硬い感触が伝わってくる。一瞬だが、その硬さと受領に私の押し出す勢いが止まりかける。

…だが、そこまでだ。ぶつかったときに入った罅がさらに深く走っていき、そのまま私が進むたびに壊れていく。

 

「嘘…!――うげッ!?」

「危ないチルノ!」

「ハッ!あまり人間様を舐めてもらっちゃあ困るな!」

 

そのままチルノとサニーを轢けるかと思ったが、その前にサニーがチルノの首根っこを後ろから引っ張って避けられてしまった。しかし、まだ三度目以降もある。時間いっぱい使えば、あと一回くらい轢けるだろう。そう考え、チルノとサニーに突撃する。

 

「な…っ?」

 

すり抜けた。私が二人の姿に触れた瞬間、陽炎のように揺らめき、そのまま私は二人の姿と重なり、そして通り抜けていく。てっきり当たるとばかり考えていた私は予想とは違う結果に僅かに動揺し、曲がるのが間に合わないほど壁に接近してしまう。

 

「チッ!」

 

箒を乗り捨て、床に叩き付けられながら大きく転がる。転がって衝撃を少しずつ逃がし、それでも壁にぶつかる。しかし、寒い分やけに痛みを強く感じるが、動けないほどではない。

乗り捨てられて制御するものがいなくなり、そのまま壁にぶつかった箒は大きく弾かれた。その拍子にミニ八卦炉から放出されていた魔力が止まり、箒の穂から離れて飛んでいく。その二つを痛む体に鞭打って弾幕の中を掻い潜り、どうにか確保する。

 

「ゲホッ!ゴホッ!…さ、作戦変更ッ!皆、こっちに来て!」

 

すると、いつの間にか私のまるで反対側にいた大妖精がそんなことを言った。すると、四人の妖精は後ろ向きに弾幕を放ちながら大妖精の元へ移動し始める。

 

「皆、聞いて。まどかさんは遊びと言っていたけれど、そのまどかさんが私達に求めたことは覚えてる?」

「…覚えてるけど」

「い、一応」

「いい?このままじゃ私達は魔理沙さんに勝てない」

「ッ!」

「だけど、簡単に負けるつもりもない。…分かった?」

「分かった…」

「…ええ」

「り、了解」

「ッ…うん」

「…ごめんね、チルノちゃん」

「…ううん、いいよ大ちゃん」

 

私はスペルカードを三枚使い、一回被弾。相手はスペルカードを四枚使い、二回被弾。一気に私が有利になった。だが、五人の雰囲気が大きく変わったのを感じる。

最後まで油断せずに。しかし、出来るだけ早く終わらせなくては。そうしないと、私は次の場所でまともに戦うことが出来なくなってしまう。

 


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